コージィ


 空が降ってくると思った。それほどまでにこの街の空は薄汚れた灰色で、それは、ぼくの心をひどくひどく締め付ける。そう、まるで煙草の煙のように、まるで愛するひとの焼けた骨のように、何でもないような顔をしてぼくの傷口を汚し、するりするりと血管を通って、肺の方までやってくるのだった。
「何を食べてるの」
「これかい。これは、薬。薬さ」
「……ううん、違う。それ、タブレットでしょう。シトラスフレーバー」
「……ああ。よく、分かるね」
 砂ぼこりが視界を遮る。こんなにも灰に染まったこの街で、ぼくときみは一体何をしているのだろう。こんな所、今すぐにでも出ていきたいというのにもかかわらず。きみを連れて、遠くの、どこか遠くの、空が澄んでいる場所へ、今すぐに。
「ね、わたし。この街が好きよ、とっても。灰色の空も、砂ぼこりも、がちゃがちゃした音楽も、わたしは」
「ぼくは嫌いだよ、こんな所。早く出ていきたいんだ」
「それは、すごく寂しいことね。わたし、きっと寂しさの海に溺れて死んでしまうわ」
「ほんとはきみのせいなんだろうね。ぼくの心がこんなに痛むのは」
「それってあれだわ。言いがかり」
 きみが空なのだと思った。この街の空は薄汚れた灰色で、ぼくの心をひどくひどく締め付けるのだ。それはまるで煙草の煙のように、まるで愛するひとの焼けた骨のように、何でもないような顔をしてぼくの傷口を汚し、するりするりと血管を通って、肺の方までやってくるのだ。まるでぼくがきみに恋をしているかのように、愛をしているかのように。きみに心臓を突き破られる日を、きっとぼくは待っている。待っているのだ。
「灰色の空、綺麗でしょう」
 ふと顔を上げると、烏と鳩が寄り添って眠っていた。それはそう、まるで死んでいるかのように。


20140702 執筆

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