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「…いいか?」
「おう」
「そんじゃ俺から」

月が煌々と輝く夜。
その光を避けるように、穴蔵のような酒場に集まる男共。
各々の手には数字と記号の書かれたカードが数枚。
今から、俺たちの誇りと意地と酒をかけた闘いが始まる。主に酒。
俺の左隣の男が一枚のカードを場に捨てる。それを皮切りに、次々とカードが円陣の中心に重ねられていく。
俺は自分の持ち札を見た。
負ける気しねぇ。
だって俺悪魔だし。

「おい、次はお前だぞ」
「あーはいはい。ほいっと」

俺が手持ちのカードを場に投げれば、周りの男がどよめく。

「くっ…ここでそれ出すかお前」
「悪魔め…!」
「勝負は早くつけたいじゃん?酒が冷めちゃうよ〜ほらほら次早くぅ」
「チッ、切り札にするはずだったがこれでいくしかねぇ」

一枚重ねられたカード。俺はそれを鼻で笑う。
他の誰も手が出ないのを確認して、もう一枚をみんなの前に突き付けた。
とたんに顔を引きつらせうめき声を上げだす男たち。一人の男がキッと俺をにらむ。

「お前また魔力使ってねぇだろうな!?」
「してないって!悪魔の力は使わないって約束したしチビ太に誓約書も書かされたろ!お前らの前で!」
「どーだか…」
「悪魔だしな」
「はぁぁ!?俺嘘ついてないしー!大体悪魔でもいーからって賭けに誘ってきたのお前らだろ!恨むなら自分たちを恨め!」

まくし立てると奴らはしぶしぶといった感じで今のゲームを流した。一回戦の賭け金を回収して二回戦の始まりだ。
ま、何回やっても同じだけどねー。
配られたカードを手元で確認するふりをしながら、袖口にこっそり忍ばせておいたカードを周りに気付かれないように取り出す。素早く手札とすり替えて涼しい顔してみんなを見渡した。
魔力を使わない、正々堂々としたイカサマ。だってこれはやるなって言われてないもんね。
ほぼ入れ替えられた俺の手札は最強の布陣だ。
もちろんその後のゲームでも負けるわけがなく、俺はまんまと全員の有り金を巻き上げた。
死屍累々の男たちはほっておいて、合計金額を数える。紙のお金がいっぱい。俺お金大好き。

「く、クソ…悪魔め…!」
「悪魔ですー」
「おい誰だこいつ入れようって言ったの!」
「俺じゃねぇよこいつだろ!」
「はぁ!?てめぇだって今日こそ叩きのめしてやるって息巻いてたじゃねーか!」
「どうしてくれんだよ、母ちゃんに叱られる…!」
「そりゃお前の自業自得だろ!」

俺をほっといて仲間割れを始めた奴ら。酒の肴にもならねぇな。
せしめた金はまずまずの額だった。この店で一番いい酒頼んだら若干おつりが来る程度。
せっかく悪魔が頼みを聞いてやったってのに、これぐらいで終わったのをありがたく思ってほしいもんだよ。
乱闘を起こしそうな男たちを尻目にカウンターへ行く。

「おっちゃーん、いっちゃん高いやつ。ボトルで」
「お前らほんと懲りないねぇ…」

やれやれといった感じでボトルを渡してくれる店長の親父。
それを受け取ろうと手を伸ばした時、袖がカウンターの縁に引っかかった。
ばらばらとこぼれ落ちるカード。

「……」
「……」

店中の視線が俺に集まった。やべ。

「…おそ松ー!!」
「やっぱりやりやがってたか!!」
「この悪魔!!!」
「ペテン師め!!!」
「だっ、ちょっお前ら物投げんな!店長かわいそーだろ!」

ぶちギレた賭け仲間が一斉に店の中の物を投げつけてきた。中には椅子を振り上げてくる奴もいる。
椅子はやべぇだろ椅子は!いくら俺が悪魔といえども限度ってもんがあるだろ!
飛んできた椅子をかわした先でナイフが頬すれすれをかすめる。こいつらほんとバッカじゃねーの!?殺す勢いじゃん!
悪魔的な身のこなしで何とか店の外に飛び出したものの、すっかり頭に血の上った男たちはしつこく追いかけてくる。

「もーほんと何なの!?普通にイカサマしちゃだめなんて言われてないからね!?」
「普通にイカサマすんのがおかしいんだよ!!このクズ!!」
「金返せ!!」
「俺の代わりに母ちゃんに怒られろ!!」
「全部無理〜!!」

大通りから路地裏からあちこち逃げ回ったあげく、ついに時計塔の壁へ追い詰められた。
どっから調達してきたのかそれぞれ武器を持ってやがる。

「何なんだよ!悪魔が賭けに乗ってやったんだからあれぐらいの見返りは当たり前なの!お前ら悪魔見くびりすぎ!」
「てめぇはもう悪魔じゃねぇ…ただの底辺クズだ」
「ぐふっ…地味にくる精神攻撃…まああながち間違っちゃいないけど」
「今日こそ日頃の恨み晴らさせてもらうからな!」

雄叫びを上げながら突っ込んでくるので、今の今までしまっていた翼を出して一直線に上へ飛んだ。
下から痛そうな鈍い音が聞こえる。うわー痛そう。
かろうじて壁との衝突を免れた奴が喚いている。

「てめー汚えぞ!降りてこい!」
「へへっ、それで降りるバカがいるかっての」

時計塔の壁に沿って上へ上へ飛んでいけば、大きな時計盤の正面にたどり着いた。
ちょうど9を指した長針に腰かける。月がすぐ近くに見えるここじゃ、あいつらがわーわー言う声もほとんど聞こえない。
はー、何とか逃げられたのはいいけどさー…せっかくの酒を持ってくんの忘れた。最悪。差し引きゼロどころかマイナスなんだけど。
今日使った手もバレちゃったし、もう使えねーな。またチビ太に誓約書書かされんのかなー。
ま、それはそれで次の作戦考える楽しみがあっていいんだけど。バレるかバレないかのスリルも味わえるし。
悪魔たるもの、平穏なんてつまんねーよ。
しばらく月の光を浴びている間にあいつらは帰ったみたいだった。微かなざわつきでも、ないと寂しい。
俺も帰るか。金もない酒もないじゃいる意味ねーし。
長針を蹴って夜空に飛び立てば、しんと静まり返った町が下に広がる。
俺が寝床にしてるチビ太の教会は、時計塔から月の方へまっすぐ。
町の外れの森に入る手前の、頑丈そうな古めかしい石造りの教会。その最上階のベランダに降り立った。
ちょうどいいから杏里の寝顔でも見てくか。ついでに一緒に寝よ。
ベランダ伝いに杏里の部屋の窓を覗いてみると、窓の近くにあるベッドには誰もいなかった。
ありゃ、まだ起きてんのかな。
それはそれでいいや。構ってもらお。
一旦杏里の部屋に入ってから、杏里の居場所を探る。キッチンに一人でいるみたいだな。
あちこち追い回されて疲れたので、ふよふよとゆっくりキッチンに移動する。一応翼を出さなくても、このくらいの空中移動ならできる。
少し明かりのもれているキッチンのドアを少し開けて覗いてみる。
杏里は鍋に牛乳を注いでいるところだった。テーブルにはマグカップも乗っている。

「なーにしてんの」

呼びかけると、面白いぐらいに肩がびくっと跳ねてから怖々とこっちを見た。

「…あ…おそ松さんでしたか。びっくりした…」
「ごめんごめん。何作ってんの?」

言いながらドアを閉めてキッチンに入る。

「ホットミルクです。なんか、眠れなくて…」
「寝れねーの?運動不足なんじゃない?」
「そんなことはないと思うんですけど…時々あるんです、寝れなくなるの」
「ふーん」

杏里は今度はハチミツの瓶を手に取った。
杏里の側の椅子に座って、マグカップにハチミツが垂らされていくのを眺める。

「いつも寝れない時はこれ作んの?」
「はい、お母さんがよく作ってくれました」
「へー。おいしそうだな」
「おそ松さんも飲みますか?」
「うん、欲しい」

杏里が棚からもう一つマグカップを取ってきて、同じようにハチミツを垂らす。それから鍋を火にかけて、俺の隣の椅子に座った。
両腕を枕みたいにして、テーブルの上に頭を預けた杏里が「おそ松さんも寝れないんですか?」と聞く。

「まーね。あと追い回されて疲れた」
「…またイカサマしに行ったんですね」
「ちょっとその言い方は良くないなー。やるなって言われたことはやってないよ?」
「イカサマは元々やっちゃいけないことですよ」
「えー俺悪魔だし、そういうのやってなんぼでしょ」
「そうなんですか?」
「そうそう。大体誘ってきたのあっちだし…あ、鍋もういいんじゃね?」

ことこと音を立てる鍋を火から外し、杏里が牛乳をマグカップに注いだ。それから、スプーンでくるくるとかき混ぜる。
ほかほか湯気の立つ甘いホットミルクの完成。

「どうぞ」
「あんがと。あーあ、ほんとなら酒で一日を終えるはずだったのに」
「あれ、飲めなかったんですね」
「そうなんだよ〜。その前にバレちゃって」
「自業自得ですよ」
「杏里までんなこと言う…俺悪魔だよ?」
「悪魔もホットミルクで一日を終える日があってもいいと思いますよ」

杏里がマグカップに口をつける。俺も一口。
甘い。飲むはずだった酒よりもずいぶんとぬるい味だ。
でも、もう既に眠そうな顔をしている杏里を見るとまあこれでもいいかと思えてきた。
飲みきったマグカップを流しに置いた後、何となく手が伸びて、杏里の頬にかかる髪をかき上げて耳にかけてやった。
とろんとした目つきの杏里が俺を見る。

「…お休み」
「お休みなさい」

ホットミルク作ってくれたから、今夜はベッドに忍び込まないであげよう。



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