オリオンの欠片


 きみが死んだと聞いたあの日、ぼくのなかには何があっただろう。悲しくもなく、辛くもなく、怒りも覚えなかったこのぼくのなかに。もしかすると、ずっと前からその瞬間が訪れることを、ぼくはどこかで分かっていたのかもしれない。そう思えるほどに、そうとしか思えないほどに、ぼくは穏やかな気分だったのだ。胸に溢れるのは、きみへの風化した想いと、鮮やかな思い出だけだった。
「そっか……ってお前、それだけじゃあ、さすがにないだろう」
「だって、ねえ、それしか。仕方ないだろ」
「だっても何も……。お前、あいつのこと好きだったんじゃないのか」
「だったよ。でも、何年前の話だい。ぼくは向き合えてるよ、あいつの死に。第一、あいつの恋人はお前だろ」
 突然、家に押しかけて来た古い友人から聞いたのは、いつかの想い人の死。まるでこの世の終わりみたいな顔をした友人は、悲しいだとかそういった感情よりも、ひどく混乱しているように見えた。
 道を教えてくれと言わんばかりの目をしている彼を一瞥して、ぼくは庭に咲いている花に水をやった。
「だってさあ……お前といるときのあいつ、すごい幸せそうな顔をしてたんだよ。敵うわけないだろ、ばかだね。……死に目には?」
「……会えたさ」
「きっと、ぼくには分からないけど、あいつ……幸せだったんだよ。なあ、ぼくはお前じゃないから大丈夫だなんて言えないけどさあ……そんな顔してたら、笑われるぞ」
「……お前ってほんと、あれだな。いいやつ。……だから、もてないんだよ。いいやつ過ぎるんだ」
 その言葉を聞いたぼくは少しだけ笑った。つられて友人も笑った気がする。きみが死んだと聞いたこの日、ぼくのなかには何があっただろう。きっと花だ。心のなかにそっと咲いたその花は、いつまでも枯れずに輝くのだろう。それは、名前をつけたら永遠に輝きを失ってしまうものだ。ぼくにはそんな気がする。
「あいつ、ありがとうって言ってたんだよ」
「ああ、だろうね。あいつらしいや」
「心からありがとうって、そんな顔をしてた」
「お茶か何か飲むかい」
「……ああ。いや、水で十分だ。少し、思い出話をしないか」


20140702 執筆

 BACK 

- ナノ -