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「ただいまです」
「…お帰り」

留守番代行サービスを頼んで三回目の夜。
仕事から帰って家のドアを開けると、前回と同じように玄関で壁にもたれ体育座りをしている松野さんがいた。
今回は部屋の電気もつけてくれていて、紫のパーカーにジャージに裸足という格好が一目で分かった。

「玄関にいると冷えないですか?」
「階段登ってくる音聞いて今出てきたから、全然」

…ということは、わざわざ玄関で待っててくれるのは松野さんなりのお出迎えだったのか。
部屋でテレビでも観てのんびりしてもらってたらいいと思っていたが、この気遣いはありがたい。
玄関で座って待ってるなんて、忠実なペットか三つ指ついて出迎える昔のお嫁さんのよう。
どちらにしても悪い気はしない…なんて靴を脱ぎながらほくそ笑んでいると松野さんも意味ありげに口の端をすうっと上げた。

「引いた?引いたよねそりゃ…音だけで判断してるとかね」
「えっ、嬉しかったですが…忠犬みたいで」

思わず失礼なことを付け足してしまい「いやあの」と口走る。
松野さんは「忠犬…」とぼそっと呟いた。呆れているのか怒っているのか、感情の読み取れない一言だった。

「…すみません。例えが悪かったです。玄関で出迎えてくれたのが普通に嬉しくて、引いてはないですから」
「…犬よりは猫の方がいい」

私と目を合わせず斜め下を見ながら変化球な答えを投げてきた松野さんは、どうやら怒ったり呆れたりしたのではなかったようだ。

「では忠猫さんということで」
「忠猫って言葉あんの」
「今作りました。松野さんのための言葉です」
「それはどうも…こんなクズなんかに身に余りまくる光栄」

松野さんが急にクズとか言い出すのでびっくりした。
びっくりしすぎて会話が途切れてしまった。
いや松野さんはクズではないですが、などとフォローする言葉が思い浮かんだ時にはもうそのタイミングを逃してしまっていた。次何か言われたら絶対何か返そう。
松野さんは気にする風もなく音もなく立ち上がり、部屋へ向かう私の後ろから微かにひたひたと足音をさせて付いてきた。確かに忠猫だ。
部屋の戸を開ける前に忠猫さんから「あ…」と声がかかる。

「言われてたやつ…一応作ったけど」
「あっ、ほんとに作ってくれたんですか!」

言われてたやつ、とは前回松野さんに頼んだ「夕飯を作ってほしい」というオプションである。
嬉しさが跳ね上がり振り返る。
私の期待に満ちた目にプレッシャーを感じたのか、彼の猫背がもっと丸まった。

「いや…そんな大したのじゃないから」
「うわー楽しみです!でもすみません、言っといてなんですけど冷蔵庫にろくなものなかったでしょ?」
「材料は俺の家にあったの使ったから、別に…」
「うそ!」

そこまでして松野さんは約束を果たしてくれたのか。
というか私が帰るのを待つ間家の冷蔵庫にあるもので勝手にご飯を作っていいか、という話から夕飯オプションの話になったのに。
今日も初回だからという理由で遠慮したんだろうか。松野さんって何て言うか、律儀だ。
最大値の嬉しさと感動で松野さんを見つめれば、いよいよ居心地悪そうに自分の爪先へ視線を逃がし始めた。

「お、俺の家にもそんなにまともなの無いし…嫌だったら捨ててくれていい」
「食べますよ!食べるに決まってるじゃないですか、どこですかそのご飯」

松野さんは部屋の中を遠慮ぎみに指した。
胸を躍らせながら戸を開けると、テーブルの上にラップのかかった食器が二つ乗っている。
片方のお皿には、一体どうやって作ったのか、可愛らしい耳と海苔の目鼻が付いている猫型おにぎりが二つ。ウインナーと細切りピーマンの炒めものが添えられている。
別の深い器にはおでんがぎっしり詰められていた。
二つとも、側に置かれているトート型のクーラーボックスに入れて持ってきたらしい。

「こ、これを松野さんが…!」
「いや、炒め物は今日の昼の残りで、おでんは俺じゃなくて別の奴。…さすがに、おにぎり二つと炒め物だけじゃしょぼいでしょ」
「えっ、てことはおにぎりは松野さんじゃないですか」
「……まあ」
「わーすごいすごい!これめちゃくちゃ写真映えしますよ!すごいなぁ可愛い!撮っていいですか?」
「え、うん…」

ラップをはがし猫型おにぎりを間近で撮った。松野さん、こんな可愛いもの作れるなんて意外だしすごすぎる。

「ありがとうございます。明日も頑張れそうです」
「そんなに?」
「だってこんな丁寧に作ってくれて…感動しました」
「……」

松野さんは下を向いた。

「そ、そんな程度のならいつだって作れるし…」
「じゃあ次も頼んでいいですか?ご飯はこっちで炊いておきますから」
「…分かった」
「やったー。食べるのもったいないなぁ」
「そろそろ帰る」

唐突に帰宅宣言をされたが、何となく照れ隠しだろうなと思った。

「ありがとうございました。はい、今日の分です」

松野さんからは見えないよう昨日よりも多めにお金を入れて、猫のポチ袋を渡す。夕飯代と感動した分のオプション料金追加だ。
どうも、と受け取って帰りかける松野さんをすんでのところで呼び止め、昨日忘れていった雑誌も渡した。
渡した時にちょっと顔が強張っていたのは、落書きを見られたかどうか頭をよぎったからだろうか。
そそくさと帰っていく松野さんを見送り、今日の素敵な夕食をレンジで温める。
誰がおでんを作ったんだろう。この食器はまた松野さんに返さなきゃな。雑誌に書き足した私の分の落書き、気付いてくれるかな。気付いてくれなくてもいいや。
おでんと炒めもの、それから猫のおにぎりでお腹も胸もいっぱいになった私は、色々なことを考えるうちすぐに眠りに就いた。
次に松野さんが来る日が楽しみだ。


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