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「一松ー、起きろよー」


呼ばれる声がして意識が戻ってきた。
怠いまぶたをゆっくりと開ける。
辺りは明るい。

「お、起きた。もう昼過ぎてるぞー。布団片付けといて」

俺を呼んでたのはおそ松兄さんだった。
今まで枕元にいたらしい。
襖を閉めていく音が聞こえた。
ここ…家か。
いつの間に…

ちょっと待て、俺昨日何してた?
頭が回転すると同時にズキズキと痛みだす。
二日酔いか?
俺酒飲んだっけ?
飲みました。昨日合コン行って飲みました。

「っあ゛ーーーーーー…!!」

ああああ!痛え!思い出した!頭も痛えけどその前に昨日の俺が!痛え!!
物理的痛みと精神的痛みが一斉に襲ってくる。
死にたい。
杏里ちゃんが他の男と仲良くなるのが嫌だなんて子供みたいな理由で合コン行って。
案の定ろくに話せもしないで他の奴らと楽しそうに喋る杏里ちゃんを監視するみたいに見つめてて。
で、飲めもしない酒ばっか頼んで。
いっそ記憶がなくなってた方がどれだけマシか知れないのに全部覚えてる。
杏里ちゃんに言ったこと全部覚えてんだよクソが。
おまけに合コン後も半ば連れ去るようにして強引に家まで送った挙げ句帰りたくないとか口走ってた。
馬鹿なの?マジで…
あー消えたい。頭を抱えて布団の中でうずくまる。このまま生まれる前まで戻んねーかな。戻れ。そして二度と生まれてくんな。
布団の端の方がごそごそ動いて何かが入り込んできた。俺の親友がスマホを突っ込んできてる。何なの。
手を伸ばしてスマホを受け取った。
新着メールが一件。杏里ちゃんから。
怖い。死ぬほど怖い。
昨日の一松くんマジキモかったからもう連絡してこないでねもう着拒したから、とかどうせそんなんだろどうせどうせ………


『一松くんおはよう!
昨日は家まで送ってくれてありがとう。
戸締まりに気を付けてって何回も言ってくれたの覚えてる?
あの後ちゃんと鍵かけて寝たよ!
一松くんはちゃんと家に着いたかな?トド松くんがいたから大丈夫だと思うけど…
昨日はちょっとしかお話できなかったけど、また二人で飲みに行けたらいいね!』


「大天使かよ!!!!!!!!」

床を叩いたら家が震えた気がした。
俺の頭も振動した。気持ち悪ぃ。
物理的気持ち悪さとは逆に精神的には最高にハイだ。このテンションのまま好きだと返信しそうになった。危ねぇ。

「おい一松!家壊れ…え、ちょ、何?お前が壊れてんの?その笑い声何?怖ぇーよやめろよ…」

駆けつけたおそ松兄さんが布団を剥ぐなり俺を見てドン引きしている。
「おはよう」と言ったら引きつった顔で静かに後ずさりして出ていった。弟が爽やかに挨拶してんのにそれはないんじゃない?
まあいいけど。杏里ちゃんに返信打たなきゃ。
今起きた。昨日はごめん、と。色々と記憶から消しといてほしい。
後は…あー…あれからいい感じになった奴とかいんのかな。昨日みんなで連絡先とか交換してたっぽいけど。
彼氏できそう?とでも探り入れとくか。
忘れてた。いつでもいいから飲みに行こう、と。今度は絶対俺は飲まない。はい送信。
もう昼か。あんまり食べる気しねーな。頭も痛いし。とりあえず着替えるか。
灰色のパーカーを取り出す。灰色パーカーは全部で六着。一応色違いの松がプリントされてるけどこんなのもうどれだっていいだろ。
でも杏里ちゃんが前に紫が似合うと言ってくれたのでちゃんと自分のを着る。別に今日会う訳でもないのにご苦労様。
…うわ、返事来た。早い。

『今起きたんだ!二日酔いとかなってない?
昨日の一松くんはすっごく可愛かったからしばらく記憶に留めておきます。
彼氏はできなさそう!っていうか彼氏作りに行ったんじゃないし!笑
ほんといつでもいいからお酒飲みに行こうね!チビ太さんのところとかどうかな?』

保護した。
これだけじゃなくて杏里ちゃんからのメールは全部バックアップを取ってある。
彼氏作りに行ったんじゃない、か。
ですよね〜〜〜〜〜友達に誘われて仕方なくって感じでしたもんね〜〜〜〜〜〜〜
杏里ちゃんに必死こいて話しかけてた連中お疲れ様で〜〜〜〜〜〜すチ〜〜〜〜〜〜ッス
あーチビ太の店ね。いいかも知れない。
居酒屋だと他の客が気になったりするけどチビ太んとこなら誰も来ねーしな。
今の内に杏里ちゃんの予定聞いとこ。
返事を打ち終わってからスマホ片手に猫を抱いて部屋を出る。いつの間にかスマホが手放せなくなってんな。
あくびをしながら階段を下りて居間に入ったらトド松が磔になっていた。え、中世?

「あっ一松兄さぁん!」

キリストみたいに十字に磔にされてるトド松が他の兄弟達に囲まれている。公開処刑みてぇ。

「トド松何かやったの」
「何かやったのじゃないよ!昨日一松兄さんと二人で夜遅く帰ってきたことについて問い詰められてんの!」
「ちょうど良かった一松。お前にも聞きたいことがある」

おそ松兄さんが不敵に笑う。さっき俺見てビビってたじゃん。
ああそういや俺ら何も言ってなかったんだっけ。

「何?つかトド松はどこまで話したの?」
「お前らあれだな、ごう…こん?とかいうやつに行ったらしいな」
「何でお兄ちゃん達に言わないのそういう大事なことを?」
「トド松くんは前回で散々な目に遭ったんじゃなかったかなぁ?」
「また全裸になった!?」

兄貴三人を敵に回すとわりと怖い。十四松はいつでも楽しそうで何より。
トド松が半泣きで抗議している。

「言わせてもらうけどね、前回散々な目に遭ったから今回は警戒に警戒を重ねて行ったんだからね!第一いつでも六人一緒なんてわけにいかないでしょ!?」
「なっ…お、お前…!このドライモンスター!」
「き…聞いたかカラ松、トド松は…トド松はもう、俺の知ってるトド松じゃなくなってしまった…俺の愛する可愛いトド松は、もう…」
「ああ、分かるぜブラザー。刻の流れとは残酷なものだな…だが、人の心ってのはそう簡単に一変するようなもんじゃあない。どうだ、おそ松、チョロ松、十四松…もう一度トド松にチャンスを与えないか?」
「カラ松、お前の心は何て広いんだ…!聞いたか愚弟よ!この松野家に生まれし次男の御心に免じてお前に懺悔の場を与えよう!さあ、何か言いたいことはあるかね?」
「そう、例えば…お前が手に入れた女の子の連絡先を俺たちとシェア」
「くたばれハイエナ共!!!」
「者共かかれー!!!」

わーなんかすごいことになってますね。
見てたら腹が減ったので今朝の残り物を出してきて食い始める。今食うと夜食が食いたくなって結果腹が出てくるんだけど。
…杏里ちゃんに腹出てるっつったら笑われたな、そういや…
腹筋とか、しようかな……

「一松兄さん合コン楽しかった?」

向こうでやり合ってる四人を置いて十四松が話しかけてきた。珍しい。こういう時真っ先に十四松が技かけに行ったりするんだけど。

「まあまあ」
「トッティ全裸だった?」
「服は着てたよ」
「なんだー」

トド松お前期待されてんぞ。次世代の露出キャラは任せた。頑張れ。

「一松兄さんは何で合コン行ったの?」
「え?」
「いつもの一松兄さんだったら、絶対にーさんたちに言うでしょ?」
「あ、それ俺も思った」
「何?一松も俺たちを裏切ろうとしたの?」
「考えてみたら変だよね。そういう部分で一松が僕達を出し抜こうとするのってあんまりなかったし」

十四松のせいでこっちに飛び火しやがった。
兄三人が揃って探るような目を向けてくる。うぜぇし怖え。

「一松、お兄ちゃんたちに正直に話してごらん」
「……」

目をそらしたら、同じタイミングでスマホが震えた。新着メール。

「杏里ちゃん…」
「杏里ちゃん?」

思わず口に出してしまった。

「どういうこと?杏里ちゃんが関係あるの?」
「昨日の合コンに杏里ちゃんも来てたんだよ。ね、一松兄さん」

余計なこと言いやがって。
五人の視線を一斉に受けて猫背が半端ない。
柄じゃないって思ってんでしょどうせ。
一人の子に執着して振り回されるように行動もころころ変えて。
友達なんかいらねぇって吐き捨てるように言ったあの時と、全く矛盾した今の俺を、みんなは笑うんだろうか。
俺なんかには無理だよと、嘲笑われるだろうか。

「杏里ちゃんが、来てたから…」

絞り出すように口の中で呟いた声は、別に聞こえてなくたっていい。ここにはいない杏里ちゃんに対して言っただけ。
俺みたいなひねくれ者なりに、杏里ちゃんにちょっとでも意識してもらえたらって、精一杯でギリギリの告白。

長い沈黙が続いた後、おそ松兄さんがふっと笑った。

「一松は許そう」
「そうだな」
「一松、お前は許された」
「やったね一松兄さん!」
「ハァァ!?何それ何それずるくない!?」
「うるさい!お前はまだ懺悔してねぇからな!」

またあっちでプロレスが始まった。今度は十四松も参加しに行った。
スマホを見たら、土曜日はどうかなという杏里ちゃんからのメール。
保護した。


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