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「松野さん!こんにちは、お久しぶりです!」
「あ…どうも」

あれから松野さんと何度かメールをやり取りして、ようやく会える日を作れた。大学の講義がない、水曜日の平日。
お礼だからなんて無理に誘ってしまって嫌じゃなかったかな…と思ったけど、松野さん曰く「遠慮してただけ」だそうで。
むしろ私の方が楽しみにしていたぐらいで、待ち合わせ場所にも十分ほど早く着いてしまった。けど、もう松野さんは来ていて何となく嬉しくなった。
初めて会った時と同じ、紫色のパーカーを着てマスクをしている。これお気に入りなのかな?

「すみません、待ちました?」

松野さんの目の前に立つと、ふいっと目をそらされた。

「いえ…早く着いただけなんで」
「私も楽しみで早く着いてしまいました。えへへ」

笑うと、松野さんはちらりとこっちを見た。
あ…変な子だと思われたかも。でも、楽しみって思うのは間違ってないよね?

「…俺も…」
「え?」
「……会えて、良かった、です」

ちょっと感動した。松野さんも楽しみにしてくれてたのかな。だったら嬉しいな…!

「えへ、ありがとうございます。今日はですね、松野さんを連れて行きたいところがありまして」

言いながら、鞄から一枚のチラシを取り出す。
松野さんとメールをしていて分かったのは、やっぱり猫が相当好きな人だということ。
飼ってはいないけど、定期的に野良猫の見回りに行っていて、たくさんの猫に懐かれているみたい。
そんな松野さんと行きたかったのが、

「じゃーん!駅前に、新しく猫カフェができたんです!今日はここに松野さんと一緒に行きたくて!」

実は私も前々から行きたかった場所ではあるんだけど、猫好きならたぶん喜んでくれるはず…!
思った通り、私の取り出した猫カフェオープンのチラシを食い入るように見つめてくれている。

「どうでしょう?」
「いいですね。すごくいい…」
「良かった!じゃあ早速行きましょう、こっちです」

松野さんと並んで歩き出す。
猫カフェに着くまでの間、松野さんと色々お話した。
野良猫がよく集まるスポットとか、松野さんに懐いていた眼鏡の猫ちゃんの話とか、みーちゃんが帰ってきて両親がどれだけ喜んだかとか…
松野さんは猫だけじゃなくて虎も手懐けてるみたい。すごいすごいと子供みたいに聞き入っていたら、松野さんが一瞬、こっちを見て少しだけ目を細めた。
マスクで口元は見えなかったけど、今の、笑ったのかな。
ちょっとだけドキッとした。

猫カフェは意外にも空いていた。
色んな猫ちゃんが思い思いに時を過ごしている。いい感じに窓から柔らかい光が差し込んでいて、まるで天国のよう…!

「ふわわ…!」
「ふわわ、って」

思わず声をあげたら、マスクを下ろした松野さんの笑ったような声がした。
はっとして見たら、もう元の表情に戻ってしまっていたけど。
でも、優しい声だった。たった一言だけの響きが、なぜか耳に残った。

「…小山さん、入んないの」
「あ、今行きます!」

何だろう。
松野さんに名前を呼ばれると、何だか嬉しい。







小山さんが俺をどこかに連れて行ってくれるらしい。

あれから頻繁にメールを送り合うぐらいの仲にはなったが、小山さんは俺を恩人だと思っているらしくやたらと俺への好感度が高い。言葉の端々にそんな感じが見てとれる。
まあ確かに今のところ自宅警備員やってますなんてことも言ってないし。
しかし俺のように何考えてるか分からない、見るからに危ない人間のどこに興味を持ったのか。
普通なら猫を返した時点で関わりを断たれそうなもんだけど。ああいや、その前に最初俺が立ちつくしてた時点で逃げてるか。
小山さんはお人好しだ。
このギスギスした世界で良心を失わず真っ直ぐ生きている。猫がいなければ、俺なんかとは一生関わることなんてなかっただろう。

そんな小山さんが俺をどこかに連れていってくれるらしい。

ただのお礼。分かりきってる。
小山さんもそのつもりでしかない。他の意味なんかない。

「一松兄さん僕の雑誌知らない?表紙に『モテテク・デート編』って書いてるやつ」
「え?しし知らない」
「あ、それそれ背中に敷いてるやつだよ!一松兄さん読んでたの?」
「べべ別に」
「ふーん?あ、カラ松兄さんが一松兄さんのプリン食べてたよ」
「マジか殺しに行く」

そう、他の意味なんかない。
もしかしたら当日小山さん以外に大学の同級生とかいたりして「うわ見るからにニートじゃん」「怖っわ…この人と連絡取るとかやめなよ」なんて集中砲火を浴びるという事態ももちろん有り得る。それはそれで羞恥プレイで楽しめるかもしれないが。

当日待ち合わせ場所には二時間前に着いた。
小山さんはすぐにやって来た。待ち合わせの十分前に到着したと言っていた。自分の時間の感覚が狂っているのを感じる。
久しぶりに会った小山さんは何というか、トド松の雑誌で見た読者モデルと大して変わりなかった。むしろモデルやってんじゃないの?いい匂いするし。
小山さんはお久しぶりですとか言った後、楽しみで早く着いたとか禿げ上がるほど可愛いことをのたまった。
更に鞄の中からチラシを取り出したかと思えば「じゃーん!」と自分で効果音をハァァァァァァ!?何だ今の!?クッッソ可愛いんですけど!?無理無理直視できねーよ!!
もうちょっとで頭抱えて転げ回ってドン引きされるとこだったわボケが可愛いんだよクソがいい加減にしろ小山さんマジ可愛い
視線をチラシに移動させた刹那見えた小山さんの眩しすぎる笑顔を脳裏に焼き付ける。永久保存した。「じゃーん!」のインパクトが強すぎて正直どこに行くか全く聞いてなかった。
道すがら小山さんが俺に気を遣ってか猫の話をしてくれる。うっかり調子に乗って虎の話をしたら目をキラキラさせていた。にやけかけたが気付いて耐えた。
着いた先は猫カフェ。新しく出来た店らしい。
店に入るなり小山さんが「ほわわ…!」と感嘆の声を上げる。確かにここは天国に近い。
しかし小山さんの気の抜けたような声がツボに入って思わず笑ってしまった。
小山さんがこっちを見たので表情を取り繕う。お前に笑われたかねーよって話ですよね。知ってますよ。

しばらくたくさんの猫に囲まれて至福の時を過ごす。
猫は癒されるが、何と言っても今日は小山さんがいる。
窓際にもたれている俺の近くで、小山さんは猫じゃらしで複数の猫を手玉に取っていた。俺も手玉に取られてぇ。
気付かれていないのをいいことに猫と戯れる小山さんを見つめていたら、俺のじっとりとした視線がバレたのかこっちを見た。
慌てて視線を窓の外に向ける、と。

「…ぶっ殺す…」
「松野さん、どうしたんですか?」
「いえ何でもないですそれより小山さんちょっと待っててもらえますかすぐ戻ってきます」
「あ、はい、わかりました…」

猫カフェを出て、脱兎のごとく逃げだしたクソ兄弟共に一人残らず飛び蹴りを食らわせた。


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