twilight番外編10 | ナノ





twilight 番外編10

 ルカは隣で眠るチトセの頭をなでた。穏やかな呼吸を繰り返しながら眠る彼の額へキスをして、ただその寝顔を見つめる。
 手術から一ヶ月ほどが経過した。レント州立病院で検査入院をした際、脳下垂体に腫瘍が見つかった。上くちびるから鼻腔へ入れて、除去する手術だったため、傷口は目立たない。視神経を圧迫していた腫瘍を取り除き、チトセの両眼は視野を取り戻している。
 発見が遅くなれば、左目も見えなくなっていたと医者に聞かされて、ルカは安堵した。もし、薬の影響で手の施しようがない状態だったらと考えると、手術で回復する腫瘍でよかったと思えた。
 毛布の先からはみ出しているチトセの右足へ、毛布をかけ直す。眼科へ回される前の検査で、右足の親指が骨折していることが分かった。チトセ本人は、医者にそのことを指摘されると、「そういえば、足、ぶつけたかも」と苦笑していた。医者はルカだけに、「痛みがあったはずだ」と伝えてきた。
 チトセが訓練を受けた軍人だったとしても、歩けば痛みは伴うはずだ。耐えられる程度の痛みだったとしても、チトセの年齢で、視野が狭くなり始めたり、まして目が見えないとなれば、すぐに気づくはずだ、と医者は続けた。
「……っ」
 ベッドの上であぐらをかいていたルカは、シーツの上に落ちる涙が音を立てないように、右手で顔を押さえた。育った環境は異なるものの、どうしてチトセが痛みに耐え、失明を恐れなかったのか、ルカにはよく理解できた。
 極端に自己評価が低いのは、虐げられた子どもに多いと本で読んだことがある。ルカ自身もそうだった。だから、ルカは他人と馴れ合わないようにしてきた。自分だけの世界があれば、人と比べる必要はなくなる。
 軍事学校時代、輪の中心にいたチトセを思った。軍に入隊してからも、上に立ちながら蔑視されていた彼の孤独は、父親から評価されたいという思いの強さに比例する。
 チトセはもう子どもではない。だが、大人になりきれていない。うまく折り合いをつけられない彼だけが傷つき、彼を傷つけた人間達は彼から何を奪ったのかも分からずに生きている。
 理不尽すぎて怒りがこみ上げてくるのに、ルカの瞳からあふれるのは涙だけだった。チトセのことが愛しくてたまらない。愛している。それなのに、自分には彼を幸せにする力がないと思えてくる。
 右手首をつかむ手に気づき、ルカは顔を押さえていた手を離す。こちらを見つめるチトセの瞳は澄んでいた。
「ルカ」
 手首へ触れていたチトセの手が、濡れた頬へ伸びる。
「大丈夫」
 自分を安心させるように言ったチトセの言葉に、ルカは頷くことができない。病気や怪我を負った時、彼がまた痛みを罰として受け入れるのではないかと疑ってしまう。昔、諦めようとした時によぎった考えが浮かぶ。
「……煩わしくて、横暴で、嫌になる」
 そんな人生を生きていくくらいなら、と考えたことがある。今、この瞬間、チトセが頷いたら、ルカは一緒にいってもいいと思った。この先も、チトセが傷つき、辛い目に合うなら、そのほうがいいと思った。ルカはチトセの手を取り、彼の首筋へ指を伸ばした。
「明日の朝市、一緒に行こう」
 ルカはチトセの口から出た「明日」という言葉に、首から手を離し、新しくあふれた涙を拭う。
「心配かけて、ごめん。ルカ」
 満たされた表情で笑みを浮かべたチトセが、ルカの手を握った。
「煩わしくて、横暴で、嫌になるけど、俺はちゃんと手に入れたんだ」
 ルカはチトセの体へ負担をかけないように、彼の体をまたいで、上半身を近づけた。それから、彼のこめかみや頬、鼻やくちびるへキスを落としていく。幸せにする力がないわけではない。自分の気持ちは伝わっている。
 チトセの体中を愛撫しながら、ルカは彼の左胸へ耳を当てた。心音を確認していると、まるで自分が子どもになった気分だ。
「チトセ」
 チトセは何も言わずに、ルカの頭をなでてくれる。来年も再来年も、その先も一緒だ、とささやいた。うん、と音にしたチトセが鼻をすする。たとえ、今日泣いたとしても、明日は何か素晴らしいことが起こるかもしれない。それが取るに足らない日常だったとしても、愛し愛される誇りを手にした自分達には、十分過ぎるほど素晴らしい日に違いない、とルカは目を閉じた。


番外編9 番外編11(そのあと/チトセ視点)

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