ゆらゆら15 | ナノ





ゆらゆら15

 そこまで力を入れた覚えはないが、一成はあっさりと身を引く。携帯電話を取り出し、おそらく秘書か誰かにかけたのだろう、「この後の予定は明日以降にずらせ」と命令していた。右手の甲でくちびるを拭い、孝巳は一成の向かいへの席へ移動しようとする。
「危ないから座ってろ」
 動いている車の中で移動するのは、確かに危ない。だが、一成の隣に座っていることに、より身の危険を感じる。家の方角に向かっている気がせず、孝巳は窓からの景色を視線で追った。
「母親のところに就職するのか?」
 孝巳は一成を見ることなく、外の景色に集中する。孝巳からすれば、彼が再度、自分の前に姿を現したのは信じられないことだった。
「何が望みなんですか?」
 笑みを浮かべた一成は、挑発するようにこちらを見下す。
「おまえだ」
 からかっている表情ではないものの、もし本気なら、それはそれで困る。孝巳は拒絶するために、視線を落とした。
「俺には付き合ってる人がいるし、あなたは俺を」
 無理やり襲った、と言えず、言葉を探した。一成の長くたくましい腕が伸びて、孝巳をとらえる。
「俺がレイプしたとでも言うか?」
 手の中で携帯電話をいじり、一成がディスプレイをこちらへ向けた。思わず口元へ手を当てる。ノイズなどない、クリアな音で流れてきたのは、自分の声だった。やめて、と聞こえるものの、その行為に感じていると分かる。
「これ、榎本へ送ってみるか? 泣きついてみろよ、慰めてくれるんだろう、おまえの恋人は」
 一成の言葉に、孝巳は勇気をふりしぼって言い返す。
「送ればいい。幸喜は俺を信じてくれる」
 そうか、という短い受けこたえの後、一成は携帯電話を操作した。その手を携帯電話ごとつかむと、彼は笑みを深める。
「信じていないのはどっちだろうな」
 胸ポケットへ携帯電話をしまい、一成はもう一度キスを仕掛けてきた。送信されなくてよかった、と安堵している自分がいる。
 心の底から嫌悪しているはずなのに、くちびるの間から漏れる音は、まるで感じているみたいだ。自分は淫らな人間なのだろうか。孝巳は逃避するように目を閉じた。

 道路から玄関まで続く石貼りは、家を囲むファサードと色が統一されており、重厚感がある。もっとも、外観だけではなく、セキュリティーシステムも厳重そうで、ここへ泥棒に入ろうとは誰も思わないだろう。
 孝巳は一成の後に続き、玄関からリビングダイニングへ続く廊下を歩いた。母親へは車の中から連絡を入れている。食事に招待された、と言えば、「おいしいものを食べられるとなると、元気になるのね」と笑われた。
「座れ」
 時間はすでに十八時を回ろうとしていた。夕食時だが、外で食べる気はないようだ。一成は上着をソファの背へかけ、キッチンへ入る。カウンターキッチンのため、彼の姿は見えていた。冷蔵庫からペットボトルを取り出し、未使用品にしか見えないグラスへ注いだ。
 すぐに行為を強要されると思っていた孝巳は、一成の態度に少し驚いた。座れ、と言われたソファへ腰を下ろす。漆黒のテーブルに置かれたグラスへ、礼を言いながら、手を伸ばした。
「幸せな家で育ったんだな」
 一成はそう言って、同じようにグラスを持った。泡が下から上へと動く。
「炭酸水だ」
 グラスを合わせることはなかったものの、孝巳は一成が口をつけたことを確認してから、自分の分も飲んだ。淡いレモン味に、気分が落ち着く。


14 16

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -