この間、少しだけアイドル体験をさせてもらった。
私は写真を撮っただけなんだけど、かなり貴重な体験をさせてもらえたと思う。
撮った写真は一松くんが全部買ってくれたみたい。
全種類を一枚ずつ買うなら分かるけど、同じ写真をいっぱい買ってどうするんだろう…?
不思議に思って聞いたら、トト子ちゃんのアイドル活動支援のため、だって。
そっか、そりゃそうだよね。
一松くんたちはトト子ちゃんを応援してるんだから。
それなのに、チョロ松くんみたいに私のこと可愛いって思って買ってくれたなら良かったのにな、なんて。
なんか嫌な子だな、私。
一松くんのことを好きになってから、こういう風に自分を嫌いになる瞬間が増えた気がする。
どうしたらもっと一松くんに近付けるかな。
あれからトト子ちゃんとも友達になれたから、トト子ちゃんを観察してみようかな。
好きになってもらえるヒントが見つかるかもしれない。
今日は学校終わりに一松くんと遊ぶ約束をしている。
猫に会うためって理由がなくても、一松くんと普通に遊びに行けるようになったのが嬉しい。
隣にいられれば、どこに行くのでもいいんだけど。
しかも今日は大学まで一松くんが来てくれるから、講義が終わるまでずっとそわそわし通しだった。
講義終了のベルが鳴って、すぐに帰る用意をした。
「杏里今日急いでるね。何かあるの?」
「ふふ。うん、ちょっとねー」
「今日みんなでカラオケ行こうって言ってたんだけど、杏里ちゃん来ないの?」
「うん。用事あるから」
「んじゃさ、駅まで一緒に行こうよ」
「あ、ごめん。私今日は駅まで行かないんだ。人と待ち合わせてて」
「もしかして、こないだ合コンに来てた一松くん!?」
「う、うん…え、何で分かったの?」
「何となくー。前すごいいい感じだったじゃん!あれから何かないの?」
「何小山さん彼氏?」
「え、ちょっと待ってよ友達なんじゃないの?杏里ちゃん」
「友達だよ!何もないって」
残念ながら…
「そんなこと言っちゃって!今日だって二人で遊びに行くんでしょ?」
「うん、まあ…」
「あ、ならさ、その一松くんって人も一緒に」
「往生際悪いよお前…それより小山さん行かなくていいの?待ってんじゃないのその人」
「あっそうだった!それじゃあね、また明日!」
急ぎ足で教室を出た。
教室棟から出て校門へ向かう。
あれ?空曇ってきてる。
天気予報では晴れのはずだったんだけどな。
雨に降られたら困るな…傘持ってきてないし。
そんなことを思いながら学校を出ると、コンビニの裏手で猫を撫でてる一松くんを見つけた。
どこでも猫に好かれるんだなぁなんて和んでたら、多分同じ大学の女の子二人が「猫可愛いー!」って一松くんに近付いて行った。
…何か、楽しそうに話してる。一緒になって猫撫でてるし…
近付きにくくて、話しかけずにコンビニの中に入ってしまった。
特に欲しいものなんてないのに、お菓子のコーナーをうろうろしたりして。
つまんない嫉妬だ。
トト子ちゃん以外では私だけが一松くんと仲良くできるなんて、思い上がりもいいとこ。
私、一松くんの彼女じゃないもん。一松くんが誰と仲良くしてたって、やめてなんて言う権利ない。
雑誌コーナーに出てみると、窓からさっきの女の子二人が歩き去って行くのが見えた。
コンビニを出て、一松くんに近付く。嫉妬が顔に出てないといいけど…
「一松くん、ごめんね待った?」
「あ、杏里ちゃん」
いつも通りの一松くん。それにちょっとほっとした。
「また手懐けちゃったんだ、猫たらしだね一松くん」
「猫たらしって職業あったら就職したいね」
一松くんは最後にお腹を一撫でしてから、「どこ行く?」と立ち上がった。
コンビニを通り過ぎて道なりに歩く。
「あのね、今日ちょっと付き合ってほしいところがあって」
「どこ?」
「本屋さん」
「ふーん。何しに?」
「友達の誕生日に手作りのお菓子をあげようって他の友達と話してるんだけどね、男の人でも食べれるようなお菓子選んでもらえたらなーって」
「…え、何男の人でも食べれるようなって」
「その子スイーツ男子なんだよね。大抵のスイーツは食べてるから、手作りだと楽しんでもらえるかなって話してて」
「………手作りのあげるんだ」
「うん、だから一松くんと一緒に選べたらなって。あと…あとね、」
こういうこと言って引かれないかな…
「一松くんに味見とか、してほしいなって…」
「え」
「私だけだと感想が偏っちゃうでしょ?だから一松くんにも一緒に一番に食べてもらえたら嬉しいんだけど」
一番に、っていうのは別の意味もあるけど。そんなこと言えない。
「一番…?」
「うん。それでね、あの…できればなんだけど、私の家で一緒に作ってくれたりしないかな」
わー!とうとう言っちゃった!
強引だったかな、ちょっと強気になりすぎたかな…!
トト子ちゃんの積極的な感じをまねしてみたんだけど…
ドキドキして返事を待っていたら、隣からゴツッというとても固そうな音が聞こえた。
「…え、うわ!一松くん!?大丈夫!?」
一松くんが電信柱にぶつかっていた。
でも全く痛がらずに何か遠くの方を見ている。
え、意識飛んでないよね…!?
「一松くん、大丈夫?意識ある?」
「……………飛んでた」
「わ、わー!ちょっと休憩しよう!」
ぼんやりしてる一松くんを連れて、近くにあった小さい公園に入った。住宅地に入っていたから、すぐに見つかってよかった。
ベンチに座った一松くんのおでこに手を当てる。
「うん、あんまり腫れてないみたいだね」
「ううう」
「一松くん、何か熱くない?熱出た…?」
「いや、大丈夫、です、ええ」
一松くんが大丈夫と言うので手を離した。
私も一松くんの横に座る。
「…………あの、さっきの…」
「え、うん。お菓子の話?」
「……うん、あ…家行っていいの…?」
「全然大丈夫だよ。来てくれるの?」
「お、俺で、良ければ」
「うん!ありがとう、頼りにしてるね!」
よ、よかったぁ…!
断られたらもうどうしていいか分からなかったよ…!
当日頑張ろう。当日がむしろ本番だし…!
安堵のため息をついた時、空からゴロゴロという音が聞こえてきた。
続いて、ぽたりと落ちてきた水。
「あ、降ってきちゃった…!」
「杏里ちゃん、とりあえずあそこ入ろう」
一松くんについて、大きな木の下に入った。これぐらいしか周りに雨をしのげるものがない。
「私傘持ってないんだ…」
「俺も見ての通り」
「しばらく待ってみようか」
「うん」
でも、止む気配はなかった。逆にどんどん降ってくる。
困ったな、軽い通り雨じゃないみたい。
急に辺りが光って、大きな音が響く。
「わ…っ!」
雷怖い…!
思わず耳を押さえて目をつぶった。
うう、どうしよう…
「杏里ちゃん」
「なあに?」
「俺の家来る?」
「え…」
「ここからだと一番近いし、どっちにしろ濡れるだろうからタオルぐらい貸してあげられるし」
「あ…なるほど」
確かに今から店を探して傘を買ったところで、体は濡れたままなわけだし…
「でもいいの?」
「うん」
「じゃあお邪魔してもいい?」
「いいよ。やばいね、めっちゃ降ってる」
覚悟を決めて、大降りの中に飛び込んだ。
住宅地の中だから雨宿りができる場所もなく、一松くんの家に着いた時には二人ともずぶ濡れだった。
鞄は革製だから拭けば何とかなるけど、体は頭から足の先まで濡れてないところがない。
「ちょっと待ってて、拭く物持ってくる」
「うん、ごめんね…ありがとう」
家には他に誰もいないみたいで、一松くんは自分で廊下をぴたぴたと歩いて行った。
一人になった玄関口で、くしゅんとくしゃみが出る。
さすがにこう濡れると寒いなぁ…
「杏里ちゃん大丈夫?」
一松くんが大きいバスタオルを持って来てくれた。それで体を包む。
その間に一松くんは、バスマットも敷いてくれた。
「ありがとう」
「とりあえず上がって」
「お、お邪魔します」
濡れた靴下の感触が気持ち悪い。
同時にまた体に寒気がして、くしゃみが出る。
「このままだと風邪引くよね」
「ん…でも大丈夫、タオルで拭けば乾くよ。一松くん着替えてきたら?」
「うん…」
返事をしたのはいいものの、一松くんは動かなかった。
何かを考えてるみたい。
くしゅん、とまたくしゃみが出た。早く止んでくれるといいんだけど。
「あのさ」
「なあに?」
「良ければだよ」
「うん」
「嫌だったら速やかに嫌って言ってもらって構わないんだけど」
「うん?」
「杏里ちゃんも、着替える?」
「え?」
「俺の服しか貸してあげられないからあれだけどこのままで風邪引くよりはマシだと思うんだよね、その間に服だけでも乾燥機かけれるしさ、俺の服しかないのがあれだけどそこが致命的なんだけど」
「で、でもいいの?借りても」
「全然いいし何も問題ないしビビってないし」
一松くんもこう言ってくれてるし、お言葉に甘えようかな…
確かに濡れた服着たままだと風邪引いちゃうし。
「じゃあ、借りてもいい?」
「…うん」
適当に持ってくるから風呂場行ってて、と言って一松くんは二階に行ってしまった。途中でさっきみたいなゴツッという音がした。
靴下を脱いで、なるべく水滴を垂らさないようにお風呂場に入らせてもらう。
濡れた服が冷たい。下着はまだそれほどでもなさそうなのが幸いだ。
髪を拭いていると、一松くんが服を持って来てくれた。一松くんがよく着てる紫のパーカーとジャージだ…!
「これで我慢して。服は洗濯機に突っ込んどいてくれていいから」
「ううん。ありがとう、助かったよ。あ、一松くん先着替えなくていい?」
髪の先から滴る水をタオルで拭いてあげてたら、「蒸発する…」と言った。
「蒸発待ってたら風邪引いちゃうよ」
「大丈夫。マジで。燃えるから」
「燃える…?」
「大丈夫」
一松くんはふらりと出ていってしまった。またゴツッという音が聞こえた。
もしかして体調悪いのかな?大変…!
濡れた服を脱いで体を拭いて、洗濯機に入れさせてもらう。
わ、一松くんの服大きい…!袖から手が半分しか出ない。
ズボンも裾を引きずっちゃってる。
はっ、これはあの、彼シャツならぬ彼パーカー…!!わー!!
思わず口をぶかぶか袖の両手で隠す。絶対変な笑顔してるよ今!
心を落ち着かせたところで、髪を乾かしながら一松くんがいるだろう二階に上がった。
「い、一松くん、入って大丈夫?」
「うん」
そっと襖を開けると、さっきと同じ服のままの一松くんが、向こうを向いて正座で部屋の真ん中に座っていた。
でも、あれ…?全身乾いてる…?
「一松くん、乾かすの早いね」
「発火したから」
「はっか…?」
「何でもない」
「あの、服ありがとう。洗濯機の中に服入れさせてもらったよ」
「あ、うん、じゃあ、回してくる」
一松くんはなぜか私を見ないようにして部屋を出ていった。
大人しく髪を拭いていると、一松くんがスマホと新しいタオルを持って戻ってきた。
「杏里ちゃん、そのまま」
「え?」
無言で写真を撮られた。どういうことなんだろう…
「タオル交換する。もうそれ役に立たないでしょ」
「あ、うん。ありがとう」
私から濡れたタオルを引き取った一松くんは若干足取りがおぼつかない感じでまた出ていった。
本当に、雨の中にずっといて体調崩したんじゃないかな…さっきからよくぶつけてるみたいだし。
心配になって見に行こうとした時、玄関が開く音がした。
「うえー最悪ただいまーって、一松何でスマホ拝んでんの?」
あ、おそ松くんだ。
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