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街の景色が見える場所に腰を下ろして、コンビニで買ってきたサンドイッチを頬ばる。
こういう静かな緑に囲まれたところで食べるのって新鮮かも。

「静かでいいね」
「そう?…つまんなくない?」
「ううん。いつもは大学の食堂とかファーストフード店とか、人の多い場所ばかりだからなんか落ち着く」
「ならいいけど」
「一松くんはいつも一人でここに来るの?」
「うん。大抵は」

…あ。この流れで彼女のこと聞けるかも。

「じゃあ、誰かを連れて来たこともあるんだね」
「ああ…兄弟と、知り合い二人なら」
「知り合い?」

女の子かな…

「一人はチビ太。もう一人は別に杏里ちゃんが知る必要のない男だよ」
「そうなんだ。……彼女さんとか連れて来たりはしないの?」
「いるように見える?」

一松くんが鼻で笑った。
彼女、いないんだ!

「いるかもしれないなぁって」
「…杏里ちゃんこそ、俺と二人で出かけたりしていいわけ?彼氏いるんじゃないの」
「いないよー。誰かとお付き合いしたことないの」

ああよかった。一松くん、彼女いなかった!
にやにやしそうになって慌ててサンドイッチを口に運んだ。足元に来た猫にこっそり笑顔を向ける。

「…ないんだ」
「うん…あ、もしかしてまた変な子って思ってる?」
「え、何で」
「私の周りの子は、誰かと付き合ったことがある子ばっかりだから」
「それだと俺も変人になるんだけど」
「え…嘘!?」
「何それどういう反応?」
「…一松くん、誰かと付き合ったりしてそうだったから」
「それおそ松兄さん達の前で言わないでね爆笑されるから」
「どうして?」
「有り得ねぇって」

そう言いながら一松くんは、コンビニで買った猫缶のフタを開けて地面に置いた。
猫たちが鳴きながら一松くんの元に集まっていく。

「今すごくモテてるよ一松くん」
「あざーす」

棒読みで喜びながら、未開封の猫缶を私にも投げてくれた。
さあ、私も一松くんみたいにモテるかな?
地面に置くと、たちまち数匹の猫が駆け寄ってきた。

「モテてるねぇ」
「ふふふ。もっと買ってくれば良かったね」
「そうだね。次は」

一松くんが唐突に言葉を切ったけど、たぶん「次はそうしよう」って言いたかったんじゃないかなと思って「たくさん用意してくるね」と言った。

「…また来てくれるの」
「うん、良ければそのつもりだったけど…ごめん、もしかしてあんまり他の人が出入りしちゃいけない場所だった?」
「そうじゃない。けど………ありがとう」
「私の方こそ、連れて来てくれてありがとう」

私が女の子で唯一この場所に来させてもらえた人間なんだっていうのが嬉しくて、そう答えた。小さい小さい優越感。


ネコ科の楽園を後にして山を下る頃には、おやつの時間を過ぎていた。
どこか座れる場所でも入れたらいいなと二人で駅前まで来てみると、「杏里ちゃん!」と声をかけられた。大学の男友達だった。
偶然だね、じゃあまた学校で、と軽い会話を交わして別れた後に初めて、今まで一緒にいたはずの一松くんが消えていることに気付いた。
そういえば、さっき一松くんについて何も聞かれなかったし…

「あれ…一松くん?」
「ここ」
「わ!」

いきなり後ろから声をかけられてびっくりする。

「一松くんどこにいたの?」
「隠れてた」
「えっ、何で?」
「何でって…」

一松くんは何か言い辛そうに、髪をくしゃくしゃと弄んだ。

「…俺、一人で出歩くとたまに職質されたりするから」
「そうなの?」
「そういう見た目からして怪しい奴と一緒にいるとこ見られたら、杏里ちゃんだって迷惑でしょ」
「友達と一緒にいて迷惑なんて思わないよ」

一松くんって、自分のこと悪く言う癖があるみたいだなぁ。
私はそんなこと思ったことないのに。

「杏里ちゃんまで他の人からどう見られるか分かんないってこと」
「私は一松くんが不審者じゃないって知ってるからいいんだもん」
「杏里ちゃんのためを思って言ってんだけど」
「私のためならもっと一緒に遊ぼう」
「……………あー…杏里ちゃんに勝てる気がしない」

やれやれと言うように首を振った一松くんがどことなく楽しそうに見えたのが、私の気のせいじゃないといいなと思った。

お喋りしながら適当に歩いていると、大型ショッピングモール前の広場まで来た。
空いているベンチを見つけたので二人で座る。ちょうど木陰になってていい感じ。

「ふわ…」
「眠い?」
「うん…この時間は眠くなっちゃう。おなかいっぱいだと眠気が来るのって何でだろうね」
「さあ…豚にさせようとしてんじゃない」
「えーっ、食用だったらちょっとやだなぁ…」
「その発想何なの……あ」

笑いを含んだ一松くんの言葉が、急にワントーン上がった。
私じゃない遠くの方を見て、どことなく嬉しそうな顔してる。

「トト子ちゃんだ」
「………トト子、ちゃん?」

一松くんから他の女の子の名前が出てきて、胸がざわつきだす。
視線を辿ると、トートバッグを持っためちゃくちゃ可愛い子が通り過ぎて行くところだった。
もう一度一松くんを見ると、まだ目でその子を追いかけている。
…そっか、彼女がいないからって、好きな人がいないとは限らないんだ。
何だか、私が一松くんの隣にいちゃいけないような気がしてきて、居心地が悪くなってきた。
彼女と自分を比べだしてしまうから、姿が見えないようにうつむく。
彼女がいないって分かって嬉しかったのに、さっそく失恋の予感がしてきた…
一松くんとあの子はどういう関係なんだろう。聞いてみようかな。
うん、諦めるなら早い方がいいし。

「トト子ちゃんって、さっきのトートバッグ持った人?」
「そう。多分今からボイトレ行くんだと思う」
「ボイトレ?」
「あの子アイドル志望だから」

アイドル志望…!
でもそれぐらい可愛かったから納得だ。
そんなすごい子が知り合いなんて…勝ち目がない気がしてきた。

「もしかして、一松くんの好きな子とか?」

何気なく聞いたけれど、心臓はすごく震えてる。
答えによっては、気付き始めた恋心を折ってしまわなくてはいけない。
だって、好きな人の恋は邪魔したくないから。

「え…」

思ったよりも一松くんは動揺していなかった。
どう言おうか迷ってるようで、じっと考えている。

「まあ、好きは好き…だけど。幼なじみだし…」
「あ、幼なじみなの?」
「うん、チビ太と同じで俺達とは昔からの知り合い」
「そうなんだ…」

幼なじみ、ってことは一松くんのことも昔から知ってるってことだよね。
一緒にいた時間じゃ、全然敵わない。

「すごく可愛い子だったね」
「でしょ?自慢の幼なじみだから」

自分のことみたいに得意気に言われて、続く言葉を失ってしまった。
きっとあの子との間には、私じゃ埋め合わせができない関係性が築かれてるんだろうな。

「だから俺達のステータスでもあるんだよね。最後の砦っていうか」
「……ん?どういうこと?」
「俺だけじゃなくて兄弟全員彼女いたことないんだよね。モテたためしもないどころか女の子の知り合いすらいない奴もいるし。残念すぎるでしょ。そういう根っから負け組の俺らでも会話してくれる女の子がいるんだっていうね…そういうステータス」

それがただの幼なじみってのが笑えるでしょ、と一松くんは一気につらつらと言い上げた。
早口だったので理解するのに少し遅れる。
えっと、つまり…恋愛感情としての好きじゃない、ってこと?
じゃあ、私にもまだチャンスがあったりするのかな…!?

「………引いた?」
「え?何が?」
「いや、別に…」
「そっかぁ、あんな可愛い子と知り合いだったらなんか自信ついちゃうよね」
「うん。あと俺今兄弟の中で一番ステータス高いと思う」
「そうなの?トト子ちゃんと一番仲良いの?」
「そうじゃなくて…杏里ちゃんと一番仲良いのは今んとこ俺だから」

心臓がきゅうっと掴まれた気がした。同時に体がぽかぽかしてくる。
一瞬体が小さく震えたけど、気付かれてませんように…!

「私ステータスアップに役立ててるかな?」
「おかげでぶっちぎり一位」
「えへへ、そっかぁ」
「…俺以外に誰かと連絡取ってたりする?」
「トド松くんやおそ松くんからは時々連絡来るかなぁ。でも一松くんとのやり取りが一番多いよ」
「………あいつらと何話してんの」
「私がケーキ屋でバイトしてること知ってるから、おすすめのスイーツ教えてとか…あ、一回おそ松くんから『ケーキ屋ってツケで払える?』ってメール来てね、すっごい笑った」
「そいつのメールは受信拒否していいよ」

おそ松くんの呼び方が「そいつ」になった…
でも嬉しいな。杏里ちゃんと一番仲良いのは俺、かぁ。仲良いって思ってくれてたんだ。
ああっだめだにやけちゃう…!

「何杏里ちゃん、そんなにおそ松兄さんのメール面白かったの」
「ええっ、違うよ!これは、その」
「すいませんね大して面白みのないもんばかり送りつけて」
「違うってば、一松くんから連絡来るとすっごい嬉しいよ」
「いえいえ気を遣っていただかなくて結構ですよ自覚済みですから」
「何でそんな口調になるの、ふふっ…わ、笑っちゃうじゃん!」
「普通に喋っているだけなのに笑われるなんてさすが僕ですよねぇ」
「ちょっ、やめてよ一松くん…っあはは」

緊張が緩んだせいか、ものすごく笑ってしまった。また拗ねて傷付いちゃうかも。
でもちらりと見た一松くんが、いつかと同じ優しい目で見てくれていたから。

ああ、一松くんのことが好き。


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