庭園を散歩しながら、ぽつぽつと宵紅が昔のことを話してくれた。

「……事故で怪我をした後、俺の所にリーが見舞いに来てくれたことがあった」

宵紅と顔合わせしたその日に、宵里があたしに話してくれたことだ。

「その話、宵里からも聞いたわ。その時は……顔の傷が見られるのを嫌がった貴方に、怒鳴られたと」

宵紅が頷き、左眼を隠す眼帯を触った。

「この顔の傷を見たら、リーを怖がらせてしまうかもしれないと思ったんだ。だからあいつの事を思わず突き飛ばしてしまった。それでリーが大泣きしたんだ。その騒ぎを聞いて大勢俺の部屋へ集まってきた。あの時の、皆の俺を見る目。思い出すと冷や汗が出て来て、今でも忘れられない……」

そう言いながら宵紅はぎゅっと自らの腕を抱いた。その身体が少し震え出したので、あたしは思わず宵紅の背中を摩った。余程嫌な思い出なのだろう。
昨夜あたしが転んで尻餅をついた時の動揺ぶりにもそれは現れていたと思う。

「このままだときっとまた誰かを俺のせいで傷付けてしまうと思った。それが怖くて堪らなかった。だから誰にも会わないようにした。家族にすらも。そうして自分で自分を閉じ込めてしまうしかなかった……」

夜、静かな部屋で1人過ごしていると、いつも「このまま消えてしまいたい」という気持ちに襲われたのだそうだ。

「たまに部屋の外に出ることもあったが、俺の姿を見た奴等から、遠巻きに陰口を言われているのが分かった。…本当に惨めで、苦しい毎日だった。ある日、ふと自分の顔を鏡で見たんだ。何と表現すればいいのか……目に、光が全く無くてな。生きているのか、死んでいるのか分からないような。自分で自分が恐ろしかった」

宵紅の言葉に昔の自分を見たような気がして、胸が傷んだ。あたしもリッザオに居た頃はそうだった。陰口を叩かれて、心が荒んでいった毎日。

リッザオではあたしも妹の李花も周りから酷く気味悪がられていた。
宵里が言っていた通り、シャンナムカみたいな大きな国だと、人間と魔物の子なんてさほど珍しくもないようだけど。実際、シャンナムカの人達は誰もあたしの容姿について悪口なんて一言も言わない。

城にいた使用人達は、父上の目に届かないところであたし達を「不気味で中途半端な存在」だと言って苛めた。

負けん気の強かったあたしは、めげずに使用人達を返り討ちにしてやった。
昔から武術は得意だったし。
返り討ちにしたのは、自分が馬鹿にされた思いからというより、李花を泣かせたあいつらが許せなかったから。
……今思い出すと、ちょっとやり過ぎたかな、と反省してるところもあるけど……。

そんな事があったからか、李花は今でも家族以外の人間が怖いのだという。
宵紅が人前に出たがらないのも理由は似ているのだろう。過去の出来事は何年経った今も彼を苦しめている。心に受けた傷は、そう簡単に癒えるものではないのだ。

辛い記憶を思い出させてしまってごめん。そうあたしが言うと、宵紅は首を振った。

「いいんだ。話しておきたかった。お前には、聞いてもらいたかったから」

「……ありがとう」





「本当にここの庭園は広いのね」


あたしは少し宵紅の先を歩き、一度ぐるりと辺りを見回す。
この広さだ、1人で来てしまってはすぐに迷子になってしまうだろう。

「あっ。あそこに咲いてる花、綺麗ね!」

あたし達2人がいる場所から少し離れたところに、目を引く青い花が咲いていた。近くで見てみようと走ろうとしてつい足を滑らせた。

「きゃ……!」

思い切り尻餅をついてしまいそうなところを、宵紅がいつの間にかあたしの手を取って抱き寄せてくれた。

「大丈夫か?」

「……!ありがとう!」

宵紅の顔があたしの顔のすぐ近くにあって、握られた手も温かくて。瞬間、自分でも顔が真っ赤になったのが分かった。
宵紅は細身だけど、今こうしてあたしのことを力強く抱きとめてくれる。
ぼーっと、宵紅の顔を眺めてしまった。改めて近くで見ると、睫毛が長くて、顔立ちも整っていて……
そこではっと気付いたように宵紅があたしの身体から手を離した。

「気安く触れてしまってすまない」

「どうして謝るの?宵紅のお陰で助かったわ」

改めて礼を述べると宵紅は苦笑する。

「……今迄、遠ざける為にとは言え随分とお前には嫌な思いをさせてしまった。俺がどんな酷い言葉を浴びせても、毎日尋ねてくれていたな。その事も謝らねばいけないと思ってたんだ。正直、俺の事が怖かったんじゃないか?それなのに、お前はそうやって俺に笑い掛けてくれるんだな……」

あたしは宵紅の言葉に首を振る。

「あのね。言っとくけどあたしは宵紅のことが怖いだなんて一瞬たりとも思った事ないよ。それに毎日毎日、ああして無理にあなたの部屋に押し掛けていたんだもの。あなたが怒るのは当たり前だわ。でもあたしは頭が良くないから、宵紅を外に連れ出すためにはあんな方法しか思い付かなくて……ごめんね」

「麗月が謝る必要なんてない……。お前が居てくれたから俺は……。俺の方こそ、本当にすまなかった」

宵紅は申し訳なさそうに頭を下げ、あたしに謝罪した。あたしは慌ててその顔を上げさせる。そして、軽く宵紅の頬をつねった。
宵紅は目を丸くする。

「お互い様よ。ねっ、もう気にしないで。今度そんな顔したらまたこうして頬をつねっちゃうから」

そうあたしから言われて宵紅は、ふっと小さく笑った。

「そろそろ、戻った方がいいかもしれないな」

「あ…、うん」

折角なら2人きりの時間をもっと楽しみたかったな。少し残念に思いながら、あたしは頷いた。



侍女たちから話を聞いていたのか、戻ってみると静宵が真っ先に声を掛けてきた。
どうやらあたし達の帰りを待っていたようだ。

「おはよう、お二人さん!まあ〜フェイってば、今日は随分早起きしたのねえ。こんなの何年ぶり?」

笑顔であたし達を迎えてくれた静宵は、宵紅の背中をぽんぽんと軽く叩いてる。その様子や声のトーンで、すごく嬉しそうなのが分かる。

「何だ、ジン。ニヤニヤしやがって…」

宵紅が少しムッとした表情を見せたけど、それは照れ臭さの裏返しみたい。静宵にもそれはお見通しらしく、また嬉しそうに笑っていた。

「ホホホ。さ、いらっしゃい。朝ご飯を頂きましょ。皆アンタ達が戻って来るのを待ってたのよ〜」


静宵が大広間に入る扉を開けると、真っ先に宵里がこちらへ駆け寄ってきた。宵紅に抱き着き、そのまま腕を絡ませた。

「フェイ兄さま、麗月姉さま!おはよう〜!早く朝ごはん食べましょ!私フェイ兄さまの隣に座る〜!」

宵里は、あたしと宵紅に満面の笑顔を向け、ぴょんぴょん跳びはねてはしゃいでいる。まるで子犬みたいで可愛らしい。

「リー。朝からうるさいぞ」

宵紅が宵里の頭をわしゃわしゃと大雑把に撫でた。「きゃー」と悲鳴を上げる宵里。でもその顔は嬉しそう。

「やーん、フェイ兄さまに頭を撫でてもらえるなんて久しぶり!もっと撫でて〜!」

「はいはい、リー。嬉しいのは分かるけど落ち着きなさい。さあ席について」

「あーん、兄さまぁ〜」

乱れてしまった宵里の髪の毛を静宵が手櫛で整える。そのまま背中を押して椅子に座るよう促した。
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