ゆらゆら番外編1 | ナノ





ゆらゆら番外編1

 朝から降り始めた雨は、小雨に変わっていた。一成は車を駐車し、助手席に置いてあった買い物袋を鞄と一緒に引っ張る。玄関の鍵を開け、まっすぐリビングへ進んだ。ソファの端に孝巳の髪が見える。一成はその場に鞄を置き、買い物袋をキッチンカウンターへ運んだ。
 孝巳はよく眠っている。携帯電話のバイブレーションを感じ、リビングから廊下へ出て、通話ボタンを押す。『なごみ』の経営は成功しているが、一成にとって店の成功は最初から分かっていたことだ。
 電話の相手は、付き合いのある議員の秘書だった。会食を予定しているため、こちらの都合を確認したいらしい。一成はリビングへ鞄を取りに戻り、中から手帳を取り出す。幸喜が厄介な連中と称していたのは、政界関係者達のことだろう。
 電話を切り、リビングへ戻ると、孝巳が目を覚ましていた。覚醒したばかりなのか、まぶたを擦りながら、ぼんやりと窓の外を見ている。
「おはよう、孝巳」
 隣へ座り、彼の頬へキスをする。少し伸びた髪の生え際は黒く、パーマもとれかけているが、彼は変わらず美しい。
「お腹すいた」
 一成は頷き、キッチンへ入る。そっぽを向いたままの孝巳は、テレビのリモコンを手にする。地下から出したのは、逃げ出す心配がなくなったからだ。ほんの数週間前には、冷静になったのか、家へ帰ると言い出した。
 一成は強気になった孝巳に携帯電話を渡してやり、わざと家族と連絡を取らせた。彼は一人の時に連絡したため、一成はその場で彼の傷つく表情を見られず残念に思ったが、帰宅して、地下室へ顔を出すと、彼は泣きながら抱きついてきた。
 それだけで、自分の思惑通りになったことは明白で、一成は上機嫌になった。雑誌の取材やマスコミ関係者は買収し、周囲には成功した青年実業家で通している。だが、実際は、一成は工藤家の資産をはるかにしのぐ財閥の息子だった。
 自分のことを嗅ぎ回る幸喜が雇った私立探偵に、事実の情報をつかませてやると、孝巳の父親からすぐに連絡があった。
「いえ、に、かえって、こなくて、いいって、おれ……」
 幸喜に暴力を振るわれたことを信じてもらえなかったあげく、家に帰りたいと言えば、一成の世話になれと言われた孝巳は、しばらく泣き暮らし、無気力になっていった。笑い声の漏れるテレビを見て、表情一つ変えない孝巳は、またソファに転がる。
 一成は牛ヒレ肉に下味をつけ、キノコを切った。買い物袋の中からロールパンを取り出し、ブレッドバスケットへ並べる。孝巳の心情やこれから辿る過程を、一成はよく知っていた。
 トマトを盛り付け、キノコソースを肉へかけた後、皿をテーブルへ運ぶ。ソファへ転がっていた孝巳が立ち上がり、ふらふらと席に着いた。
「熱いから気をつけろ」
 こちらをうかがうその瞳も知っている。食事すら取れないほど悲しみに暮れていた孝巳の口へ、食べ物を運んだのは一成だ。今は自分の手でナイフとフォークを握っているが、信じていいのかどうか、見極めようとするその瞳に、一成はいつも笑みでこたえる。
 人は優しく接してくれるものへすがる。都合の悪いことは忘れて、目の前にあるものしか見なくなる。
「明日は土曜だ。どこかに出かけるか?」
 孝巳は動かしていた口をとめ、緩く首を横に振る。
「人と会いたくないのか?」
 今度は頷いた。
「なら、誰もいないところへ行くか」
 一成の言葉に、孝巳は興味を抱いた表情を見せる。
「そんな場所、あるの?」
 ロールパンをちぎり、ソースをつけた一成は、「あぁ」と返事をした。


24 番外編2

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