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猫神社は人より猫の方が多かった。
石段に座った杏里ちゃんが猫に囲まれて幸せそうにしている。すげー絵になってる。
その側で立ってる俺の周りにも猫が集まっている。
神社の由来を見たりおみくじを引いたりと神社内を移動している間も、
明らかに俺に大量の猫がついてきていて、さらに観光で来たっぽい修学旅行生も俺を見ながら「リアル猫神様だ」とか言いながら群がってきた。
なんか写真撮られてる。やめてください。注目しないでください。

「一松くん、移動する…?」
「え?いやいいよ…杏里ちゃん猫構ってなよ」
「私はもう充分構ったよ。それより一松くん落ち着けてないんじゃない?」
「……正直」
「じゃあご飯食べに行こうよ。そのあとで他のとこも回ってみよう」

杏里ちゃんの提案に反対する理由はない。神社を出ることにした。
また猫達がみゃーみゃー鳴きながらついてこようとしたので「お前らここにいろ」と言ったらやめてくれた。最初からこうすりゃ良かった。修学旅行生写真を撮るな。
鳥居をくぐり抜けて土産物屋が並んでいる通りに入った。

「ふふっ、一松くんの人気すごかったね」
「人生で一番注目された…」
「モテ期なのかもよ」
「あんな居心地の悪いモテ期とかいらない…」
「あははは」

猫が塀の上に寝そべっているのを見ながら適当に店に入った。普通の食堂だけど、窓から海が見えるからなかなかいい場所だと思う。
そして今俺の正面にはプリンを食べてる杏里ちゃん。海を見るふりをして窓ガラスに映っている杏里ちゃんを凝視している。

「一松くん、何か面白いものでもあった?」

ガラスの中の杏里ちゃんが俺を見た。

「えっ…べ別に」
「すごく楽しそうに海見てたよ」
「……杏里ちゃんも楽しそうにプリン食べてたよね」
「え、そんな楽しそうだった?」
「うん」
「ええ…恥ずかしいな…」

杏里ちゃんがスプーンを持ったままの手で口元を隠した。
はーーーーー可愛い。やっぱ直視しよう。いや無理。どうしたらいいんだよ。

「ていうかごめんね、私食べるの遅いね」
「いいよ。ゆっくり食べてて」

俺窓ガラスを介して見てるし。
杏里ちゃんがプリンを食べ始めたので見つめる作業に戻った。
もっとゆっくり時間が流れてほしい。もう昼時とか早すぎる。
猫島って何となく時間の進みが遅い気がするけど、それでも追いつかない。今日は一日中一緒にいる予定だけど全然足りる気がしない。
リア充ってこういう時どうしてんの?あーすいませんリア充って既に付き合ってたりしてるんですよねクソが燃えろ…どうやったら杏里ちゃんを彼女にできるのか教えてから燃えろ。

「ごちそうさま!一松くんお待たせ」
「ううん」
「これからどこ行こっか」

杏里ちゃんがパンフレットをテーブルの上に広げた。

「船着き場が猫多いっぽいけど」
「一松くんと一緒なら、きっとどこ行っても猫に囲まれると思うな」
「まあね。猫たらしのプロだから」
「プロと一緒ならこの先も安心だね」

この先って?人生の?任せてよ暗い未来しか待ってねぇ。
胸張ってついてこいなんて言えない。何で俺は俺なんかに生まれたんだろう。
店の看板猫らしい三毛が足元に擦り寄ってくる。慰めてくれてんの?お前もエスパーなのかよ。

「あっ三毛ちゃんだー」

杏里ちゃんが気付いたぞ。抱き上げて渡してあげた。おしゃれな服が猫の毛まみれになるのにためらいなく抱けるとこ好きだよ。

「あ、さっきの…」
「猫神様だ」

さっきの修学旅行生達が食堂に入ってきたらしい。入り口に背向けてるから分かんねぇけど、多分こっちを見ている。

「一松くん有名人になっちゃったね」
「勘弁して…」

ひそひそと話していたら、修学旅行生が近くの席に座ってきた。

「あのー、さっきすごい猫に懐かれてましたよね?」

話しかけてきたし。

「あー…まあ」
「何かコツとかあるんですか?」
「え…えっと…」

ねぇよ。

「元々猫に好かれやすい体質なんだよ。ね、一松くん」

杏里ちゃんが助け船を出してくれた。

「あー、そんな感じ」
「へえー!」
「いいなー」
「ねー。お二人はカップルなんですか?」

あーそう来ますか。そういう話題の繋げ方しますか。自然にそういう話ができるってさぞかしお前らリア充なんでしょうね。

「まあ、そんな感じかな」

!!!!
え!?杏里ちゃん!?!?

「みんなは修学旅行か何か?」
「そうなんです。私たちも猫好きで、ここ絶対来ようねって話してて」
「デートで猫島っていいですよね!」
「ねー!」
「あはは…あ、この子抱く?」
「わ、ありがとうございます!」

杏里ちゃん何でもないように話続けてるけど。何それ?何でそんなさらっと言えんの?
え?杏里ちゃんってさ…え?俺のこ…え?
いや、いやいや…適当に流しただけだろ…だよなそれ以外ない。
三毛を修学旅行生に渡した杏里ちゃんが「そろそろ出ようか?」と聞いてきた。無言で頷く。

「それじゃ、私たちもう行くね」
「はーい」
「ありがとうございました!」

修学旅行生に行ってらっしゃいと見送られて食堂を出た。適当に歩き出す。

「あの、一松くん、さっきはごめんね。勝手にカップルとか言って…適当に話合わせただけだから」

………
知ってました。
知ってました。

「いや、いいよ」
「…うん」
「…」
「…」

あー変な感じになった。どうしてくれんだ修学旅行生。

「ね、次どこ行こうか。あんまり人のいないとこ行く?」

杏里ちゃんに気遣わせてるし。

「…うん」
「えーとね、さっきパンフレットで見たんだけど、海が見える公園があるらしいよ!猫もよくお昼寝してるんだって。そこ行ってみない?」
「行く」
「えっと…こっちの道から行けるみたい」

杏里ちゃんの後について行くだけの男と化した。さっきので動揺しすぎて何も言えねぇとか童貞コミュ障にもほどがある。
でも杏里ちゃんが普通に話しかけてきてくれたから徐々に平静を取り戻した。
地元の人間しか通らないだろう道を抜けたところにその公園はあった。神社ほどじゃないけど何匹か猫がくつろいでいる。
公園の端に、海を一望できるベンチがあったから二人で座った。
静かだ。俺達以外誰もいねぇ。緊張してきた。

「一松くんすごく行儀のいい座り方だね」

杏里ちゃんがくすくす笑う声が隣から聞こえる。見れない。意識しすぎ。引くわ自分で。
足元に黒猫が寄って来た。ナイスだぞお前もエスパーか?とりあえず膝の上に乗せた。

「わーよしよし」

こいつのおかげで杏里ちゃんとの距離がまた近くなった。わーって可愛すぎ。俺も撫でられたいわクソ…やっぱ猫転換してぇな。

「いいとこだね。ほんと猫天国だよ」
「そうだね」
「私猫になったらここに住みたいなぁ」
「俺も…」
「一松くんはきっとこの猫島のボスになるね」
「余裕だね。全猫従える」
「一松くんならほんとにできそうだなぁ」

猫を構うのをやめた杏里ちゃんが海の方を向いた。

「はー…ここでずっとのんびりしてたいな」
「そうだね」
「…帰りたくないなぁ」
「……」

フラグ?
これフラグじゃない?
え?
帰らせないでいいってこと?
ていうか今、海、公園、二人、だけ。
この状況自体すっっげぇぇフラグじゃん…!!
え、何これどうしよう。どうしよう。たす…助けて…
救いを求めて黒猫を見たら既に寝てた。よくこんな状況で寝れるなお前。いや寝れるか。俺だけだこんなに緊張で爆発しそうになってんの。脱ぐとかやめろよ…今はやめろ…
ものすごくでかい労力を使って横目で杏里ちゃんを盗み見た。
杏里ちゃんはまっすぐ前を向いて海を見たままだった。横顔ですら可愛い。
何考えてんだろ、今。俺が色々考えてることなんて全然知らないで。

…言う?
だってこんな雰囲気になることそうそうないだろ。
だけど心臓が痛すぎて今すぐにでも死にそうだ。
いやいやたかがたった二文字伝えるだけだろ……す……す………嘘だろさっき言えたじゃねーか脳内で
いいやとりあえず何か喋ろう喋ってたら流れで言えるかもしんねぇしこの沈黙の時間をとりあえずぶっ壊そう。

「「あの…」」

被った。杏里ちゃんと。
杏里ちゃんがびっくりしてこっち見てる。

「あ…ごめん、何?一松くん」
「え、あ…いや…別に何も…」
「いいよ、一松くんから言って?」
「べべ別に大したことじゃないし杏里ちゃん言えば…」
「あ……私もそんなに大したことじゃないから…」
「………」
「………」

再び沈黙。
もうだめだ。心折れた。
決して杏里ちゃんのせいではないけどもう一度挑戦する勇気はない。
もういいや今日はもう。杏里ちゃんと二人で車乗って猫島来たってだけで充分。クズニートにしちゃ上出来の一日。これ以上を望んだら罰が当たる。

「………あ、あのね、帰りにお土産とか見ていいかな?」
「うん、全然いいよ」
「ありがとう。猫のお守りがあったからあれにしようかなぁ」
「杏里ちゃんお守り欲しいんだ」
「うん、猫の形してたでしょ?可愛かったから」
「…ん、可愛かった」
「ね」

海を眺めながらしばらく喋ってさっきの猫神社に戻った。
杏里ちゃんが買ったお守りをこっそり見た。
恋愛成就。



帰りの車の中、助手席の杏里ちゃんがいつの間にか寝ていた。
杏里ちゃんのアパートの近くに車を止めて、ハンドルにもたれて寝顔を見る。
別に寝顔が見たいとかじゃなく起こすのがかわいそうだからだし。だから起きるまで待つね俺は。時間ならありますからねクソニートなんで。
杏里ちゃんの寝顔が見れるのは三度目だ。見飽きねぇ。
俺の隣で無防備に寝れるってすごいよな。そういう子だから俺は………

杏里ちゃんの鞄から半分見えてるスマホには猫のお守りが付いている。今日買ってすぐに付けてたやつ。
恋愛成就って既に恋してる人が買うもんじゃねぇの。

あーこのまま目覚めないでほしい。もうずっとこのままいたい。杏里ちゃんの本心なんて知りたくない。嘘すげー知りたい。
でもなるべく俺を傷つけないものにしてほしい。ああマジでめんどくせぇ。
何でこういうのって自分でやめれねぇんだろ。
杏里ちゃんが寝てる今なら許される気がして恐る恐る手に触れてみた。杏里ちゃんの右手と俺の左手が一瞬重なって離れた。
あーだめだ。全然やめられそうにない。
もしその時が来たら跡形もなくなるぐらい木っ端微塵にして殺して欲しい。そうじゃないと一生引きずりそうだ。



「ん………ん…?」
「あ、起きた?」
「…あれ…え、寝てた…?」
「うん」
「わ…あー…!ごめんね!私…うわぁいつから寝てたんだろ…」
「別にいいけど」
「ほんとごめん…あ、いつの間にか家着いてるし…!」
「今着いたとこだから」
「ほんとに?ごめんずっと運転任せてて…」
「いいよ。ニートはこれぐらい労働しないとね」
「うぅ…あ!そうだこれ、今日こっそり買ったんだ。一松くんにあげる」
「……お守り?」
「うん!厄除けの黒猫だよ。今日会った子と似てたから」
「ありがとう…」
「ううん、私こそ誘ってくれてありがとう。良かったらまた一緒に行こうね」
「…うん」

また捨てられない物が増えてしまった。墓まで持っていく。


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