ゆらゆら1 | ナノ





ゆらゆら1

 ミルクティーを運んできた使用人へ礼を言い、工藤孝巳(クドウタカミ)は静かに息を吹きかけてから、一口ずつ飲んだ。朝食を並べていく使用人の一人に、兄達はどうしたのか、と聞こうとしてやめる。時計はすでに九時を過ぎており、兄達が両親同様、仕事へ出たことは間違いなかった。
 温かいクロワッサンを皿に乗せ、バターナイフで切り込みを入れた後、ブルーベリージャムを中へ塗る。黒い大理石のテーブル上には、孝巳一人では食べきれないほどの食事が並んでいた。ハムやチーズもあるが、孝巳は毎朝、同じものしか食べない。
 クロワッサンを二つと、ヨーグルトを食べ終える頃、広いリビングの入口から、榎本幸喜(エノモトコウキ)が顔を出した。
「おはよう、幸喜」
 兄達の友人であり、孝巳の恋人である幸喜は、孝巳の隣へ座り、額へ軽く口づけをくれた。使用人が彼へコーヒーを運び、彼は笑みを浮かべて礼を言う。その笑みを見て、孝巳もほほ笑んだ。
「仕事じゃないの?」
 八つ上の兄と同級生の幸喜は、彼の父親が立ち上げたレストランのオーナーをしており、この時間帯に会うことはめったになかった。
「孝巳の顔が見たくて、寄ったんだ」
 一口だけコーヒーを飲み、今度はくちびるにキスをして、幸喜は席を立つ。
「今夜、会える?」
 意識せずとも出てくる甘えた調子の問いかけに、幸喜は破顔し、「携帯へ連絡する」とこたえた。孝巳は彼の後を追いかけ、玄関まで見送る。車が見えなくなってから、扉を閉め、そのまま自室へと上がった。
 クローゼットを開け、鏡に映る自分を見て、口の端についたブルーベリージャムをなめた。幸喜も教えてくれたらいいのに、と思いつつ、適当な衣服を取り出す。大学四年生の孝巳は、この夏休みにある程度まで卒業論文も仕上げており、今はほとんど大学へ行っていない。
 就職活動は必要ないと両親から言われ、兄達のように父親の会社に就職できるのだと思っていた。ソファの上に置いてあった鞄を肩へかけ、孝巳は澄みきった秋空の下へ出る。
 車の免許証は持っているものの、運転はあまり好きではなく、出かける時は電車を使っている。
「孝巳様、送ります」
 使用人の一人が慌てた様子で追いかけてきた。この地域から最寄り駅までは、歩いて二十分以上かかる。孝巳は首を横に振り、空を見上げた。
「今日は散歩。歩きたい気分なんだ」
 孝巳の言葉に、使用人は携帯電話を持っているかだけ確認し、家のほうへ向かっていった。車だと迂回する形になるが、徒歩であれば前庭はまっすぐに歩ける。孝巳は正門を開け、私道を進んだ。

 市内の植物園へ行き、夕方近くからは駅前のセレクトショップを回った。同年代の友人達は、初等部の頃からの知り合いがほとんどで、気心も知れた仲だ。生活環境も似ており、遊びに誘うことをためらう必要もない。
 だが、孝巳は時おり、一人でいることを好んだ。交流が続くと、友人達の声をうるさく感じてしまう。
 孝巳はテーブルの上で震えた携帯電話を見て、すぐに電話を取った。相手が幸喜なら話は別だ。彼は大人で、静かで、優しい。
「今、駅前のカフェだよ」
 店の名前を告げると、幸喜は、「あと三十分くらいで行けそうかな」と返事をくれる。口元を緩めて、まだ来るはずのない彼の姿を探し、孝巳は視線を窓の向こうへやった。
「それまでに、口の左端についたブルーベリージャムは取っておくんだよ」
 その言葉を聞き、孝巳はつい声を上げる。
「もう、とっくに取ったよ!」
 明るく響く幸喜の笑い声に、孝巳もつられて笑った。


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