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押し入れに籠ってどのくらい経ったか、暗闇の中では時間も分からない。腕の中の猫も、時間という概念がないかのようにずっと眠りこけている。
俺だけがこうしていても全く落ち着かない。
何で今日出かけたりしたんだろう。そしたら見ずに済んだのに。でも知らなかったら知らなかったでそれはまたムカつく。めんどくさい性格してる。自覚済みなんでね。
おそ松兄さんはいつの間に杏里ちゃんと二人で出かけたりするぐらい仲良くなってたんだろう。俺の知らないとこで、二人の関係がそんなに進展してたなんて知らなかった。
でもおそ松兄さんは、一旦仲良くなったら臆せずコミュニケーションを取りに行けるタイプだ。いつまでも自分から距離を詰められない俺とは違う。俺が長い時間をかけて手に入れた気になった杏里ちゃんの隣というポジションを、おそ松兄さんなら一瞬でかっさらえるだろう。
今でも杏里ちゃんにとって俺は一番仲良い奴なんだろうか。いや、兄弟の中で一番仲が良いと思ってたのは最初から俺だけだったんじゃないの。杏里ちゃんが俺と話合わせてくれてただけで。真に受けて浮かれてた俺って。
こうやってすぐ調子に乗るからちょっとしたことで裏切られた気分になるんだってね。自分が一番良く分かってますよそんなこと。
杏里ちゃんがおそ松兄さんと仲良くなったからといって咎める点なんかどこにもない。トド松がいつか言ったように客観的に見て俺とあいつらは同じだ、杏里ちゃんにとっては。
ただ俺一人だけがこの状況に納得できてない。こりゃ普通の人間関係築けないわけだ。心からひん曲がってる。だから二人が付き合うことになったとしたって祝福なんかしてやらねぇ絶対に。
ああでも杏里ちゃんがそれで幸せなら、俺はもうどうしようもない。旅に出ようその時は。


「ただいまー…」
「おそ松お前何したんだ?」
「一松に何かしただろ?」
「え…やっぱ怒ってる?」
「やっぱってことは何かやらかしたな?」
「一松兄さん、帰ってくるなり『クソ長男…』とか言って押し入れん中閉じ籠っちゃったんだよ」
「マジで?やばいねこりゃ」
「やばいねとか言ってる場合じゃないって!あの押し入れからの闇オーラどうにかしてよ!」
「分かった分かった」


外から小声で何かの会話がしたと思ったら、誰かが襖の前に立った気配がした。

「あー…一松?あのさ、今日のはあれだよ、誤解だよ。デートとかじゃないって、ただ普通にお前がやってるみたいに杏里ちゃんと遊びに行っただけであってだな」
「よりによって杏里ちゃん関係だったか…」
「何やってんのバカ松兄さん」
「うるせぇお前ら黙ってろ!……とにかく誤解だから、俺あの後杏里ちゃんにお前のいいとこいっぱい喋ってやったよ!ブチギレた時のお前はイケボだとかブラック工場ですぐ班長になれたとかカラ松コスが意外と似合ってたとか」

壁を殴った。
外から悲鳴が聞こえる。

「何言ってんのさおそ松兄さん!煽ってどうすんの!」
「それに何カラ松コスって」
「何でもない何でもない!」
「そ…そう何でもない!何かあるわけない!」
「何でカラ松兄さんも慌ててんのさ…まあ今はどうでもいいよ、ほらおそ松兄さん、さっさと生け贄になって」
「生け贄って何だよ」
「大人しく闇に飲まれてきて」
「この混沌に身を委ねろっていうのか!?それでほんとに鎮まるんだろうな!?」
「分かんないけどほら早く」
「嫌だ…俺はまだ死にたくない!」
「元凶はお前だろ!」
「いーちまーつ兄さーん!!」

ハイテンションな大声と共に襖が急に開けられた。
眩しくて目を閉じかけたら、すぐに顔に影が落ちた。四角い何かが顔面に突き付けられている。

「一松兄さん、杏里ちゃんから電話!!」

目の前のそれを引ったくって襖を閉めた。
暗闇に戻った空間で、唯一光を放つ物。
杏里ちゃんの名前。

「…も…もしもし」
『一松くん!今日は偶然だったね』
「…うん」
『あのね、一松くんと別れてから新しい猫カフェ見つけたんだ。前行ったとこにはいない種類の子がいたんだよ!また行ってみようよ』
「………おそ松兄さんと行けば」
『え、何で?一松くんと行きたかったんだけど…おそ松くん興味ないって言ってたし』
「…」
『…一松くん、怒ってる…?』
「………別に…」
『…あのね、これ言っていいのか分かんないんだけど、おそ松くん…』

唾を飲み込んだ喉が鳴る。
直接死刑宣告を受けるのか。
いいよ。杏里ちゃんが選んだなら、何だって…

『一松くんに仕返ししたかっただけなんだって』
「……え……何の」
『この間、一松くんが五百円あげておそ松くんがじゃんけん負けちゃったでしょ?あれが悔しかったんだって。でもね、おそ松くん今日すっごい反省してたから、あんまり怒らないであげてほしいな…なんて…』
「…………」

あの人が奇跡の小学生メンタルということを忘れていた。張本人の俺ですら忘れていたことを、今さら。

「……別に、怒ってたわけじゃ…」
『そうなの?あの時もうちょっと一松くんと喋りたかったんだけど、すぐに帰っちゃったから』
「…そうなんだ」
『うん。一松くんはあの時何してたの?』
「ただの散歩」
『ふふ、ただの散歩で会っちゃうとかすごいよね』
「そうだね」
『あ、今日ね、おそ松くんに一松くんの話聞いたんだよ。おそ松くんって弟思いの人だよね』
「……杏里ちゃんは…」
『ん?』
「おそ松、兄さんの、こと…す…好き、なの」
『え?友達としては好きだけど、恋ってこと?それとは違うかなぁ』
「ですよね知ってました」
『おそ松くんって女の子と二人だけで出かけるの初めてなんだってね。ふふ、最初会った時緊張してたよ』
「…俺も緊張したよ」
『え、そうなの?気付かなかったな。でも…レンタル彼女とデートしたことはあるんだよね』
「っゲホッゲホッ」
『だ、大丈夫?』
「嫌な記憶がよみがえってきた…」
『ああ、ひどい目に遭ったっておそ松くんもげんなりしてた。ふふふ』
「笑い事じゃない」
『またそういう話も聞かせて?一松くんって絶対私より面白い体験してると思うから』
「…うん、俺の話で、いいなら」
『うん、約束ね!あ、猫カフェ行く?また予定空いてる日教えて』
「それニートへの皮肉?」
『あっ、ち、違う…ふふふ、そうだったニートだったね一松くん』
「あ?笑ってんじゃねぇぞ」
『ふふふふ、じゃあね』
「うん、じゃまた」

電話を切った。
音を立てないように深呼吸してから、思い切り襖を開いた。
案の定なだれ込んでくる男五人。

「い、一松兄さん…」
「…」
「よ、良かったなー杏里ちゃんと話せて…」

もうこの赤ツナギに用はない。
押し入れから出た。猫缶でも買い足しに行こう。

「か、完全無視…!」
「あーあ…まだ許されてないんじゃないの」
「えーっ俺もうこれ以上謝ることねーよ……あ、一松が猫耳の女の子好きだって言っ」

飛び蹴りをしたら窓を突き破っていった。
墓は建てない。のたれ死ね。

「あ、おそ松兄さん星になったね!」
「フッ、いい奴だったよ…いやいい奴じゃなかったな」
「何だろうねあのクズ」
「ほんとバカだな」

杏里ちゃんにどうやって言い訳しよう。
猫耳好きだから猫が好きというアブノーマルな性癖の持ち主だと思われていたら死ぬ。その時はあのクズも道連れだ。猫が好きだから猫耳にも興奮するのであって…
いや猫耳に興奮するって何だよ。違う。たまたまいいと思った子が猫耳を付けてただけだし杏里ちゃん程じゃないし…あのクズどこまで話しやがった…?
さっきの電話では普通に接してくれていたけど、今度会ったらさりげなく聞き出そう。



杏里ちゃんが見つけてきた猫カフェはカップル特典とかいうのがあるらしく、今月中はずっと使えるチケットをもらった。
「やった!また来れるね!」ってそれ店の人に俺ら猫好きカップルだと思われるってことだよ分かってんの?俺は全然構わないですけど。黙ってチケットを受け取った。
この猫カフェも新しく出来た店らしく中は小綺麗だった。猫カフェブームなんだろうか。良いことだ。
雰囲気に馴染んだところで、初めて会う猫にもすっかり懐かれるようになった杏里ちゃんに猫耳の件について努めてさりげなく尋ねてみた。

「あ、あ、あの…杏里ちゃん」
「ん?なあに」
「あ、こ…こないだ、おそ松兄さんと遊びに行った……」
「うん、行ったね」
「その……俺の、話、してたって」
「したよー。面白い話いっぱい聞いた」
「…な……何か…変な話してたり、しなかった…?」
「変な話?してたかなぁ」
「猫が…どう、とか」
「猫?うーん……あ、猫耳の子が好きって聞いたけど、そうなんだ?」

あいつを殺して速やかに死のう。

「ご、ご、ご、誤解ですし」
「そうなの?橋本にゃーちゃんとかが好きなのかな、って思ったんだけど。チョロ松くんも好きなんだよね、にゃーちゃん」
「あーそうそうそういう感じまあチョロ松兄さん程じゃないけどね?あんなに入れあげてないし猫キャラだから何となく見てたってだけだし」
「ふふっ、そうなんだ。チョロ松くんってほんとにアイドル好きだよね!前アイドル体験した時も、素人の私の写真撮らせて、って言ってたし」
「もうあの変態には近付かない方がいいよ」

ギリセーフだよこの野郎が!!!!!!!
杏里ちゃんマジ純粋で助かった。守りたいこのビューティフルイノセンス。
心置きなく猫カフェを堪能した後、杏里ちゃんがサプライズがあると言い出した。

「あのね、そのためには一松くんの親友に会いたいんだけど…」
「じゃあうち来る?」
「いいかな?えへ、お邪魔します」

何だかわくわくした感じの杏里ちゃんと家に帰ってきた。もういっそのことここに住んでもらいたい。
親友を連れてきて部屋に案内すると、「しばらく二人にしてほしい」と言ってきた。何をする気なのか分からないけど杏里ちゃんが楽しそうなので一旦部屋を出る。
何だろうか。親友にプレゼントでもくれるつもりなんだろうか。それを俺に見せて喜ばせたいとか。有り得る。
にやにやを押し殺しながら待っていると、トド松が階段を上ってきた。

「何してんの一松兄さん」
「別に」
「ふーん」

トド松がそのまま部屋に入ろうとしたので止める。

「え、何」
「入らないで」
「何でさ」
「杏里ちゃんが」
「何着替えでもしてんの?お邪魔しま〜す」
「ボケ殺すぞ」
「冗談だって…漫画取りに来ただけだよ」
「杏里ちゃんがサプライズしてくれるって」
「でもそれ一松兄さんに、ってことじゃないの?」
「…多分」
「だったら僕関係ないよ、何見ても黙っといてあげるからさ」

俺を押し退けたトド松は「杏里ちゃん入るよ〜」と言いながら襖を開けた。
そのまま固まった。
何か有り得ないものでも見たような顔。

「ちょ……い、一松兄さん……」

つべこべ言わず見ろ、と言わんばかりのトド松の目に負けてちらりと中を覗いた。


俺の親友を前にして、猫耳と尻尾の生えた杏里ちゃんがいた。


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