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ブラック会社。
それは私の勤める会社……のはずだった。

「杏里ちゃんおはよ〜…」
「おはようございます。…おそ松さんですか?お久しぶりです」
「そうでーす、久しぶりー」

出勤すると、ソファーに寝転んで競馬新聞を読んでいた気だるげなおそ松さんが一人。
ソファーの背には無造作に黒い上着がかけられている。たぶんお高いんだろう革靴は、テーブルの下でお互いにそっぽを向いていた。
本人は初めて会った時のような一松さんと同じ白スーツではなく、黒いズボンに着崩した赤いワイシャツ。
おそ松さんと分かったのはこのシャツの色だ。六つ子の見分けをつけるために色が決まっていて、自分は赤なんだと教えてもらっている。

「今日からこちらでお仕事ですか?」
「んーん…昨日夜ここで飲んでここで寝てぇ、さっき起きたふあ…」

間髪入れずに気の抜けたあくびをするおそ松さん。
昨日の夜からここにいたってことは、カラ松さんの仕事を手伝ったりしてたのかな…?

「コーヒーお淹れしましょうか」
「ええっいいの?杏里ちゃん気が利くぅ〜」

酔いが残ってるのか、ソファーから体を起こさないまま表情を崩すおそ松さんをオフィスに残して、まずはキッチンへと向かった。
わ、お酒の空き瓶がそのままだ…これも片付けないと。二人で飲んでたのかなぁ。
カラ松さんが買ってきた豆の粉でコーヒーを抽出する間に、そこここにある瓶を拾っていく。

……それにしても、一松さんたちがマフィアなんて。

実はこの会社がマフィアであるマツノファミリーの隠れアジトだったというのを知ったのは、最近のこと。
会社の先輩だと思っていたカラ松さんはおそ松さん同様マフィアの幹部で、社長の役割を担っていると思っていた一松さんはマフィアのドン。
一松さんを始めとした六つ子兄弟が取り仕切るファミリー、それが彼らだと聞いている。

でも一松さんもカラ松さんもおそ松さんも、私が想像していたようなマフィアらしさはいまいち感じられないんだよね。
マフィアってもっとピリピリした雰囲気のある人たちだと思ってたから。
マフィアであることを知った日は、一松さんが私より落ち込んじゃってたし。
どうやら一松さんは私に怖がられたのが一番ショックだったみたいなので、後で精一杯フォローはしたつもり。
明かされた事実が事実だっただけにちょっとぎこちなくはなってしまったけど…
そのせいか一松さんはまだ引きずっている様子だったし、ここに仕事場を移すと言っていたのにあれから一松さんの顔を見ていない。ニャンコちゃんが寂しそうだ。
私もちょっと、寂しい。
今まで何もされなかったのに怯えてしまって申し訳なかったな、なんて思うぐらいには一松さんたちに親近感を持っている。
でも、マフィア……なんだよね。
私への人当たりはいいけれど、裏では何をしているか分からないんだ。
こんな風に一松さんたちを疑いながら接する日が来るなんて思わなかったな…

もう一つ気になってるのは、どうして私がここに居続けさせてもらえたのかってとこだ。
身辺調査もされていた明らかな素人の私。
詳しく聞けば、カラ松さんは時期が来れば私を解雇し、経歴もクリーンにした上で一般社会へ戻す気だったらしい。
なのに、一松さんは私をそのままにしておいた…
ここの事情がよく分からない。
私を居させて何かメリットがあったのかな。カラ松さんの仕事量を減らした時点で、私は必要なくなったはず。
私が一松さんたちに関われば関わるほどリスクが増す気がするんだけど…
今も住ませてもらっているマンションにしたってわざわざ手配しなくても良かっただろうし、それこそ私がうっかり大事な情報を外に持ち出しちゃってたらどうするんだろう。
事情を説明された後でも、結局ここだけは一松さんも頑なに教えてくれなかった。
カラ松さんは「こういうのは焦らないことだ…」ってさらに分からないことを言うし、おそ松さんには「一松は不器用通り越して逆に分かりやすいと思う!がんばれ!」と不思議な応援をされてしまった。
うーん、てことはやっぱり一松さんの決定でこうなったってわけだよね…?
マフィアであることを知った今も、特に危害を加えられたりはしてない。むしろ守るとまで言われている。
もしかして私、何かの人質だったりするのかな?なんて考えて首を振った。
ないよね、私を人質に取られて困るような人たちなんていないもの。

謎は残るけれど、とにかく分かっているのは私は一松さんたちの元にいるしかないってこと。
マフィアのファミリーとまではいかなくても、関係者にはもうなってしまっている。
「杏里ちゃんは何も出来なくて当然だから」って言われたけれど…これからが不安だ。
有事の時には私なんかすぐに足手まといになっちゃいそうだし。
って、考えがマフィア寄りになってきちゃってる…!
わ、私はマフィアじゃないよ!まだ、今のところは…
ともかく、一松さんたちが本当はどういう仕事をしてるのかちゃんと知る必要があると思う。
マフィアの本来の意味は自警団らしいし、内容によっては思い悩む必要もないかもしれない。
正式に仲間になったわけじゃない私に重要な話は教えない気がするから、それとなく探れればいいんだけど。


「おそ松さん、お待たせしました」
「ありがと。カラ松に買いに行かせたかいがあったねえ」

いつの間にか黒い革手袋をはめた手で、ソファーに寝転びながら器用にホットコーヒーをすする…こう言っちゃなんだけど…だらけた姿のおそ松さんは、どこにでもいそうな普通の男性に見える。
そういえばもうすぐ勤務時間なのにカラ松さんが来てないな。昨日までは元気そうだったのに。

「おそ松さん、カラ松さんは今日はお休みですか?」
「んー、それなんだけどぉ」

おそ松さんが体を起こしかけて、声に真剣さが戻った。
なんか、ちょっと嫌な予感がするかも…

「カラ松は久々に現場。深夜に呼び出されちゃって。だから勝手に酒飲んでたんだけど」
「あれ、おそ松さんが全部空けたんですか…」
「まあねー!カラ松の奴、飲めねーくせにけっこういい酒隠し持って…って話はそっちじゃなかった…」

ソファーに座り直したおそ松さんは、コーヒーを一気に飲み干して真面目な顔になった。
外からはいつも通りの朝の喧騒が聞こえる。でも、部屋の空気はいつもとは変わった。

「こないだ敵対してる奴らの動きがでかくなったって話したよね?」
「はい…」
「…俺らの仕事って、大体は話し合いで終わんだよ。交渉人がいて、そいつらが相手と話つけて終わり。自慢じゃないけど俺たちの力は強いし、強力な後ろ楯もある。俺らに楯突いたところでいいことないからね。平和的に解決するのが一番」

そういうのが理解できてる奴らばっかならいいんだけど、とおそ松さんは呆れ気味に笑った。

「たまに納得いかないって武力行使する輩がいるわけ。今回動きを見せたのもそういう奴らでねぇ…今まで大人しかったんだけど、隙をうかがってたんだろうな」

ここでおそ松さんは三本指を立てて見せた。

「俺らのやり方は三段階。初めは交渉人による話し合い。次に不本意だけどこっちも武力をちらつかせる。最終的にはまあ…弾圧して制裁かな」
「…」
「しょうがないけどねーこればっかりは。ほっとくと大変なことになるから」

基本は話し合い、という姿勢にいくらかほっとしたものの、同時に一松さんが持っていたピストルを思い出した。
あれも実際に使われたりするのかな…

「で、カラ松の話に戻るけど」
「はい」

そうだった、何でカラ松さんがいないかの話だった。
でも何となく良くない方向への話なのは雰囲気でわかる。

「今回も交渉人がそいつらにあたってたんだけど、言うこと聞きゃしないから第二段階に入った」
「つまり、武力による…?」
「そ。んーで、カラ松は本来その二段階目が担当なわけ」
「えっ」

あの少し自信家だけど行動は穏やかそうなカラ松さんが、そんな役割を担ってたなんて…!
驚く私に、おそ松さんはさらに言葉を続ける。

「ほとんどの場合は別の奴で事足りてるんだよね。それがカラ松まで出なきゃいけなくなって」
「け、けっこう危ない状態なのでは…!?」
「まあねー。緊急事態度MAXが10だとすると、今7くらい?」
「えええ…!?」

一松さんたちがマフィアと知ってから日も浅いのに、とんでもない事態になってきてる…!?

「カラ松がデスクワークしてるうちはまだ平和だったってことだねぇ、なはは」
「…おそ松さん、余裕そうですね…」
「んー、何だかんだだいじょぶかなーって」

と言いながら、おそ松さんの目つきが何となく研ぎ澄まされてるように見えるのは気のせいかな。

「でね、あっちはまあ問題ないと思うんだけど…」

立ち上がったおそ松さんは静かに靴を履き、上着を羽織ってそっと窓へ近付いていく。
その動きをただ見ているしかない私。だけど、空気が張り詰めているのがわかる。

「もしかしたら向こうに杏里ちゃんの存在が気付かれたかもって情報が入ってね」

窓の外が見える壁際に体をつけたおそ松さんが「あちゃー」と小声を上げる。

「トッティ大正解」
「あの…」

私の台詞は、おそ松さんが口元に立てた人差し指で遮られた。

「ほんとは俺じゃなくて一松行けって言ったんだけど、顔合わせづらいとか何とか言うから俺が来ちゃった。株上げるチャンスなのに」

上着の内から取り出されたのは、一松さんのと形は違う真っ黒なピストルだ。
それを持っておそ松さんはドアの側へ移動した。

「杏里ちゃん、大人しく俺の言うこと聞いてね」

ビルの階段を上がって来る一人分の足音がする。
コーヒーを運んできたお盆を震えだした手で床にそっと置いて、足元に来たニャンコちゃんを抱き上げる。この子は私が守らなきゃいけない。

「今から言うこと覚えて」
「…」

ほとんど息だけの声に黙って頷く。

「キッチンに入って待機。誰かここに入ってきたら静かに廊下に出て物置に行って。奥から五番目のロッカーに入ったら下のボタンを押す。後はそこにいる奴の指示通りに」

ロッカーの下のボタン…?そこにいる奴って…?
質問したかったけど、外の足音は少しずつこの部屋に近付いてきてる。

「焦らなくていーよ。どうせこの部屋からは出さないから」

余裕の笑みを崩さないおそ松さんに目で合図され、私は音を立てずに隣のキッチンへと入った。
ドアを慎重に閉め、冷蔵庫の陰で息を殺す。
今までの人生の中で一番ってぐらいに耳をすませていると、足音はおそ松さんのいる職場のドアの前で止まった。

「すみませーん、宅配便でーす」

聞いたことのない男の人の声。
それはどことなくニヤついているようで、ニャンコちゃんを抱く手に鳥肌が立っていく。

「はーい!手が離せないので入ってきてくださぁい」

可愛い女の子の声だ。
これ、おそ松さんだよね…!?
一瞬動揺したけれど、私のふりをして返事をしたんだと分かった。
一拍の後、カチャリと音がして足音が部屋へ踏み込む。
と同時に短い叫び声と床に何かが倒れ込む音。

「だーっはっはっは!油断しすぎー!」

おそ松さんの高笑い。
何が起きているのかは気になるけど、廊下へ出るなら今しかない。
ニャンコちゃんを抱いて、キッチンと廊下を繋ぐドアから脱出した。
職場を改装した時、元からあったこのドアも残したのはこうなることを見越してだったのかな…
ちょっとだけそんな考えが頭を掠めた。
素早く、でも静かに階段で一階へ下り、物置部屋のドアを開ける。
この部屋へはいらない備品を置きに二回ほど来ただけ。
埃とカビのにおいのする薄暗い室内は、乱雑に置かれた備品の山。
右の壁沿いには縦に長い大型のロッカーがひっそりと並んでいる。
えっと、奥から五番目…
他のと変わらない見た目のそのロッカーの前に立った途端、上から激しい物音とおそ松さんの悪態の声が響いてきた。
おそ松さん、今危ない目に遭ってるんじゃ…
どうしよう…!
ロッカーを開けるのをためらった私の代わりに、ニャンコちゃんが手を伸ばしてカリカリとロッカーを引っかく。
そして、私を見上げて短く鳴いた。
まるでこうするのが正解だって言ってるみたいに。

…私が勝手に何かしようとしてもきっと足手まといになるだけだ。
今はおそ松さんの言った通りにするのがいいんだ。
…そうだよね?

泣きそうになりながらロッカーを開く。
そこには、普通のロッカーのようなハンガー掛けや棚はなかった。
奥へ通路が伸びていて、突き当たりに少し広まった無機質な空間がある。
恐る恐る一歩入って後ろのドアを閉めた。
外の音が遮断され、代わりに小さな機械音が聞こえる。
通路を抜けた先でようやくおそ松さんの言った『下のボタン』の意味がわかった。
これ、エレベーターだ。
普通のエレベーターと同じような表示パネルと開閉のボタンが壁にある。
ちょっと違うのは、階数ボタンの代わりに上下を示す矢印のボタンしかないことだ。
これの下向きの矢印の方を押せばいいんだよね?
思いきってそれを押すと、「下へ参るダス」と知らない男の人の声がしてドアが閉まった。
少し揺れた後に独特の浮遊感がする。

息を吐きながらエレベーターの隅に座りこんだ。緊張が一気に解けたみたい。
とりあえず言われたことはやったけど…
おそ松さん、どうなってるだろう。大丈夫かな。怪我してたら…まさか、死ぬなんてことないよね。そんなの、しないよね……
それと訪ねてきた男の人。あれが敵対組織の人?私を狙って来たってこと?
もう、急すぎて頭がついていかないよ…!
不安だらけの中、ニャンコちゃんだけが今の心の支えだ。
そうだ、それから、この後。
『そこにいる奴の指示通りに』って言われた。
下に着いたら誰かがいるのかな。どんな人なんだろう。
…一松さんだったらいいのにな。
しばらく会えてないから、顔を見たら二つの意味で安心できるかもしれない。

そんなことを考えている内、エレベーターは下に到着するようで「もうすぐ着くダス」と案内が流れる。
ニャンコちゃんを抱え直して立ち上がると、ちょうど箱の動きも止まってゆっくり扉が開いていった。
そこにいたのは…


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