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「……何してんのおそ松兄さん」
「一松ですけど」
「死にたいんだふーん」

と言いながらジャケットの内側へ手を差し込む二人目の一松さん。
それを見て、おそ松兄さんと呼ばれた私の上の人はすぐに身を引いた。

「はいはい降参ー。はぁああ〜つまんねぇ、バレちゃった〜。いーとこだったのにー」

うって変わって明るい声を出す偽物の一松さん…おそ松さんは勢いよく灰皿をぶつけられ、ソファーから落ちた。
す、すごく鈍くて重い音がした…!

「ッッ……でぇ!!ちょっ、いきなりひどすぎない!?」
「それこっちの台詞なんだけど……その格好で何してたわけ?この子に………」

解放され慌ててソファーから起き上がった私を隠すように、一松さんがおそ松さんの前に立つ。
心なしか、カラ松さんに対する時よりももっと雰囲気が怖い…
おそ松さんもそれを感じたのか視線を泳がせている。

「な、何って、お前が一般人の女の子入れたらしいって聞いたからついでに見に来ただけじゃん。お兄ちゃんにも言ってよもー」
「…あそう。じゃもう用事無いね帰って地獄に」
「待った待った何でなおも灰皿振りかぶるの!?死ねってこと!?地獄ってそゆこと!?」
「大丈夫地獄行きなのはおそ松兄さんのおそ松兄さんだから」
「大丈夫じゃない!それ全然大丈夫じゃないよ!俺死んだも同然だよそれだと!ごめんなさい!許してください!」

一松さんが優勢な空気で警戒が解けたらしく、私へ駆け寄ってきたニャンコちゃんをぎゅっと抱きしめる。
本物の一松さんじゃないって分かって安心した…!
話を聞くに、前に名前だけ耳にした一松さんの兄弟の一人だったらしい。
でもこうして見ると、本当に二人ともそっくりだなぁ。白スーツも同じものだし。
たくさんいるらしい兄弟の中で一松さんとカラ松さんだけ双子だと思っていたけど、実は三つ子?
なんて考えていると、一松さんの方が気遣う目線を送ってきた。

「…本当に他に何もされてない…?嫌だったら言っていいから」

うん、この感じ、本物の一松さんだ…!

「はい、大丈夫です」
「そう…」

安心したように頷いたのもつかの間、一松さんはテーブルの上の私に関する資料を見て明らかに動揺し始めた。

「こ、これ……」
「あーそうそう取ってきたよ、お前に言われてたやつ。ほい」

…一松さんが私の資料を取ってくるように指示してた…?
おそ松さんは平然として一松さんに資料を手渡したけど、一松さんは焦ったように私とおそ松さんを見ている。

「あと一松、お前ちゃんと説明した?杏里ちゃんまだよく分かってない感じだったよ?」
「ちょっ、今はとりあえず黙って…」
「は?」

おそ松さんが怪訝な顔をしたのと同時に「待たせたなブラザー!」と今度こそカラ松さんが帰ってきた。

「少し時間がかかってしまったが、安心してくれ!本場のコーヒー豆を現地から…」
「あーカラ松お疲れ〜」
「…あ?おそ松いつの間に…?何だそのイカすファッションは?」
「へへーん一松とおそろーい」
「いいじゃないか…!フフン、やはりホワイトスーツで揃えるのも悪くな」
「そんなことよりぃ、お前らどーなってんの?説明責任果たしてる?」
「何の話だ?」

さっきのおそ松さんみたく訝しげな顔をしたカラ松さんも、少し青ざめた一松さんが手に持つ資料を見て一気に顔色が変わった。
ちら、と私をうかがった後、表情を取り繕い「おそ松?」と呼びかける。

「悪いが今はその話は後に…」
「は?何で?」
「ンン…そうだ、今は少々タイミングが悪いというか…」
「いやいやむしろ今理解してもらってない方が困るって。情勢変わってきてるし、杏里ちゃんにもなるべく早くマフィアの一員としての自覚を持ってもらわないと」
「マフィア…?」

さっきからやり取りを呆然と眺めているだけだった私は、新たに出てきた非日常な単語をそのまま繰り返す。
しかし私がそれを口にした瞬間、一松さんとカラ松さんが明らかに“終わった”という顔になった。

「……は?…は!?お前らまさか何も言ってねーの!?」

おそ松さんの驚きと呆れの叫びが響く中、私はマフィアという言葉をどうにか理解しようとしていた。
マフィアって、…えっと……

……犯罪組織……!

心臓が嫌な音を立て始める。
マフィアだなんてまさか、と笑いたいけれど、皆さんの様子からして冗談ではない雰囲気。
ならこの会社は犯罪組織のアジトの一つで、一松さんを中心に犯罪を行っている…?
おそ松さんの言った『過去を消した方が都合がいい』というのも、悪いことをするのに都合がいいから?
私はいつの間にか、その一員に…!?
ニャンコちゃんを抱いたまま、ゆっくりと壁際へ後ずさりをした。
幸い三人には気づかれておらず、おそ松さんが二人へ説教を始めている。

「いや!いやいやいや何!?無理やり引き入れたってこと!?」
「…おそ松、彼女はファミリーじゃない。これには色々とわけが…」
「そーなの!?って俺もう喋っちゃったし取り返しつかねーじゃん!どーすんのこの子!俺にくれるってなら話別だけど!?」
「…それは駄目」
「一松、お前そんな反論できる立場じゃないからね今。そりゃ受け身な反応しか返って来ないわけだよ…」

脱力したのか、おそ松さんが前髪をかき上げて盛大なため息をつく。

「とりあえず…杏里ちゃんに説明だけはしないと。知られた以上もうそれしかできねーし、覚悟もしてもらうしかないんだから」

その言葉でカラ松さんと一松さんが、距離を取っていた私の方を向く。

「っ!」

思わず二人から目をそらしてしまった。
今まで何もされなかったのに、マフィアというだけで怖さが先に立ってしまった。

「…すまない、杏里ちゃん」
「……」
「まあ、そーいう反応にもなるよそりゃ」

謝罪をするカラ松さんと、黙りこむ一松さん。おそ松さんはまたソファーへ座り、胸ポケットから煙草を取り出していた。
治まらない心臓の音を隠すようにニャンコちゃんを抱えこむ。
突然明かされた事実に、どうしたらいいのか分からない。
私、これからどうなるんだろう……どうすれば……
沈黙を破るようにドサリと音がする。
見れば、一松さんがソファーへ座り込んでいた。
背を丸めて深くうなだれているのとハットのせいでその表情は分からない。

「一松?」
「…」

隣のおそ松さんの呼びかけにも答えず、一松さんはジャケットの内側へ手を入れ静かに何かを取り出した。
光沢のある銀と黒のその物体は、無知な私でもさすがに知っている。
ピストルだ。
一松さんの片手に収まるサイズの銃が、おそ松さんの煙草の煙をかき消すように光っている。
初めて見たけど、本物…?

「い…一松?」
「……」

一松さんは無言のままピストルを握り直し、引き金に指をかけ、その腕を持ち上げた。

「おい一松!」
「……っ!」

撃たれる。
そんな考えがよぎって目をつぶった。
真っ暗な視界が揺れ鼓動が激しさを増し、おそ松さんとカラ松さんの声がぐちゃぐちゃと混じり合って聞こえる。
その瞬間までの時間がとてつもなく長く感じた。

……………実際、長い時間が経過した。
私は撃たれていなかった。
というより、撃った音もしなかった。
おそ松さんとカラ松さんのなだめる声は変わらず聞こえているけれど、少し冷静になって耳を傾けてみるとその内容に違和感を覚える。

「一松!とりあえずそれを下ろせ!」
「煽るようなこと言ってごめん!大丈夫だから!まだ取り返せるから!」
「ここで死んだら一松フレンズにも会えなくなるぞ!キャット達はどうなるんだ!」
「童貞のまま死ぬなんて悲しすぎるだろ!気を確かに持つんだ一松!」

恐る恐る目を開いた私の視界に入ったのは、ピストルの銃口を自分のこめかみに当てている一松さんだった。
必死に説得する兄弟に挟まれる一松さんはこの世の終わりのような顔色だ。聞き取れないけど、何か言ってるみたいで口元が微かに動いている。

「……無理……あ…あんな…怖がられて……嫌われた……生きていけない……」
「大丈夫!大丈夫だから一松!お兄ちゃんが何とかすっから!」

慰めるおそ松さんが不意にこちらを向く。

「ね!杏里ちゃんもここで一松が死んだら悲しいよね!?生きててほしいよね!?」
「え…あ、はい!それはもちろん…!」

慌てて強く頷く。
一松さんは、一般人の私に情報が漏れた責任を、自分の死で償おうとしているのかもしれない。とっさにそう思った。
だからって人が死ぬのは嫌だ。おそ松さんとカラ松さんの悲しみを思えばなおさら。

「一松さん、死なないでください。お願いです…」

無意識にそう口にしていた。
か細い声で言った台詞でも一松さんの耳には届いたようで、ゆっくりとピストルを下ろしてくれた。
部屋に安堵の空気が流れ、腕の中のニャンコちゃんがのんびりした声で鳴く。それをちらりと見て、おそ松さんが表情を緩めた。

「…さてと…んじゃ、改めてこうなるまでに至った経緯でも話そうか。なあお前ら」

おそ松さんの視線に促されて、二人がぽつぽつと話し始めた。
その話をまとめるとこういうことらしい。


元々ここは、一松さんがドンであるマツノファミリーのアジト。
表向きは小さな会社に見せかけ、カラ松さんが一人で他の兄弟のサポート業務をしていた。ただしここでの活動は期間限定で、抱えている案件が終わればこのビルごと無くしホームへ戻るつもりだった。
でもその案件が思っていたより長引いたために、だんだん一人では手が回らなくなってきたらしい。
カラ松さんいわく、兄弟はみんな別の役割があり、部下も全員駆り出されている。
そもそも一人で大丈夫と豪語していたので今さら助けは求められない(おそ松さんに『お前ほんとバカだよな』とツッコまれていた)。
というわけで一松さんたちには内密に、仕事が一段落するまで、機密情報を扱わない簡単な仕事だけを任せる外部の人間を雇うことにした。それが私だ。
やむを得ずトド松さんという兄弟に頼んで、私を雇うことは伏せて、スパイじゃないかどうかの調査はしてもらったみたい。
でも何か感付いたトド松さんから一松さんへ私の存在がばれ、一松さんは自分の仕事もそこそこにここへ様子を見に来た。私と一松さんが初めて会ったのはその時だ。
何だかんだあって(詳しくは教えてもらえなかった)、身分を明かさず私にそのまま居させ続けるのを決めた一松さんは、カラ松さんと組んで私の存在をトド松さん以外の兄弟へは隠していた。一松さんいわく、口うるさいのがいるから、という理由みたい。
しかし厄介なことに、ここに来て敵対組織の動きが大きくなってきた。
そこで、私の存在が公になっていないうちに身の安全を考えて対策を取ることにした。ファミリーの所有物にさせたマンションへの引っ越しや、私に関する情報の管理…施設の資料が持ち出されたのもそのためだ。
ところが。

「俺が来たってわけね」

施設の資料に関してはトド松さんの担当だったはずが、たまたまトド松さんの仕事場を訪れていたおそ松さんが「暇だったから」と勝手に請け負っていたのだ。
さらにおそ松さんはその過程で、私がファミリーに入ったものと解釈していた。だからマフィアであることも隠さず喋ってしまった。
明らかに何もできなさそうな素人の私。愛人になれと言われたわけも今なら納得できる。


「……って感じかな。理解できそう?」
「…はい、何とか…あと、質問があるのですが」
「うん、どーぞ」
「私、これからどうなるんですか…?」

三人が目線を交わす。

「…杏里ちゃんに全く罪は無い。何も非は無いんだが……」
「ちょっと、離してはあげられないかなー…」

言いにくそうなカラ松さんに続いて、おそ松さんがやんわりと言葉を続ける。
つまり、私はもうマフィアの一員になるしかないってこと…
実感がわかない。
それはあまりにも予想外で、突飛な展開だからというのもあるけれど。

「ほんとごめんね?いや百パーカラ松のせいだよね〜。てかいつまでも隠し通せるわけないし。どーするつもりだったわけ?」
「ぐっ……すまない、杏里ちゃん…!」
「まーもうこうなっちゃったらしょうがないって。何とかなるっしょ!でさ、やっぱ杏里ちゃん俺の愛人になんない?」
「黙れおそ松!こうなった以上、彼女は俺が守る…フッ、それがドンの右腕としての、俺の役目だ…!」
「えいつからお前一松の右腕になったの?」

もう問題が解決したかのように軽い調子のおそ松さんに、私のボディーガードとしてなぜかやる気を見せ始めるカラ松さん。
おおよそマフィアらしくない二人の盛り上がる姿は、私が初めに想像した“犯罪組織であるマフィア”とはかけ離れていて現実感がなかった。
そして何より…

「……ご、…ごめんなさい……」

二人の間には、うなだれた一松さんがぽたぽたと涙をこぼしながら私に謝る姿があって、どういう感情を抱いていいのかよく分からなくなってしまった。
どうしてドンである一松さんが私以上にこんなに落ち込んで、しかも謝ってるんだろう…
マフィアのボスってすごく怖くて何事にも動じないイメージがあるけれど、一松さんは優しくて繊細で真逆の人な気がする。
でもほんとは怖い人なのかもしれないよね。そう信じたくはないけど…

「そーだな、とりあえず…今やってる仕事が終わるまで杏里ちゃんにはここに勤めてもらって、片付いたらカラ松と一緒にホームに来てもらう。それでいい?って拒否権ないけどね」
「…はい」
「あー、あんまり気落とさないで?マフィア生活もけっこう楽しいから。それにいざって時は一松が守ってくれるし」

な?と肩を叩かれた一松さんは、ぐすぐす鼻を鳴らして少し顔を上げた。

「……うん」

視線は下を向いたままだけど、その口調は強かった。
そうまで言われてしまえば、この場は「分かりました」と答えるしかない。
一松さんたちがどういう活動をしているのかまだ分からないし、しばらくは様子を見るしかないよね…
私の知らない間に色々と調べられていたことを思えば、とても私一人で立ち向かえる人たちじゃないだろうし…
ちら、と前に座る三人を観察する。

「あーあ、女の子好きに入れていいなら俺ボスやっときゃよかったなー」
「ハッ、お前がボス?満場一致で反対だ」
「あ?何で?俺長男だよ?ふつー長男がやるでしょボスっつったら」
「面倒だからやらないとか言って真っ先に逃げたのは誰だ?ンン?」
「お前だって自由がなんちゃらとか言って逃げたじゃん!?」
「あ?」
「あァ?」
「…お、俺……騙す気は……」
「あの、これ使ってください」

まだ泣いている一松さんにハンカチを渡すと、じっと見つめた後「もったいなくて使えない」と返されてしまった。

………やっぱり、実感がない。


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