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クリスマス前日譚3


一松くんからの電話を切って、お店の休憩室の壁にもたれた。
そっかぁ、イブはだめになっちゃったかぁ…
しょうがないよね、予定が入っちゃったんだから。クリスマスは会えるって言ってたし、私に準備期間ができたって思おう。
一松くんと何しようかなぁ。私がしたいこと…
スマホで近所のイベントを検索してみた。
あっ、クリスマス市やるんだ!
あのビル街の中かぁ。雑貨売ってたり、クリスマスの軽食とお酒が楽しめるんだよね。
でも一松くんはお酒弱いし、私も飲みすぎると記憶飛んじゃうからなぁ。未だに自分の大丈夫な量把握できてないし…
お酒はパスするとしても、雰囲気楽しめたらいいかな。もし一松くんも行きたいって言ってくれたらの話。
えーと、こっちは水族館のクリスマス特別展示かぁ。
きれいだなぁ…!クラゲの水槽に色んなライトが当てられてて、キラキラしてロマンチック。
わ、見ると幸せになるハート型の模様を持つ魚だって!カップルで見ると長続き…なるほど…
こういうの、ゲン担ぎで見たくなっちゃうな。一松くんはどうだろう。こんなの興味あるかな…
他にも色んなクリスマスイベント情報を見たけど、一松くんが本当に喜んでくれるようなところかどうかを考えるとどこも自信がない。
一松くんのことだからたぶん、どこでもいいよって言ってくれると思うけど…
やっぱり一松くんは人の少ない場所で猫たちと過ごせるのが一番楽しいんじゃないのかな。猫カフェでクリスマスイベントやってるところもあるし、そこなんかはどうかな。
でもそうなるといつものデートとそんなに変わらない気が…

なんて考えながら、バイトの休憩時間が終わったのでお店に戻った。
うちのお店もクリスマス一色。ガラスケースの中には可愛いクリスマスのケーキが並ぶ。
サンタやトナカイの置物もあるからか、いつもある普通のケーキもちょっと違って見える。特別な感じ。

…本音を言うと、せっかくのクリスマスだからちょっと違うことしたいなって気持ちがあった。
猫たちと遊ぶのはもちろん大好き。
だけど、クリスマスだからもっと特別な…
なんていうのは私のわがままかな。
最近よくテレビで紹介されてるような、高級ホテルのディナーだとか、どこそこのブランドのクリスマス限定商品だとか、そういう特別じゃないんだ。ただちょっとクリスマス気分に浸れれば。…二人きりで。
思わず顔が熱くなってきてしまって手であおいだ。何もしてないのに心臓の音が早くなっていく。
べ、別に変なことじゃないよね…!?
だって私一松くんと付き合ってて、一応恋人だから…!ちょっとクリスマスの恋人らしいことしてみたいなって、それだけだから!
ああでも、クリスマスの恋人らしいって何だろう…!?自分で言っててよく分かんなくなってきたよ…!
他のカップルの人たちはどうするのかな、クリスマス。
あ…そういえば社会人の彼氏がいる子が、クリスマスもイブも彼に仕事が入って会えなくなったなんて言ってたっけ。
クリスマスに会えるだけでもぜいたく、だよね。だってもし一松くんが普通に働いてたらこんなに会えなかったかもしれないもん。
クリスマスに会えるだけで幸せだよね。うん。
当日までにも多分何回か会えるだろうから、その時に一松くんにクリスマス何したいか聞こうっと。
そうそう、こっそり買っておいたプレゼントも渡すんだ。喜んでくれるといいな。
そう自分の中で結論付けて、バイトの方に頭を切り替えた。



それから数日経った。
私は暗い気持ちでバイトから一人帰っていた。
ただいま、とアパートの部屋に入る。一人暮らしなので当然返事はないけれど、今日はそんな些細なことでもまた気分が下がる。
鞄を床に力なく落としてベッドに寝転んだ。ため息の音だけがする。
最近、一松くんの様子が少し変わった。
イブに別の予定ができたと連絡をもらってから、何かと理由を付けて会うのを断られ続けている。
今まではすぐ返事をしてくれてたような時間帯でも、数時間遅れで返ってくるようになった。小さな変化。
すぐ返事をくれなきゃ嫌だってことじゃない。問題は、それとなく探ってみても本当の理由を話してくれてない気がすること。
私の思い過ごしかもしれない。イブに会えなくなったのが自分で思ってたよりショックだった、っていうのはあるし、その気分に引っ張られて何でも悲観的に捉えちゃってるだけかも。
けれどもう一つ、私の胸をざわめかせている出来事があった。
それはあの電話をもらった日、街で女の子と一緒に歩く一松くんを見たこと。
トト子ちゃんじゃない、私の知らない女の子。二人は普通に会話していて何となく仲もよさそうに見えた。
後で電話をもらった時に誰だったのか聞こうと思ったけど、こんなことにいちいち目くじらを立てるような子だと思われたくなくて飲み込んでしまった。
彼女以外の女の子と話すなんて普通にあることだし、一松くんが誰と話そうが私が全部知ってなきゃいけないなんてことないし…
でも、その日から一松くんは今までとちょっと違う感じになった。
一松くんを疑ってるみたいでこんなの嫌だけど、もしかして。
嫌な考えを振り払うように頭を振った。
そんなことない。一松くんはそんなことしない。
考えすぎてるだけだよね?会えないから、寂しくなって変なふうに考えちゃってるだけ。大丈夫。大丈夫…
けれど、一度植え付けられた不安の種はどうしても消えてくれない。
知らず知らずのうちに手を握りしめてしまっていたらしく、手のひらに短い爪が食い込む。
一松くんに直接聞けばいいのに、浮気を疑ってるって思われるのが嫌でそれもできない。
浮気を疑うなんて、一松くんのこと信じてなかったんだ、私。そんな自分が最低の人間に思えてどんどん気が滅入っていく。
目を閉じて悪い想像を薄れさせようとした時、鞄の中のスマホが震えている音がした。
電話…もしかして一松くんから?
ぱっと起き上がってスマホを取り出す。
画面には『おそ松くん』の文字。
ちょっとがっかりした自分にまた嫌気が差しながら、「もしもし」と電話に出た。

『杏里ちゃーん久しぶり〜』
「久しぶり、おそ松くん」
『あ、俺って分かった?』
「ふふ、だっておそ松くんの番号からかかってきてたから」
『そーいやそっか。いや暇すぎてつい電話しちゃっただけなんだけど』
「あはは」
『もうすぐクリスマスだねー。杏里ちゃん何すんの?』
「えっと…一松く」
『待った言わなくていいやっぱ…お兄ちゃんみじめな気持ちになっちゃう…』
「ご、ごめん…」
『謝られんのもなんかあれだな…まーいーや、また遊ぼうぜ』
「うん、もちろん…」

ふと、自分の悩みをおそ松くんに相談してみるのはどうだろうって思いついた。
おそ松くんなら私より一松くんと長く一緒にいるし、何よりお兄ちゃんだもんね。心配ないって笑い飛ばしてくれるかも。

「あのね、おそ松くん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど…」
『何?』
「…おそ松くんに相談したいことがあるの。その、できれば会って二人だけで話したいんだけど…」
『どした?一松に言えないこと?』
「う、ん…その…あ、一松くん今一緒にいたりする?」
『いや、まだ帰ってきてないけど』
「そっか。あの、一松くんには言わないでほしいの…えっと、おそ松くんにだけ、相談したくて」
『…分かった。いつでもいーよ』
「ありがとう。じゃあ明日でもいい?」
『明日は平日だよ?なのにすぐ明日って言うあたり、杏里ちゃんも俺たちニートの扱いが分かってきてるねぇ』
「う、そういうんじゃ…明日、何か予定あった?」
『いやぁあるわけないよね〜。時間は?あ、俺冬は朝起きれないから午後からでいい?』
「うん。私バイト終わるのが四時だから、それからでもいいかな」
『オッケー。そんじゃまた明日!』
「うん、ありがとう!」

おそ松くんの声を聞いたら少しほっとしたかも。よし、あんまり考えこまないで全部明日にしよう。

翌日、バイトが終わってからおそ松くんと待ち合わせていた喫茶店に向かった。
おそ松くんはいつもと変わらない顔で迎えてくれて、二人で窓際の席に向かい合わせで座る。「ここ酒ないんだー」なんて言うおそ松くんに笑いながらコーヒーを二つ注文した。

「んで?相談って?」

運ばれてきたコーヒーに口をつけたおそ松くんが聞く。ミルクを入れていた私の手は無意識にぴくりと反応する。

「…あの、ね……実は一松くんに、最近避けられてる気がして」
「えー?んなことないだろ。あいつ毎日杏里ちゃんの写真見てにやにやしてるよ」
「え?」
「あ、やべ…これ言って良かったかな…まあとにかく避けてるってことはないと思うけど」
「…そう、かな」
「んー?何かあった?」
「何か、ってほどでもないんだけど…何だか忙しそうでどうしたのかなって思って、ちょっと不安に…」

理由を付けて会ってくれないことやイブに会う予定がキャンセルになったことも話すと、おそ松くんは「そりゃ変だな」と眉を寄せた。

「忙しそう、ねぇ……言われてみりゃ確かに、あいつ最近早起きだな」

カップを置いたおそ松くんが、顎に手を当てて考えるような顔つきになる。

「昼間も姿が見えないし、帰ってくんの遅いし…」
「え…それ、って」
「普通に杏里ちゃんに会いに行ってんのかと思ってたけど、違うんだよな?」
「……うん」
「ギャンブルで何日も暇潰す奴じゃねーし、猫構うなら杏里ちゃんと一緒に行くはずだし、第一そんなに外出る奴じゃねぇしな一松って…」
「……」
「なぁるほどねー」

コーヒーを一口飲んだおそ松くんは「よし、こうしよう」とまっすぐな目で私を見た。

「俺が一松の身辺調査を行う」
「え…」
「そん代わり誰か女の子紹介してくんない?」

うって変わってふにゃりとした笑顔になったおそ松くんに、ちょっと笑ってしまった。

「…分かった。彼氏いない子に声かけてみる」
「っしゃあありがと!そうと決まればお兄ちゃんに任せときな?必ず一松の裏を暴いてみせる…!」
「う、裏はない方がいいな…」

やる気に溢れたおそ松くんと別れて家に帰る。
一松くんに黙って身辺調査なんてちょっとやましいな…けど、おそ松くんも何してるか分からないなんて、一松くんどうしたんだろう。

不安な気持ちを抱えたまま更に数日が過ぎ、明日はクリスマスイブ。
一松くんとはまだ一度も会えてはいない。
それどころか、クリスマスが近づくにつれ連絡もすっかり途絶えてしまった。
最後に送った一松くんへのメールを開く。お母さんから送られてきたみーちゃんの写真を付けたのだけど、そこから返事はない。
…本当に飽きられちゃってたらどうしよう。
反応のないスマホをちらちらと気にしていると、ちょうどバイトから帰ろうとしたところでタイミングよく電話が鳴った。
おそ松くんからだ。

「も、もしもし」
『よ、杏里ちゃん。例のあれやってきたぜ』
「ほんとにしてくれたんだ…!」
『今日の調査結果を報告しようと思うんだけど、今から会える?』
「う、うん!大丈夫…!」
『んじゃこないだの店で』

おそ松くんの口調からは、どういう結果だったか予想できない。胸をドキドキさせながら喫茶店へと向かった。
あの時と同じ窓際の席につくなり、おそ松くんは本物の探偵のようなパイプをくわえた。どこから持ってきたんだろう…

「お待たせしました、奥さん」
「う、うん…奥さん?」
「依頼の件ですが…結論から言いましょう。あなたの旦那はシロです」
「シロ…?」
「これを見てください」

私のコーヒーカップの横へ滑らせるように置かれたのはおそ松くんのスマホ。
「これが今朝家出た時、これが新しい野良猫見つけた時」と朝から一松くんをつけていたらしい証拠の写真をスライドで見せられ、一番最後に出てきたのは…

「………一松くん、バイトしてたの?」
「そぉーなんだよぉー!ほんっといつの間に!?って感じ!しかもケーキ屋って!どゆこと!?お兄ちゃん何も聞いてないし!」

いつものちょっと眠そうな目でケーキの並ぶガラスケースの側に立っている一松くんが、そこには写っていた。
わぁ、エプロン似合うなぁ…じゃ、じゃなくて。

「会えなかったのって、バイトに入ってたからだったんだ…」
「そーいうことみたい。最近ちょっと疲れてるっぽかったのもそれでだな」
「そっか…」

じゃあ、私が連絡してたりしたの迷惑じゃなかったかな。

「一回家で杏里ちゃんにメール打とうとした途中で死んだように眠ってたし」
「返事しようとしてくれてたんだ…」
「あとイブに会えなくなったんだっけ?それもバイト入ったからだと思うよー多分」
「……そっか」
「てわけで、良かったね杏里ちゃん!一松容疑者はシロ!一件落着〜」
「うん……ほんとに、よかった……」
「ん?あ、杏里ちゃん?」

一松くんがただバイトをしてただけってことに安心したのと、疑ってた自分が情けなくて涙がぽろぽろとこぼれてきた。
おそ松くんが慌ててるので急いで涙を拭く。

「だ、大丈夫?」
「う、ん…ごめん…あ、安心しただけ」
「ったく、一松の奴幸せもんだなー」

もう一度バイトしてる一松くんの写真を見る。
どうしてバイトしてるのかは分からないままだけど、こうやって真面目に働いてる一松くんを見れたの嬉しいな。

「ねえおそ松くん、この写真もらっていい?」
「いーよ。あ、でもどーやって送んのか分かんない。どうやんの?」
「えっと、メールのここの、添付ってとこに…」
「あーなるなる了解。これでよしっと」
「あ、来た。えへへ、ありがとう」
「こんなもんでよけりゃいつでも送るって。あ!一枚百円で、どう?」
「あははっ、おそ松くんてば…女の子の紹介しないよ?」
「ああっ待って待ってごめんなさい俺の可能性潰さないでぇ…!」
「ふふ、嘘だよ。あのね、春香が恋人いない子たちでクリスマス会やる予定だから、よかったらおそ松くんもどう?って」
「マジで!?行く行く行くよ〜!サンキュー杏里ちゃん!春香ちゃんも!」
「ううん。でも、あれ?トド松くんから聞いてなかった?春香、トド松くんに伝えたって言ってたけど」
「…トド松の野郎抜け駆けする気だったな…絶対ついてってやる」

もしかしてトド松くんにとっては言わない方がよかったかな…
すごい顔をしているおそ松くんを見てそんなことを思った。
コーヒーを飲み終えた私たちが喫茶店を出ると、冷たい澄んだ空気ときれいな星空が迎えてくれた。とっても清々しい気分。

「おー、晴れてんなー」
「うん、クリスマスも晴れてるといいな」
「ねえ杏里ちゃん、イブは何すんの?」
「うーん、どうしようかな…」
「なら俺とデートするってのはどう?」
「ふふふ、ト…」

トト子ちゃんは?と言う前に、おそ松くんが後ろの建物の隙間へ急に引きずりこまれた。
半分体に影を落としてわけの分からない顔をしてるおそ松くんの隣に、暗闇の中から人影が浮かび上がる。
おそ松くんを鋭い目で見ているその人の口からは、ずっと聞けていなかった懐かしい低い声がした。

「…言い訳ならてめぇの墓で聞いてやる…」
「すいません冗談です」


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