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杏里が礼拝堂で朝の日課のお祈りをしている。
今日も一日平和に過ごせますようにとかそんな感じ?
そういうのなら神じゃなくて俺に言えばいいのにと思う。だって杏里の平穏を奪ってるのは大体俺だからね。自分で言うのもなんだけど。
跪いて目を閉じている杏里の目の前にそっと降臨した。
口の中で祈りを唱え終えた杏里の目が開く。

「…きゃっ!?おそ松さん!」
「おはよー杏里」
「どいてください!神様のお顔が見えません!」
「杏里途中から俺に向かって祈ってたねー」
「あなたになんか祈ってませんっ、神様に祈りを捧げてたんです」
「熱心だねぇー。俺と神とどっちが好きなの?」
「…うーん」

あらら。冗談で聞いたのに本気で考えてくれてる。

「神様に対する好意とおそ松さんに対する好意は種類が違いますから…」
「え、杏里俺のこと好きなの?」
「嫌いではないですよ」

何のためらいもなくそう言える杏里は、ほんと純粋でお人好しだと思う。

「わーそれ色々とまずいんじゃないのかなー、仮にも教会の関係者が悪魔に対して好きってねぇ…」
「心配してくださるんですね」

くすくす笑う杏里に言葉が詰まる。こういうとこ調子狂っちゃうんだよな。
いやいや、どっちかってーと俺の方が優位に立ちたいの。

「ふーん、杏里ちゃんは俺のこと好きなんだ〜。じゃあこういうことして怒るのは照れ隠しだったんだねー」

尻尾を杏里の腰に巻き付けようとしたらさっと避けられた。

「違います!そういう好きではありません!」
「ええー好きって言ってくれたじゃーん」
「だから違うんです!何ならもう嫌いになりかけてます」
「ひどいよぉ、俺は杏里のこと好きなのになぁ…」

しょんぼりして泣き真似をする。
いつものようにきゃんきゃん反論が返ってくるかと思ったのに、杏里の顔はみるみる真っ赤になっていった。
お?何だこの反応。

「なっ、なっ……か、からかわないでください…!」

いつものような勢いはなく、どことなく恥ずかしそうにしている。
ははーん、杏里ちゃんてばこういうこと言われ慣れてないんだ。
なるほどね〜。新しいいじり方見ーつけたー。

「からかってないよ。本当に杏里のこと好きだよ」

人を堕落に追いやる時のような優しい声を出して、ゆっくり杏里に近付く。
杏里はどうしていいか分からないようで、顔を火照らせたまままごついている。面白ぇ。
今なら杏里の胸触っても許されんじゃね?
杏里を見つめたまま、尻尾をそっとおへそ辺りから上に伸ばそうとすると、急に杏里がきっと俺を睨んだ。

「お?」

あ、ちょっとやばいかも。

「そっ、その手には乗りませんからね!」
「ぎゃーっ!」

コップの水かけてきたよこの子!
あっこれ聖杯って言うんじゃねぇの!?
俺がひるんだ隙に、あとちょっとで触れた胸が遠ざかる。杏里はバタバタと礼拝堂を出ていってしまった。
ちぇー。籠絡フェロモンが足りなかったか。
でもいいからかい方を見つけた。やっぱ杏里処女だな。
尻尾で一撫ですれば服はあっという間に乾く。
俺ぐらいになると聖杯の水をかけられたぐらいじゃ何ともない。れいげんあらかた?な水だとは思うけど。一応この教会ちゃんとしてるしな。
杏里が既に掃除をしたらしい礼拝堂は、日の光を反射してそこら中がなんか神々しい感じ。
日だまりを作っている長椅子に寝転がれば、あいつらが信仰してる神の世界を描いた高い天井が余計に遠く見える。それに向かってあくびを一つ。
考えてみりゃ悪魔が教会に棲みついてるってのは変な話だ。
ここの神はめちゃくちゃ寛容らしい。俺も俺だけど。
まあ寛容じゃなきゃ近くの泉に別の神なんかいさせたりしねーよな。てかあいつほんとの神じゃないからどっちにしろいいのか?どうでもいいか。
にしても杏里が出てっちゃったからあっという間に暇になった。もう無理。謝ってまた構ってもらお。
そーいや聖杯に水入れ直さなくていいのか?ついでに持ってってやるか。
杏里の出てったドアを通り抜けて廊下をふわふわ漂っていると、向こうの曲がり角の先からパタパタと小さい音が近付いてきた。
チビ太のにしちゃ軽いしがさつじゃないし多分杏里だな。聖杯のこと思い出したかな?
いいこと思いついた。待ち伏せして脅かしてやろ。
自分の口の端がにやりと上がるのが分かる。
そっと曲がり角に近付いて、向こうから見えないように壁に体をくっつけた。
足音はどんどん近くなる。舌なめずりして獲物を待つことのなんて楽しいったら。
そして杏里が角を曲がったのと同時に手を伸ばしてぎゅっと捕まえてやった。

「きゃ…っ!?」
「はは、捕まえたー。走ると危ないよ〜?」

俺の胸に思いっきり飛び込んできた杏里の腰を引き寄せて、ちょっとやそっとじゃ逃げられないようにする。
やっぱ人間の女の子はいいなー。軽いし柔らかいし………

「……っ」

ゆっくり顔を上げた杏里を見てぎくりと体が強ばる。
杏里泣いてんだけど。
えー何で!?俺そんなに嫌がられてた!?
ちょっと待ってマジでショックなんだけど!いくら悪魔って言ってもさぁ…!

「……おそまつさん…?」
「ご、ごめん…まさかそんなに…泣くほど…?」
「……っう…」
「わ!わ、マジでごめんって泣かないで!もうしないから!」
「…い、いきてる……」
「…へ?」

ぽろぽろ涙をこぼす杏里はいつもみたいに俺を払いのけようとはせずに、むしろ服をがっちり掴んで離してくれない。
何だこれ。ちょっと意味分かんない。焦ってきた。悪魔焦らすってすげーよ杏里。だから泣き止んでくれ。

「えー…杏里〜?だいじょぶ?どした?」
「わ、私、せいはいの水かけたから…おそ松さん消えちゃったかもって……っ」
「………あー、そゆこと?」

なるほど。感情のままに水ぶっかけたはいいものの、聖杯だったことに気付いて慌てて戻ってきたってわけ。
俺にすがって泣いてる杏里を見てると何とも言えない気持ちになってくる。
こーいうの苦手。いつもみたく杏里が怒って俺がへらへらしながらごめんごめんって謝って、それで終わるようなやり取りがしたいのに。

「…杏里ー、俺聖水なんかじゃ死なないよ?杏里が思ってるより俺めっちゃ強い悪魔だから」
「…っ、ふ…し、心配しました……」
「うんうん、俺服濡れただけだから全然へーき。だから泣かないで?杏里が泣いてるとさぁ、なんか心臓痛い気がする」
「悪魔も、心臓あるんですか」
「あんのかな?知んないけど」
「…てきとう」

涙をぬぐった杏里が笑ってくれた。
あーよかった、ほんとに焦った。
杏里の頬を流れる水を指ですくってみたら案外温かった。きょとんとした顔をする杏里に笑う。

「な、何で笑うんですか」
「面白い顔してんなーと思って」

杏里はまばたきを一つした後、ぷくぷくとふくれた。
そうそう、俺が見たいのはこういうの。

「心配して損しました!」
「ご苦労様〜」
「っあ、ちょっと、いい加減離してください!」
「そっちから飛び込んできたんだよ?あとぶつかったのに俺謝られてなーい」
「それは、ごめんなさい…」
「お詫びにパンツ見せてよ」
「調子に乗らないでください!」

パン、と俺の頬が叩かれると同時に杏里が腕の中からするりと抜けていってしまう。

「いてて…」

ひりひりする。今なら水かけられても冷えてちょうどいいかも。
それに泣かれるよりはマシだな。
遠ざかる杏里の背中を見ながら、頬の負傷を盾に何をしてやろうか考えた。



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