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夕ご飯の片付けをしていた時、一松くんからメールが来た。
いつでもいいから野良猫でも探しに行かないかというもの。
一松くんから誘ってくれるの初めてだ!すぐにいいよと返事をした。
この前遊んだ時に水曜日が休みだと言ったのを覚えててくれたのか、「じゃあ今度の水曜に」と言ってくれた。
カレンダーで日付を確認する。
あと三日。
何着て行こうかなぁ…!
いっぱい歩くだろうからシンプルな服の方がいいのかなぁ。
で、でもこないだ「可愛い」って言ってくれた時はスカートだったし……
クローゼットを覗きこむ。普段学校に着ていく服ばっかりだけど、どうしよう、どれも微妙に合わない気がする。
一松くんの好きな芸能人も聞いておけば良かったな。どんなタイプが好きなのかとか…

そこまで考えてはっと気付く。
何かこんなの、私、一松くんのことが好きみたいじゃない…!

「あー…っ!」

顔を押さえて座りこむ。
そっか。そっかぁ。
私一松くんのこと好きになっちゃったんだ…!
だから全部かっこよく見えるんだ。一緒にいてても、すごく楽しくて。
どうしよう。
今度会う時、どんな顔して行けばいいの?
どうしたって意識しちゃうよ。あああ……!

床にごろりと横になって、クッションに顔をうずめる。
一松くんに会いたいなぁ。
ああっでも顔見れないよ!
うぅ…

…あと三日。
長いようで短い。
心の準備、できるかな。



「おはよう、一松くん!」
「おはよ」

待ち合わせ場所に行くと、また一松くんの方が早く来ていた。
今日はマスクしてない。
あと…つ、ツナギ着てる…!かっこいい…大人っぽく見える!

「杏里ちゃん、黄色似合うね」
「あ、ありがとう!えへへ、新しく買ったんだ」

あの後悩んだ末、友達に買い物に付き合ってもらった。
好きな人ができたなんて言わなかったのになぜかバレてしまって、「みんなには黙っといたげるね!」って…絶対二人だけの時にからかってくる気だ。
でもおかげで、可愛いレモン色のスカートを選んでもらえた。
一松くんに似合うって言ってもらえた…嬉しい…!

「一松くんも紫似合うよね!紫好きなの?」
「あー…まあ」
「そっかぁ」

友達からのアドバイスもあって、何とか挙動不審にならないように会話を繋げた。
意識してるって一松くんに分かっちゃったら、引かれちゃうかもしれないし。なるべく抑えよう。
今は一松くんと一緒にいられればそれでいいよね。

あ、そうだ。友達からの忠告。
「まず彼女いるかどうか聞きなさいよ!」…そうだった。
一松くん、彼女いるのかな。
いたら私と二人で遊んだりなんかしてくれない…よね?
でもちゃんと聞かないと。
よし、今日中に絶対聞くんだ。

「一松くん、今日はどこまで行こっか?」
「あっちの高架下とか…」
「猫いっぱいいそうだね」
「うん。あと…あ…杏里ちゃんが良ければ、だけど…」
「ん?」
「虎、見に来る?」
「えっ!?いいの!?」
「うん」
「わぁっ会いたい会いたい!どこにいるの?」
「山奥だから、ちょっと遠いけど」
「行きたいなぁ!あ、お肉とか持っていった方がいいのかな?」

虎って牛肉とか食べたりするのかな?どれくらいの量がいるんだろう?
私が真剣に考えてる横で、一松くんがくっくっと笑いだした。

「あ、また!何で笑うの?」
「いや、餌とか気にしなくていいよ。杏里ちゃんってマジで変わりもんだよね」

あ、あれ?これはバカにされてる…?
はしゃぎすぎたかな…虎なんて珍しかったから。

「…ごめん、つい…虎に食いつく女の子ってそうそういないでしょ」
「そうかな、虎を手懐けてるってすごいと思うけど。あ、もしかして一松くんってサーカス団員さんとか?」
「あーそれいいね」
「違うんだ…」
「残念でした」

また一松くんが笑う。
たぶんこっちの、ちょっと意地悪っぽいのが一松くんの普通の笑い方なんだと思う。
それって、心を許してくれてるってことだよね。えへ、ちょっと嬉しい。
何気ない会話を続けながら高架下を目指す。
一松くんは前回よりもたくさん喋ってくれるようになった。
こないだはおそ松くんとチョロ松くんと十四松くんに、なぜか急にめちゃくちゃ謝られて怖かったんだって。何があったんだろうね?
私も自分のことについて話した。部活やサークルには入ってなくて、その分をバイトにあててるとか。

「杏里ちゃんってどこでバイトしてんの」
「ケーキ屋さんだよ。この間送ってもらった時に商店街通ったでしょ?あそこに入ってる店なんだ」
「あー、うちの母さんもよく行くとこだ」
「そうなんだ!お買い上げありがとうございます」
「伝えとく」
「一松くんは何かバイトしてたりする?」
「…昔、中華料理屋で働いてた」
「えっ、すごい!中華料理作れるの?」
「見よう見まねだけど…」
「わ…尊敬する」

中華料理なんてご飯が玉になっちゃってるチャーハンか、冷凍食品でしか作ったことないや…

「そんな大したことじゃないし…十分だけだし…」
「え?十分で作れるってこと?」
「違う、違うけど、今のは忘れて」

一松くんが必死だったのでそれ以上は聞かないことにした。
バイトの話をしていてもう一つ、気になっていたことを思い出した。

「そういえば一松くん、この前札束持ってたよね…?」

恐る恐る聞いてみると、「財布入らなかったし」と普通に返ってきた。

「やっぱり虎を飼うってなると、あれぐらいのお金が必要なの?」
「まあそんなとこ」

一松くんって一体何してる人なんだろう…?
特に聞いたりしてこなかったし、一松くんも言わなかったからスルーしてた話題だったけど…
猫探し専門の探偵でもなかったんだよね。ミステリアスな人だな、一松くんって。

「…………札束、いる?」
「え?あはは、いいよいいよ!そんなに簡単に札束なんか渡しちゃだめだよー」

一松くんが真顔で言うから思わず笑っちゃった。冗談、だよね?
でももしかしたら本当に金銭感覚が私とはちょっと違う人なのかもしれない。一松くんだけじゃなく、六つ子くんたち全員。
ものすごくお金持ちの人なのかな。虎を飼えちゃうんだもんね。

「ほんとにいらないの?」
「いらないよー!私だってバイトしてるもん」
「…そう」
「一松くんは誰かにお金をあげたいの?」
「杏里ちゃんにならあげてもいい」
「もう、一松くんてば」

笑うと、一松くんが真顔で「本気だけど」と言ったので余計に笑ってしまった。

「何で笑うの…」
「あ、さっきの私みたいになってる。ふふふ」
「……」
「ご、ごめん」
「いえ別に?どうせ僕は笑われてなんぼの人生ですから」
「えーっ待って待って、ごめんってば」

これ拗ねてる顔なのかな。可愛いんだけど…!

「一松くん可愛いね」
「は………」
「あははは」

また新しい顔が見れた。
もうそれだけで、今日来て良かったなって思えちゃう。

「か…可愛いって言ったら、杏里ちゃんの方じゃないの…」

ああ、今日来て良かったぁ…!!


高架下には猫がたくさんいた。
一松くんは初めて来た場所でも猫の集会所を見つけるのが得意らしくて、一松くんについていけば簡単に猫と触れ合うことができた。カラ松くんがくれたという猫缶もすぐになくなってしまう。

「新しいパワースポット見つけたね!」
「何その表現。いいね」

コンビニでお昼ご飯を買って、虎がいるという山に登る。
民家もない静かな山。
わぁ、本当に山奥だ…!景色がきれいだなぁ。
少し立ち止まって遠くを見ていたら、一松くんが「あと半分」と振り返った。

「…杏里ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫!今日はヒールのない靴だし」
「ごめん、先に聞いとけば良かった」
「ううん」
「つか車回せば良かった…」

一松くんが呟く。
車運転できるんだ。助手席、とか…乗ってみたいかも…
運転中の一松くんを横から見てみたい。

「まだ行ける?」
「うん、行くよ!」

ハンドルを握る一松くんを想像してちょっと元気出た。

その場所まで、思っていたよりは時間がかからなかった。斜面が急に平地になったと思ったら、虎の入った鉄の檻が見えた。
虎だけじゃなくて猫もたくさん集まってきてる。

「ネコ科の集会所だね!ボスが一松くんなんだ」
「まあね。こっち」

一松くんに連れられて檻の前へ。
虎は寝てたけど、一松くんに気付いたのか起き上がってこっちに来た。

「よしよし」

一松くんは全然怯えずに、普通に虎のあごの下に手を差し入れて撫でている。
きっとすごくもふもふしてるんだろうな…

「杏里ちゃんも触る?」
「えっ!知らない人が急に触ったりしたら怒っちゃわない?」
「大丈夫。俺が指示しない限り噛まないから」
「…一松くんって、本当にすごい人なんだね」

じゃあ、とそっと手を檻の中に差し込む。
すぐに匂いを嗅がれてドキッとしたけど、一松くんの言った通り噛んではこなかった。
えーと、どこら辺撫でてあげたらいいのかな。
迷っていると、私の手首を一松くんが軽く掴んだ。

「ここ撫でたげて」

導かれて虎のあご下に手が埋まる。
ちょっと私今、大人しい虎が可愛いのと一松くんの手に握られてるのとでプチパニック起こしてる。

「わ、わー、もふもふだ」
「大人しいでしょ」

一松くんの手が離れた。
ちょっと寂しいけど、虎は可愛い。
少し強めに力を入れて撫でると目を細めてくれた。人慣れしてる。

「虎ってのど鳴らさないのかな」
「うん。ライオンとか豹も鳴らさない」
「そうなんだ。一松くんは物知りさんだねー」

ね?と虎に話しかける。
私の手にすっかり身を委ねてくれているようで嬉しいな。

油断していたらお腹がきゅううと鳴った。
虎じゃなくて私の。一瞬で顔が熱くなる。
確かにお腹空いてたけど今鳴らなくたっていいのに…!
気付かれないように一松くんを盗み見る。聞こえてませんように…
一松くんは表情を変えずに虎を見ていた。ノーリアクションだ。聞こえてなかったみたい。
そっとため息をついて、今度は両手で虎を撫でまくる。わー!ダブルもふもふだ!

「杏里ちゃん」
「なあに?」
「お昼にしよっか」
「………」

まさか、とゆっくり首を向ける。
一松くんがにやりと笑っていた。

「お腹空いたよねぇ…?」
「あーっ意地悪ー!!」

聞こえてたんだ!聞こえてたんだ!
赤くなってるだろう顔を両手で隠した。ううっ……

「杏里ちゃん」
「………」
「ごめんって」
「………一松くんのばか。もう知らない」

うつむいてふてくされると、どさりと物が落ちる音がした。
え、と目線を上げると、地面にコンビニの袋。
コンビニを出る時に一松くんが持ってくれていたものだ。
もう少し顔を上げたら、絶望としか言いようのない顔の一松くんがあらぬ方向を見ていた。

「い…一松くん?」
「………」
「え…?」
「………め……」
「一松くん?」
「…ごめ……なさ………」

一松くんの目から涙が一滴こぼれた。

「わーっ一松くんしっかりして!」
「…死ぬ………死ぬから……」
「死なないで一松くん!私こそごめん!もう怒ってないよ!」
「もはや生きる価値などない……」
「あるよ!まだまだ色んなとこ一緒に遊びに行こう!」

寄ってきた猫を抱かせたりして落ち着かせてたら、何とか正気に戻ってくれた。
しゅんとして袖で涙をふく一松くんが可愛い。けっこう傷付きやすい人なんだなぁ。気を付けなくちゃ。思ってもないことは言わないようにしよう。

「一松くんごめんね」
「…杏里ちゃんだから許す…」
「よかった」

さ、お昼食べよう。


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