Long Journey



『たそがれの國』について



2017/03/17


 今日はびっくりするくらい寒い。そういえば、『たそがれの國』の着想を得たのも肌寒い日だったなということを何となく想い出して、今日はたそがれの國についてちょっと書いてみようかなという気持ちです。肌寒い日といってもたそがれの着想を得たのは秋の入りだったんだけどね(笑)
 『たそがれの國』は、夜明けの子どもたちが自らや世界の愛しい罪を抱いてはじまりの荒野まで歩いて往く物語です。それは黄昏に立ち向かう物語と言い換えることもできる。
 作中でメグも言っていたけれど、彼らは生まれたときからずっと「黄昏に立ち向かって」いるんです。息をしているだけで、生きているだけで。私たちも「黄昏」ではないけれど、生きているだけで何か途方もなく大きなものに立ち向かっているって思います。たとえば「未来」とか「過去」とか。歌を歌いながら軽やかに歩くこと、傷だらけでも呼吸だけはすること、どっちだって何だって、此処にいるってことはその途方もないものに立ち向かっていることの証明だと私は思う。そういうことが書きたくて、私はたそがれの國を書きはじめました。この世界への憎しみと愛しさを存分に込めて。
 『たそがれの國』を思い付いたのは二年前の秋、学校でぼうっと窓の外を眺めていたときです。窓から入ってきた風が冷たくて、その冷たい風に揺らされた木々の葉がかさかさと音を立てていた。まだ覚えてる。友だちはみんなつまらなそうに講義を聞いてて、そのときの先生はちょっと機嫌が悪かった。何となく、その日の夕焼けは綺麗だろうなとかそんなことを私は想像して、そのとき燃える黄昏を背にそびえる巨大な城の姿も一緒に見ていました。それがはじまり。そのとき想像していた王城が、のちの「王都アッキピテル」です。
 それから帰り道に、この世界を少し広げてみようと考えて友だちに「好きな動物って何?」と聞きました(この辺りで町や村の名前は動物で統一しようと決めました)。そうしたら友だちは「……シマウマ?」と答えて、兎やリスなんかを想像していた私は友だちのそんな思わぬ返答にちょっと笑い、だけどこのときの彼女の言葉がなかったら私は『たそがれの國』を書くことはなかっただろうなと思います。
 シマウマという動物から白と黒を連想した私は無彩色の研究施設を思い浮かべ、それから獅子に喰い荒らされたシマウマの姿を思いました。崩壊した前時代の研究施設。それがのちの「絶滅都市ゼーブル」。ちなみにですが絶滅都市といううたい文句を考えたのはその友人。きみのその直球な命名センス、愛してるぞ! ありがとう! 友だちと話している間は仮で「絶滅都市ゼブラ」という名前が付いてました。そのときのメモが未だに残っていたりして、見てみると「絶滅都市ゼブラ(仮)」って書いてあって懐かしいな。ゼーブルの着想を得てからは早くて、家に帰っては帰りながら考えていた都市や町の設定を一気にメモしたものです。
 いちばん最後に思い付いたのは「世界樹カメーロパルダリス」。そのとき私は友だちが降車してから一人電車に揺られ、窓から入る熱い夕暮れの陽射しが眩しくて、きっとウルグみたいなしかめっ面をして窓の外を睨んでいたと思う。ただ、その黄昏の色を私はまだ覚えている。赤というよりは濃い桃色で、今思うとあの色は魔獣の傷口から零れ落ちる紅水晶の色かもしれなかった(余談だけど紅水晶は「くれないすいしょう」と読みます。暮れない水晶)。
 学校からの帰り道にはいつも土手が見える。時折走ったりもしたけれど何処まで続くのかは知らない、長い長い道。そういえば何処から始まるのかも知らない。高い土手。そこに立つとひどく見晴らしがよくて、道は何処までも続いているように見える。空も遮られるものがないからずっと遠くまで眺められる。古びた橋や小屋、挨拶をしてくれるおじさん、犬の散歩をするおばさん……あの土手の上の景色は別の物語になってしまうけれど『手のひらのかがり火』で丹が自転車を漕いでいた場所とよく似ているような気がする。
 その土手を電車の中からぼうっと眺めていたら、一瞬、土手の向こうに立っている樹が見えた。見えたのはその日だけだったからあれは夕焼けの陽射しにやられてチカチカする目が見せた幻だったのかもしれません。大きな枯れ木でした。書けば書くほど幻だったような気がする。そのとき私は何となく「黄昏……」と思いました。『たそがれの國』という題名はたぶんその風景がきっかけで思い付いたもので、世界樹もおそらくはその枯れ木が原点となったのだと思います。
 一日の中でいちばん好きな空は夕焼け、けれど一日の中でいちばん嫌いな時間は夕方です。美しくて切ない夕暮れが好きで嫌い。友だちとの別れの時間、一日が終わりへと向けて歩き出す時間。母曰く私は小さい頃、夕暮れ時になるとよく泣いていたそうです。ああまた真歩が黄昏てる、と母は笑っていたらしい。たそがれの國を書きはじめてこの話を知ったとき、ちょっと運命的だなと思ったりしました。ともすると私もずっと黄昏に立ち向かっていたのやも! なーんて思ったりして(笑)
 ただ正直、書きはじめた頃はたそがれの國を完結させる気はほとんどなくて、ひたすら短編を書いて書いて、黄昏の真実は明かさないでそのままずっといろんな話を書き続けるつもりでした。その考えが変わったのは「風のつばさ、記憶のうた」を書いた後です。
 学校へ向かう途中、朝焼けが燃えていました。物凄く赤い朝焼け。誰かが火を放ったような赤。風が強くて雲は一つもない空は燃え、片方の頬はひどく熱かった。ただ、もう片方の空には朝焼けの代わりに丸い月が白々と浮かんでいて、その存在感に私はちょっと怯みました。何だ、何なんだこれは? その朝に『銀の双翼』、『光の枷』、『福音』、『月白の意志』、『暮れないねがい』がまるっと一気に私をぶん殴りに来たので、びびりにびびった私は尻尾を巻いてたそがれの國を完結させようと決意したわけです。
 『或る梟のこころ』から最終話の『はじまりの荒野』まで約五か月。たそがれの國は番外編を除くと総字数約十八万字です。遅筆代表のワタクシにしては怒涛の勢い。ここで書かないともう二度と書くことはできないというほとんど確信に近い思いがありました。書けないまま終わりたくはなかったので、書けてよかった……という気持ちです。
 調子づいて続編の『わが名はイリス』編なんかを今は書いちゃってますが、こちらもたいせつで愛しくて憎たらしい、私がずっと心に飼っている黄昏なのでどうぞまた夜明けまで一緒に歩いてくださったらなと思います。よろしくね。イリス以外にもアインベルや若かりし頃のクェルの物語もその内書きたいなと思っているので始まったらそちらもぜひ!
 いつも応援してくださっている方、たいせつなキャラクターを物語の中で度々お借りさせて頂いています皆さん、一緒に歩いてくださっている方すべてに感謝を込めて今日はこの辺りにさせて頂こうかなと思います! ありがとう、大好きだ! いやいや相変わらずですが私は話が長いね! 私の書く物語から、少しでも、たった一つでも何かあなたの心に残せることができたならそれ以上に嬉しいことはありません。ではでは、こんなところまで読んでくれてありがとう!
 今、黄昏に立ち向かわん! かのたそがれの物語は、今日の生まれる大地を歩み、いずれその名を冠す物語、そしてひとつの言葉となるあなたへ捧ぐ。汝の旅路に光あれ!




Sample Title



- ナノ -