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「いちまつくん」
「何」
「おもい?」
「重いすっげー重い」

杏里ちゃんが耳元で話しかけまくるからそれどころじゃないんだけど。

「…ごめんね」
「全然軽いし余裕だし」
「いちまつくんはたよりになるなぁ」
「そうでしょもっと感謝して」

むしろ俺の方がこの状況に感謝してる。同時に後悔してる。
杏里ちゃんの家まで背に抱えて送り届けるというミッションは力量的には全く問題ない。杏里ちゃん軽いし。それに兄弟とのプロレスで意外に鍛えられてるし。
でもこの密着度が無理。
ギリギリの理性で遠慮してるのか杏里ちゃんのしがみつき方が弱いので定期的に抱え直さなくてはならない。その度に杏里ちゃんの太ももが脇腹を擦っていく。
苦行かこれ。もうやめて。早く家に着け。いや着かなくていい。このままどこまでも歩ける。シルクロードでも完走だしマジで。

「いちまつくんはえらいねぇ」
「は、何が」
「ちゃんとおんぶしてくれるから」
「それ以外ないでしょ」
「たくしーよんでくれても良かったんだよ」

それがありましたねーーーーーーーーー!!!!童貞ここに死す。
まるでぼぼぼ僕が杏里ちゃんに触りたいがためにわざと飲ませたみみみたいになってるじゃないですか嘘だろ神様違うんです童貞が全部悪いんです…

「…ごめん…タクシーの方が良かった…?良かったよね?死ねって感じだよね?」
「んーん、いちまつくんといっぱいしゃべれるからこっちの方がいいなぁ」

送り届けたついでに泊まってやろうかボケカスが。
とりあえず不快には思われてないようだ。何回目になるか分からない深呼吸をした。

「あとどれくらいかなぁ」
「後?五分くらいじゃない?」
「そんなに…?いっかいおりる」
「いいよ五分ぐらい」
「いちまつくんやさしい」

杏里ちゃんの鼻が首筋に当たる。何プレイ?

「いちまつくんは、まじめだしやさしいしえらいなぁ」
「別に真面目じゃないよ…このニートの何を見て言ってんの?」
「……………あのね」

背中から、少しだけしっかりした声がする。

「いちまつくんは、よくじぶんのことわるく言うけど、まじめじゃないとそんなこといえないと思うの」
「え?」
「ふまじめな人はねー、じぶんがくずだって思わないんだよ。まじめだからいろいろ考えちゃうんだよ」
「…考えてるだけで行動に移さないっていうのがクズなんだって」
「じゃあわたしもくずだー」

杏里ちゃんが笑う。何それどういうこと?

「わたしねぇ、ほんとはたくしーよぼうかなって思ったんだけど、いちまつくんとおはなししたいからやめたの。思っただけでやらなかったんだよ」

またお得意の話術ですか。もう何言ってんの?馬鹿みたいに可愛いんだけど何これ?何?走馬灯?
心拍音が耳元で聞こえる。

「おもっただけで、やらないっていうの、いろんな人にあると思うのね、だからね」

杏里ちゃんが少しだけ俺に抱き付く。

「まじめに生きようとしなくていいんだよ」


思わず足を止めた。
どうして杏里ちゃんは俺をだめにするようなことを言うんだろう。
他の奴らが言ったならなあなあで聞き流すようなことも、なぜか杏里ちゃんの言葉だけはすんなり入ってくる。
たかだか一ヶ月程度。杏里ちゃんと知り合ってそれぐらい。
それだけの付き合いで俺の何が分かんのって、反発してただろ、今までの俺なら。
俺もやっぱ酔ってんのか。一歩踏み出したら振動で水が頬を伝った。


「いちまつくん」
「…何」
「またいっぱいあそぼうねぇ」
「うん」
「あそんでくれる?」
「うん」
「いちまつくんはねこちゃんのにおいがしますねー」

俺の襟足に顔を埋める杏里ちゃん。髪が当たってくすぐったい。

「今の杏里ちゃんの方が猫っぽいよ」
「にゃー」
「やめろ置いてくぞボケが!」
「いちまつくんこわい…」
「ごめんねちょっと昂っちゃったごめんね許してごめんね」
「いちまつくんだからゆるすよ」
「ありがたき幸せ」

やっとアパートに着いた。
杏里ちゃんの部屋は二階だから階段を上る。
部屋の前で降ろしたらふらふらとドアノブを回した。

「…あいてない」
「杏里ちゃん鍵」
「あー、そうだぁ。いちまつくんかしこい」

開いた玄関を押さえて杏里ちゃんがちゃんと靴を脱げるかどうかを見届ける。よし。

「じゃあ。早く寝て」
「かえっちゃうの…?」
「…帰るに…決まってんだろ…」
「そっかぁ…それじゃあね、いちまつくんありがとう。おやすみなさい」
「お休み」

ドアが閉まり鍵がかかった音を聞いてからアパートの階段を下りて脇目もふらずに商店街を通り抜けた。
そのまま家までゴールできるかと思ったが無理だった。道の端でうずくまる。このまま転がったら町一つ破壊できる程のどうにもならない衝動を必死で抑え込む。

「おい、君どうした……な、何だ君その笑い方はやめなさい!ちょっと署まで来てもらおうか!」

数時間拘束された。







「…ん……」

重いまぶたをそろそろと開けた。
カーテンから洩れる光が反射して、白い壁がすごく眩しい。
目を閉じかけてしばらくぼんやりしていると、ちょっとずつ意識がはっきりしてきた。
ここは、ベッドの上で…今日は休みで……

「…あれ…?」

いつ帰ってきたんだっけ。
どうしよう。記憶がない。
そう、昨日一松くんとチビ太さんのおでん屋に行ったのは覚えてる。
一松くんが私が酔ったところを見たいって言ったからちょっとずつ飲んでて…
やばい、そこから覚えてない。
一松くんに迷惑かけなかったかな…!?ああ、飲み過ぎたら記憶飛ぶって自分で分かってたはずなのに…!
時計を見たら十時。今日は予定がないからいいとして…
とりあえず顔を洗う。うわーメイクも落としてない!最悪だ…!
自己嫌悪に陥りそうになりながら、鞄に入りっぱなしだったスマホを取り出した。一松くん起きてるかな。電話してみよう。
運良く一回目のコールで出てくれた。

「も…もしもし、一松くんですか…」
『俺以外出ないよ』
「そうだね…あの、昨日ごめんね…」
『……覚えてんの?』
「それが、全然…どうやって帰ってきたかも分かんなくて…」
『やっぱり』
「ごめん私何かしなかった?迷惑かけてごめんね」
『別に何もされてないよ』
「えっと、私どうやって帰ってきたのかな…」
『杏里ちゃんがおんぶしてほしいっていうからしてあげました』

うわー!!何言ってんの私!!
心の中の欲望がこんな形で出ちゃったなんて、本当に最悪…泣きたい…

「ごめんなさい…もしかして、家までずっと…?」
『うん』
「……ごめんなさい……」
『杏里ちゃん一松昨日すっげー上機嫌で帰っゴフッ――何か聞こえた?すぐに記憶から消してくれる?』
「う、うん…」
『…別に迷惑とかじゃなかったよ、ほんとに』
「うん、ありがとう…タクシー呼んでくれても良かったのに、わざわざ本当にありがとう」
『やっぱタクシーですよね定番は知ってましたよ?ただ杏里ちゃんがおんぶがいいっつーから仕方なくあれしたわけだからね勘違いしないで』
「ごめんなさい…」
『嘘ですこっちこそごめんなさい』
「あと、もしかしてお金も払ってくれたよね…?本当にごめんね、次会った時に返すから!」
『いいよ別に。杏里ちゃんの方が真面目だよね絶対』
「?…あの、今度はまた適度に飲もうね?」
『そうだね』
「それじゃ、また遊ぼうね!時間あったら連絡するね」
『はーいいつでもお待ちしてまーす』

…………ふー…………
電話を切って大きく息を吐く。
とりあえず、怒ってはなかったかな。
ああでももう、本当信じらんない…今年最大の反省点だよ…
記憶ない間、一松くんの前で何話したんだろう。変なこと話してたら嫌だな…
っていうか一番心残りなのは、何で一松くんの背中に乗ってる時のこと覚えてないんだろう…!
記憶はないけど、抱き付いてたってことだよね?
せっかくのチャンスだったのに!こんなの滅多にやってもらえることじゃないよ!
あーばかばか………もうほんとにやだ………
もし一松くんの彼女になれたら、そういうのも普通にできたりするのかな。
って思ったけど絶対無理!
今でさえちょっと指繋がれただけで緊張するのに抱き付くなんて無理だ!
お酒の力借りなきゃできないよこんなこと。
でも、お酒の力借りてまで一松くんに抱き付きたいって、何かはしたないって思われそう…
はぁ…色んな感情がぐるぐる回ってる。

…それにしても。
一松くん、酔ってる私のお願い聞いてくれたんだな。えへへ。
やっぱり一松くんって優しいなぁ。初対面の時からずっと優しい。
つい数時間前に会ってたのに、もう会いたい。

「あー…!」

どうしよう…一松くんが好きすぎてどうしよう!
はー、ちょっと落ち着こう。お風呂入ろう。

シャワーを浴びて戻ってきたところで、今日の献立を考えながら買い物に行く。
飲みすぎちゃったし胃にいいものにしよう。
あ、スーパーでセールやってる!
お魚が安いのか…焼き魚でもしようかな。

「あっ、あなた!」

女の子の声がしたと思ったら、腕を掴まれた。
びっくりして振り返ったら、目の前にどこかで見たことあるような…

「あなた、一松くんと一緒にいた子ね?」

思い出した、トト子ちゃん…!
驚いて何も言えない私に、トト子ちゃんは真剣な顔をして言った。

「あなたにちょっと話があるの」


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