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松野さんという親切な人に出会ってから、私のほうは何の成果も報告できないままでいた。
みーちゃんの写真を松野さんに送った後、松野さんから特に音沙汰はなく、他の用事で連絡していいものかどうか迷っているうちに結局一日が終わってしまう。
でも…無口そうな人ではあったけど話しかけると言葉を返してくれたし、雑談メールを送ってもちゃんと返信してくれるだろうな。そんな気がする。
知り合ったばかりの人の猫を探してあげる、なんてすごく優しい人じゃないと言えないことだよね。

「杏里、何かあった?ちょっと元気出てきたんじゃない?」

同じ外国語のクラスの友達に言われた。そんなに分かりやすいのかな。

「なになに?杏里ちゃん元気なかったの?」
「うん、飼ってた猫がいなくなっちゃって」
「見つかったの?」
「ううん、でも…」

松野さんとの出会いを話そうとした時、私のスマホが震えた。
メールだ。差出人は………

松野さん!

急いでメールに目を通す。

『見つけました。家で保護してます。』

そんな短いメッセージと、ソファーのようなところで寝ている猫の写真。
うそ…どこからどう見ても、間違いなくみーちゃんだ!
叫びだしたくなるくらいの嬉しさがわき上がる。

「杏里どうしたの?すっごい嬉しそうだけど」
「みーちゃん、見つかった!」
「ほんとに?良かったじゃん!」
「うん!」

松野さんにメールを返す。

『ありがとうございます!すぐ引き取りに行きます。
どこで待ち合わせますか?』

そう送ると、この前の公園はどうですかと返事が来た。
やり取りを続けて、今日の大学終わりに会えることになった。
ああ、良かった。みーちゃん生きてた…!ちょっと泣きそう。
松野さんに会ったらたくさんお礼言わなきゃ。
今日最後の講義を終えて、友達に見送られて急いで大学を出る。
公園に入って初めて松野さんに会ったあの場所へ向かうと、松野さんがベンチに座って猫を抱いているのが見えた。

「ま、松野さん」

小走りで来たから少し息が上がっている。
そんな私を見て、松野さんは「どうも」とぼそりと言った。

「この子で合ってる?」

松野さんが抱いている猫を見せてくれた。

「みーちゃん…!」

名前を呼ぶとすぐに頭をもたげて返事をして、私の胸に飛び込んできてくれた。
間違いない。首輪のプレートの裏にも、名前が刻印されている。
どこも怪我をしていない。元気そうな姿。

「はぁ、良かったぁ…!」
「…それじゃ、俺はこれで」
「え?あ、待ってください!」

松野さんがすぐに帰ろうとしたので慌てて呼び止めた。

「松野さん、本当に本当にありがとうございます!保護してもらって…」
「偶然見つけただけだから…」
「みーちゃん、どこにいたんですか?」
「××市の空き家だって」
「すごい、どうやって居場所が分かったんですか…!?」
「え、…その、ネットワークが、色々…」
「もしかして、猫探しのプロの方だったんですか?」
「ま、まあ、そんなところ…」
「…ありがとうございます…!」

初対面の人間のペットなのに…すごく親身になって探してくれてたんだなぁってしみじみ思う。
松野さんは「いや、別に何となく、だから」とちょっと照れてるみたいだった。

「伝えきれないぐらい感謝してます。何かお礼させてください」
「いい。そんなんじゃないし…」
「でも…」

私が何か言う前に、松野さんは「本当にいいから。じゃあ」とだけ言って素早く帰ってしまった。
お礼、まだまだ言い足りなかったんだけど…これ以上食い下がると迷惑になるかなぁ。
後ろ髪を引かれるような思いの帰り道、腕の中のみーちゃんがみゃあと鳴いた。何日も家出してたなんて思えないくらい綺麗な体。
お家でどうやって世話してくれてたのかな。ネットワークってどういうものなんだろう。どうやってみーちゃんにたどり着いたんだろう。
それに、見たとこ同い年ぐらいだったな。私と同じ大学生かな。それとももう働いてるのかな。ちょっと大人びた横顔を思い出す。
松野さんにとってはただ猫探しを手伝っただけかもしれないけど、私は松野さん自身のことが気になり始めていた。
できれば、もう少し仲良くなりたいな。仲良くなれればいいな。
そう思った私は、スマホを取り出した。







何の気まぐれを起こして見ず知らずの人の猫探しを手伝うなんて言ってしまったのか、未だに自分でもよく分からない。
ただ飼い猫がいなくなったと泣いてるその人を見て、放っとけないと思ったことは確かだ。猫がいなくなった時の辛さは俺にも分かるから。
しかし手伝うと言ってしまってからすぐに後悔した。
まるでもう猫が見つかったかのように喜ばれてしまったから。
俺一人に出来ることなんてたかが知れてる。そうでなくても人並み以下の人間なんだから、期待されるだけがっかりさせることになる。
俺がそう考えていることなんて知らないだろうその人とは流れで連絡先を交換した。
ばいばい、と笑って猫に手を振ったその人の名前は小山杏里。
あー認める。クッソ可愛い子だった。すげえやる気出た。

翌日、飼ってる虎の様子を見るため山奥の猫の集会所へ向かう。
みーちゃんという名前の猫の特徴を伝えると、集まった猫達が一斉に散らばっていった。猫のことは猫に聞くのが一番早い。
とは言え俺自身は猫探しをサボってたわけじゃない。
猫が隠れてそうな場所を調べに一日中外にいる日もあった。幸いニートなもんで時間なら腐らせるほどあるんですよねええ全く。
探し始めてから数日後、一匹の猫がみーちゃんとやらに似た奴を見つけたと教えてくれた。
××市のとある空き家付近をうろついていると猫ネットワークで伝わって来たらしい。今は事情を知った近所のボス猫が面倒を見ているとも。
たぶんその近くに小山さんの実家があるんだろうけど。本当にその猫がみーちゃんなのか、まずは確かめる必要がある。
それで、わざわざ車を飛ばしてその空き家へ向かった。なんで俺はこんなことまでしてるんだろうと思いながら。
猫達の間で話が通っていたのか、空き家に着くとどこからともなく二匹の猫が現れた。
黒いボス猫と、首輪をつけた茶色の猫。

「お前、みーちゃん?」

呼びかけると、おずおずと俺の方に歩いてきた。
白の首輪。金のプレート有り。写真通りの猫。トッティ風に言えばビンゴってやつ。
猫達に礼を言って、とりあえず家に連れて帰った。
怪我はしてなかったから風呂に入れてやった。こいつ毛並みいいな。大切にされてんだろう。
晩飯の時に猫缶の余りをあげたらがっついていた。たくさん食え。

「一松兄さん、どっから拾ってきたの?」
「そこらで」
「わはは、範囲広っ」

寝転んだ十四松が頬杖をついて足をパタパタさせながら猫を見ている。乙女かよ。

「綺麗な猫だね。野良じゃないよね?首輪ついてるし」
「たぶん」

チョロ松兄さんが鋭いことを言うのではぐらかす。
なぜ俺がこの飼い猫を拾ってきたか知れようものなら、おそ松兄さんかトド松に小山さんのことまでバレてしまって彼女から距離を置かれること必至だ。話が飛躍しすぎじゃないかって?この兄弟と二十数年も一緒に生きてりゃこれはもう定理みたいなものですから。
ありがたいことにチョロ松兄さんはそれ以上突っ込んではこなかった。
飯食って眠そうな猫をソファーに寝かせ、写真を撮り、小山さんに連絡をしようとスマホを取る。

…そこから数時間、何も出来なかった。

女子にメールなんて何年ぶりっつか嘘つきましたすいません、やったことねーよ!
何て打てばいいんだ?『こんばんは』?『こんばんは』からなのか?
つかどういう口調でいけばいい…?普通に敬語か?いや、砕けた感じで『見つけたよー!』…無理、俺のキャラじゃない。
手汗がひどくなってきた。めんどくせぇ。こういうことでいちいち悩まなきゃいけないから人付き合いってめんどくせぇんだよ。
もうやめた。明日。明日考えよう。あれだ、夜に連絡とか迷惑だろ。
スマホの電源を落として布団に潜り込んだ。

次の日、昼頃になってやっと小山さんにメールを送った。結局用件だけ箇条書きにして。
小山さんからはすぐ返事が来た。今恐らくこの間の別れ際に見せたような笑顔になってるだろうと想像して「一松兄さん薄ら笑いやめて」とトド松に言われた。
しかし小山さんは衝撃の事実を突き付けてきた。
小山さんは大学生だった。
あーそうですよねー。あんな可愛いリア充みたいな子がキャンパスライフとかいうものを謳歌してないわけないじゃないですかー。
かたやこっちは社会のゴミ。世界に何の貢献もしていない生きる屍。
何で俺こんなカースト上位の子とメールしてんだっけ?
そうそう、こいつこいつ。俺に何の不信感も持たずに腹を見せてくるみーちゃん。
小山さんとは大学帰りに会うことになった。
こいつ渡してそれで終わり。小山さんとの縁はそれっきりだろう。
あーあ、たまに首突っ込んでみればこれだよ。やっぱ世界はクズに優しくない。

みーちゃんを抱いて公園で待っていたら、予定より早く小山さんが来た。
お互いに会いたかったんだろう、小山さんとみーちゃんのセットは絵になるぐらい感動的だった。
笑顔の小山さんがまた見れたのは役得だが俺は帰りたかった。リア充女子大生の前にいつまでも立ってると場違いすぎて消えてしまいたくなる。
俺が社会のクズだと知らない小山さんはお礼をしたがっていたが、そんなつもりはなかったし劣等感で死にたくなるしでさっさと帰った。
部屋で煎餅を食いながらスマホをいじる。今日までめったに使わなかったスマホ。明日からまた、何も受信しないただの金属板になるだろう。
なのに、アドレス帳から小山さんを消すことが出来なかった。
この期に及んで何を期待してんだか。クズでニートで無気力でコミュ障なくせに、不相応なものを望んでどうする。

「ぎゃっ」

スマホがいきなり震えた。びびって床に落とした。
周りに誰もいなくて良かったマジで。絶対バカにされる。
恐る恐る拾い上げて画面を見た。

『松野さん、今日は本当にありがとうございました!
お礼はいらないって仰ってたんですけど、私の両親もすごく感謝しているので、出来ればもう一度会っていただけませんか?
私も、お礼したい気持ちももちろんあるんですけど、松野さんともっとお喋りしたいななんて思ってます。
良かったら返事下さい!』



「ただいまー…って、一松兄さん何でうずくまってんの?何その笑い方!?怖いんだけど!ねえ!?」


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