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「…お嬢のお気持ちはよく分かりました…」

タージヴァルの勢いにすっかり気圧されたファラーマルズ。タージヴァルの両肩を軽く掴んで自分の体から離す。そして、ひとつ咳払いをする。

「お嬢を連れて回る訳にはいきませんよ。途中で何が起こるか分かりませんし…サミア様はおれがちゃんと連れ戻しますから…」

「要はわたくしを足でまといだと思っているのですね?それに…ファラーマルズ。あなた、サミア姉様を連れ戻す気なんて更々ないでしょう?」

タージヴァルのその言葉に、ファラーマルズが反応する。

「…何故そう思われるんです?」

その問いに、タージヴァルが不敵に笑った。

「わたくしは知っていますのよ。あなたがアザリー家にやってくる前は一体何をしていたのか。そして、今日までこっそりと…"あちら"と手紙のやり取りをしていたことも」

「手紙って…」

ファラーマルズが言いたいことを察したのか、タージヴァルはまたしても笑みを浮かべた。

「しらばっくれようとしても無駄ですわ。あなたの部屋に忍び込むことぐらいわたくしには容易いことでしてよ?」

「なんつー手癖の悪さ…」

ファラーマルズは思わず右手で顔を覆い、大きな溜息をつく。

「…だけど、それなら、おれの『事情』は分かってくれたでしょ?おれはサミア様を探し出して、シャンデーヴァへ連れて行かなきゃならない」

タージヴァルが溜息をつき、頷く。

「ええ。分かりますわよ…けどそれはあなたの事情でしょう?わたくしはわたくしで姉様を追い掛ける必要があります。そこは同じ。ですから、連れて行きなさい、と言っているのですよ」

タージヴァルの命令にもファラーマルズは動かない。

「おれ1人ならともかくとして…。お嬢までこの家を出ちゃった日には、旦那様がそれこそ血眼で探すでしょうよ。旦那様がどれだけあなたを溺愛してるかは、御自身が一番感じていらっしゃるでしょう…」

サミアの後に産まれたタージヴァルは、父のカーレッドから大きな寵愛を受け育った。
サミアと比べればあからさま過ぎるとも言える扱いの違いーー

「父様に黙ってこの家を出る気ではありませんわ。…姉様が何処へ行かれるおつもりなのかは分かりませんけれど、"結果的には"シャンデーヴァへ向かうことになるはず。そうでしょう?であれば、わたくしも同様にシャンデーヴァへ行く理由を作れば良いのですわ」

一体どんな、とファラーマルズが尋ねる。

「わたくしも色々考えましたけれど。あなた宛てのお手紙を利用してしまえば良いと思いませんこと?」

タージヴァルの考えを察するファラーマルズだが、すかさず首を横に振る。

「いや…お嬢。利用ってそんなのすぐバレるに決まってるでしょ」

「そうでしょうか?むしろ父様はわたくしを喜んでシャンデーヴァへ送り出す筈ですわ。その為のちょっとした工作はあなたに手伝って貰わないといけませんけれど」

「おれがそこまでする意味はーー」

「今のあなたの直接の主人は、わたくしでしょう?主人の命令が聞けないとでも?」

タージヴァルは自身の胸に右手をあて、ファラーマルズをじっと見上げる。

「……」

「…手段はどうあれ、わたくしは姉様にお会いしたいだけですわ。それは分かってもらえますね?」

「…はあ。正直、なぜお嬢がサミア様にそれほどの思いを持たれているのか…。だって、さっきお嬢も仰ってましたけどろくに顔を合わせた事すらないんでしょ?」

タージヴァルがふっと俯いた。

「…だからこそですわ。昔、この邸から姉様の住まわれていた離れ屋敷を見ていた時に、姉様が外に出て来たことがあったのです。その時の姉様の寂しげなお顔。今でも忘れられませんわ…」

ともすればサミアは、自分の受けられなかった両親からの愛情を一身に受けるタージヴァルのことを酷く恨んでいるのかもしれない。
追い掛けて、会ってみたところでーー「顔も見たくない」と拒絶されるかもしれない。
それでも、

「本来なら普通の家族として、姉妹として…幸せに過ごせるはずだったこの十数年の空白を、取り戻したいのですわ。わたくしは…」

再度切なげな光を宿すその瞳に、ファラーマルズはついに観念した。

「ああ、もう。お嬢には敵いませんね。分かりましたよ…」

タージヴァルはたちまち笑顔になる。

「ええ!それでこそ、ファラーマルズですわ」

顔を逸らして何度目かの溜息をついたファラーマルズだが、タージヴァルの方へと向き直る。

「それで…旦那様を欺く手立てというのは?」

「ええ、多少手の込んだ偽装が必要ですわねぇ」

タージヴァルが、ファラーマルズに耳打ちする。

「それは…。正直、時間はあまり使いたくないですね。おれは急ぎサミア様を追い掛けたいので」

「でしたらその分、急げばよろしいのですわよ!さあ、忙しくなってきましたわね」

タージヴァルが無邪気にファラーマルズの手を引く。

「忙しいのはおれだけでしょ」

つん、とそっぽを向くタージヴァル。
2人はそのまま廊下を歩いていくーー。

姉に会えるという期待に胸を膨らませるタージヴァルと、今後のことを暗じ複雑な表情のファラーマルズ。
ーーなんとも、対象的であった。

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