ひかりのあめ1 | ナノ





ひかりのあめ1

 残高のない通帳を見せたら、森山透(モリヤマトオル)は通帳ごと守崎俊治(モリサキシュンジ)を部屋の壁に押しつけた。俊治は息が詰まるのを感じながら、透のことを見上げた。こんな状況下でも、俊治は思わず彼に見とれた。ダークブラウンに染めた髪を無造作に跳ねさせて、少し垂れた目尻に、甘く低い声の彼は高校の時も異性からもてはやされていた。
「今月の給料は?」
 透が苛々した様子で、煙草を探し始める。俊治はすぐにこたつテーブルの上から、煙草を探し出した。ここは俊治の部屋だ。どこに何があるか、すべて把握している。煙草は透のために買っておいた。ただ、買ったのが一週間ほど前のため、テーブル上で遭難していただけだ。
「今日、まだ十日だから」
 俊治がそう答えると、透は煙草のパッケージを開けて、中から煙草を一本取り出した。
「あるだろう、まだ」
 透が上着のポケットから使い捨てライターを取り出して、火をつける。俊治は首を横に振った。
「ないよ」
 本当はあるが、俊治だって生活がある。いくら俊治が透を愛しているからといって、すべてを渡すわけにはいかない。透は大げさに溜息をつくと、典型的に片づけられない人間の部屋に散乱している衣服やゴミを蹴り上げた。
「おまえ、もうちょっときれいにしろ」
「うん」
 透が言うなら、ちゃんとしないとなぁ、と俊治は思った。何度もそう思っているのだが、これまでのところ、部屋がきれいになったことは一度もない。俊治は何から手をつけていいのか分からなかった。そういう調子だから、俊治はいつも不潔に見えてしまう。少し長めの黒髪としわばかりの衣服に、決して明朗活発ではない性格が見た目を決めてしまって、高校の時から俊治はいじめの対象だった。
「もう帰るの?」
 毎回、分かっているのに聞いてしまう。透がここへ来るのは、俊治から金をもらうためだ。それ以外は特にない。時々、気まぐれで抱いてくれるが、それは本当に時々だった。背中にぶつけた問いかけに、透は答えないまま出て行く。
 部屋に取り残された俊治は、小さく頬を膨らませると、冷蔵庫を開けてみた。タマゴが三つある。それを見たら、自然と笑みがこぼれた。二十五日の給料日までの十日間、あと三回もタマゴかけご飯ができる。まだ物があふれていないダイニングキッチンで仰向けになり、俊治は目を閉じた。タマゴかけご飯を想像したせいか、腹の虫が大きく鳴いた。
「あーあ」
 目を開くと、洋室にあるこたつテーブルとその周囲の混沌が見えた。片づけなきゃ、と思うのに、体が動かない。ころころと転がって、洋室にある時計を確認すると、アルバイトの時間まで八時間以上あった。こたつテーブルは年中、こたつ布団が出しっぱなしで、俊治にとってはベッド代わりになっている。
 衣服とコンビニ袋の塊をよけて、俊治はこたつ布団の中へ下半身を突っ込んだ。そのまま目を閉じると、すぐ眠くなる。

 俊治は十六時から二十四時までバーで働いている。遅番の時は二十二時から朝六時までのシフトで、バーの定休日である月曜以外、俊治はシフト勤務をしている。高校を卒業した後、適当にアルバイトをしていたが、二十歳になった時、時給の高さに魅力を感じて夜、働くようになった。
 バーには制服があり、俊治が気をつかわない髪も、毎回、オーナーか店長がまとめてくれる。この1DKの部屋もオーナーが保証人になって借りてくれた。
 携帯電話のアラームが鳴り、俊治は寝返りを打つ。十六時入りはたいてい一人で、開店前の準備をこなさなければならないため、遅刻は許されない。スヌーズ設定で鳴り続ける携帯へ手を伸ばし、俊治は目を擦った。

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