novel | ナノ

月の兎は地球に住む

満月が夜空を照らす十五夜。街に点々と備えられている電灯が歩く二人の影を作る。
一人はやたらとテンションが高い。長く白い髪を揺らしながら跳ねるように歩く少女。ぶかぶかな白パーカーの袖を揺らしながら息をハァーと吐き、視界に白色として映るそれをケラケラ楽しそうに笑って見る。もう一人はその半歩後ろをついて行くように歩く少年。猫背と半分しか開いていない目は気怠そうな雰囲気を醸し出している。黒い髪は電灯の光によって青みを帯びている様にも見える。二人の顔の造形はどこか似ているが、見せる表情は真反対だ。
ふと、少年が何かを思い出したように顔をあげれば少女に声をかけた。
「ハクトー。」
「なにー?トモー?」
「買い物の内容忘れた。」
「やっべぇね!」
さも大事じゃないように少女は笑って答えるが、頼まれていたのは夕飯の材料なので大事だ。それを少年が指摘すれば「そうだった!」と言われて気付き焦り出す。
「えーと、えーっと。なんだっけ?」
「あー…晩飯のメニュー思い出せば…。」
「はいはいっ!肉!ヒカル兄さんが肉食いたいって言ってた!」
「あー、そういえば。そんでダイチ兄さんが野菜食えって言って…あ、キャベツの肉味噌炒めになったんだ。」
「じゃあキャベツと肉?!」
「その辺適当に買うかー。」
「てきとー、てきとー!」
ケラケラとまた楽しそうに笑うハクトと呼ばれた少女。そんな様子に頬を緩ませるトモという少年。
そんな調子で話していればあっという間にいつも利用するスーパーにつく。定価よりも安く売ってあるそこは大家族や成長期の子供がいる家庭の強い味方だ。店内に入ってカートにカゴをのせ、キャベツと肉を求めて歩く。
「キャベツは野菜?」
「そ。だから目の前。」
入ってすぐの目の前には野菜・青果コーナーがあり、そこに入る手前にはオススメの季節の果物が目に映る。この時期は柿が良く出回る。金が余ったら買ってみようかと思案しながらカートを押し、野菜の棚を見てキャベツを探す。
「トモ!キャベツ!」
斜め後ろから声が聞こえる。振り返ればレタスを得意顔で持ってきているハクトがいた。
「ハクト、それはレタスだ。」
「なんと?!ちがうの?」
「そ。キャベツは、もっとこう、しっかり丸まってる。」
と説明してみても、ハクトは何が違うのか分からない様子で首を傾げる。これは恐らく自分が説明下手だからだろうなと思いつつ、とりあえずそれを返してくるようにトモは言いつける。ハクトも言われた通り従順に返しに行く。その間にくるりと野菜コーナーを見渡すと、少し歩いた先に目的のキャベツを見付けた。戻ってきたハクトにそれを取ってもらう。
「これが、キャベツ…?」
「そう。それが、キャベツ。俺はレタスよりこっちのが好き。」
「へー!トモの好き、ハッケーン!」
にこにこと笑顔でキャベツをカゴの中に入れるハクト。あとは、と思考を巡らせて肉のコーナーに移動する。そこで問題が生じた。
「肉の種類どれだよ。」
「いぱーい!」
「えー…豚に牛に鶏…とりあえず馬は違うから、それしまえ。ハクト。」
「うぃっす!」
ハクトが興味深そうに手に取っていた馬肉を戻したのを見て、豚と鶏肉を見る。牛では無いのは分かった。
「ハクト、どれだと思う?」
「んー…あの、ちっちゃいの!」
「挽肉?豚?鶏?」
「とり!」
ビシィと指を指しながら元気よく答えたので鶏の挽肉をカゴに入れる。間違っていても、まぁなんとかなるだろう。楽観的な考えだが、料理なんてアレンジ色々出来るもんだし問題は無い。カゴの中を確認する。調味料は家にあったから食材だけでよかったはずだ。貰った小遣いでも余裕があるな、と計算を終えるとくるりと回ってまた青果コーナーに来る。
「トモ?」
「柿、買お。」
「なにそれ?」
「果物。秋のね。美味いよ。」
「食べる!」
決定。オススメの季節の果物コーナーから一番大きいと思った柿を速攻カゴの中に入れる。うん、このくらいだろう。会計へと進みお金を払う。お釣りで帰りに自販機でハクトにジュースでも買ってやろう。会計を終えて袋に入れるスペースへ移り、買ったものをしまう。ついでにレシートも袋の中に入れてしまう。そのタイミングで服の裾をクイクイと引かれる。なんだろうか、とハクトの方を振り向くと期待が篭った目でトモを見つめている。これはいつものアレだろうと分かっていながら「なに?」と聞く。すると片手をこちらへ差し出す。
「袋!ふくろ!」
「ん、じゃあ半分持ってくれる?」
「ん!」
案の定手伝いを求めたので、一つの買い物袋を二人で持つ事にした。スーパーを出れば凍える寒さに二人して身を震わせる。スーパーを出てすぐにある公園に、確かココアが置いてある自販機があったと思い出し、そちらへ足を進める。
「どしたの?トモ。」
「寒くない?ハクト。」
「ちょーさみぃ!」
「あったかいの、飲も。」
「飲む!」
短いやりとりをして、自販機の前に立つ。ココアがあるのを見てから一本分のお金を入れる。金額表示の場所にしっかり必要分あるのを見てココアのボタンを押し、ガコンと音がして出てきた缶を取り出す。それを隣で一連の動きをただ見ていたハクアに渡す。
「トモは?」
「いい。飲みな。」
「ありがと!でも熱い!」
「じゃあ、持ってな。」
「そうする!」
片手を買い物袋で塞がれているので片手で持つハクト。頬に当てたりして暖をとっている。嬉しそうににこやかに笑っていれば見ている側も微笑ましくなり、つい頬が緩む。
「行こ。」
「ん!」
そのまま公園を出て帰路につく。ココアに夢中なハクトの歩幅と合わせて歩けば自然と遅くなる。ふと見上げれば、家を出た時と変わらず大きな満月が夜空を照らしている。秋空の夜空は寒い空気のせいか星と満月が良く見える。
「ねえねえトモー。」
「んー?なに?ハクト。」
「今日の月、超丸くてでっかい!」
「あー。」
確かに、と頷く。
「ジャンプしたら届くかなー?」
「さーなー。」
適当に返すと、ハクトが突然「もって」と言う。いつもは最後まで手伝いはやり通すかは珍しいと思いつつ、トモは何も言わずに受け取って荷物を一人で持つ。それから暫く歩いて、ふと満月を見上げる。今年で生まれて十五回目の十五夜。にしても、今日のはいつもよりも大きく見えた。
「ほーっぷ。」
少し後ろから声がする。と、同時にタンと地面を蹴る音。
「すてーっぷ。」
「ハクト、近所迷わ」
「ジャーンプ!」
トモの声を遮るように発された言葉と、トモの視界に映る二つの白いモノ。それが兎の耳と理解した後に見えた、空へ浮く上下逆さなハクト。ぱし、と半ば反射的にハクトの手を掴む。ドサっと荷物が落ちる音が耳に入ってもトモはそれを気にしてる暇はなかった。トモの体が浮くことはないが、ハクトの足はまるでそっちに重力が働いているように月へ向いている。先ほど見えた兎の耳はハクトの頭の上にあり、意志を持っているようでぴくっと動いた。ヒュっとトモの喉がなる。いつもは気怠げなトモの目が大きく見開かれる。満月をバックにしたハクトは赤い目でトモを見つめる。
「ハクト、」
「トモ!おモチなんこ食べたい?」
「は?も、もち?」
唐突な言葉に二の句が出ない。なんで?と顔にデカデカと書かれているような表情のトモにハクトはいつもの調子で言葉を紡ぐ。
「あのね、満月にはツキウサギたちがおモチついてるの!トモ、さっきココアくれた!だからお願いしてもらってくるよ!」
「………。」
にこにこと笑顔でいう顔には善意しか感じられない。何も不思議じゃない、何気もない事だと言うような顔に、トモは何も言わずに掴む手を引く。
「うお?」
月へ向けられた足がトモによって重力が移り変わったように地球へ向く。けれど月への浮力はまだ残っているのか、しっかりと地に足はつかずふよふよと浮いている。
「おー?トモ?」
「かえろ。」
「でも、おモチおいしいよ?月のおモチ。トモ食べない?」
「いい。」
またふわふわと浮き出したハクトの体をぎゅっと止めるように抱きしめる。トモの行動にハクトはハテナマークを量産させる。そんなハクトに気付いているのかいないのか、トモは口を開く。
「餅なら家にある。でも、その前に夜ご飯。ヒカル兄さんとダイチ兄さん、首長くして待ってる。父さんと母さんも。母さんと一緒に作ろうよ。そんで、ご飯の後に、餅焼いて、一緒に食お。だから、あんな遠くに行かなくていいよ。」
ぎゅうっと抱きしめる力が強くなる。
「帰ろ。ねぇ、ハクト。」
「………うん。」
ふわふわと曖昧に浮いていたハクトの足がしっかりと地に着く。ぽんぽん、とハクトがトモの頭を撫でる。トモも抱きしめたまま片手をハクトの頭に移動させ滑るように撫でる。兎の耳の感覚は無い。暫くしてトモは顔を上げる。先程までハクトの頭にあった兎の耳も、赤い目もなくなっていた。けれどハクトの頬を撫でるトモの表情はどこか不安気だ。
「トモ!帰ろ!」
にぱ、と無邪気にハクトが笑顔を見せれば、やっと安心したのかトモの頬も緩む。
「ん。ハクト、持って。」
「うん!」
落ちていた買い物袋をスーパーを出た時と同じように二人で持つ。それからはまた、他愛もない話をぽんぽんとテンポよく交わす。何が楽しい。明日は何をする。帰ったら何をする。餅には何をつけて食べようか。様々なことを話しているうちに家の前につく。
「たっだいまー!」
元気よく大声でハクトは家の戸を開く。引き戸玄関を勢いよく開けばガラガラと大きな音を立てる。
「先行ってて。」
「はーい!」
荷物をハクトに任せて先に行かせる。リビングの方では兄であるヒカルとダイチがハクトに帰宅の挨拶と遅くれた事への文句を言ってるのが聞こえた。自分も入っていけば同じことを言われるのだろうと思いながら、トモは満月を見上げる。
「毎年言ってるけど…返してなんて、あげないから。」
一言残して、トモも玄関を潜り戸を閉める。明るく光の灯る家を満月はただ見つめていた。


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