泊まっていくよう勧められたが、早く宮廷に戻らなくては、と言うと、ダーシンも納得した。
「今度からはもっと小まめに顔を出せ」と送り出され、サオサを後にした。
ゆっくりと歩く道には、足跡が残り、やがてまた降り出した雪に消えていく。
「ううう、寒いわね〜、次に来るときは春がいいわ!ね、ユエラン」
「…ええ」
「……お父様、いい方ね。お母様もきっと素敵な方だったのね」
「……姫君、その話はもう…」
「んもう!ねえユエラン、いい加減その「姫君」ってやめにしない?堅苦しいの、私嫌いなのよね…今度からはジルちゃんみたいに呼び捨てでいいわ!シャオリーって…って、ユエラン!?」
「…え」
ユエランの目からは涙が流れていた。
「大丈夫!?」
「…何がですか」
「だって、あなた、泣いて…」
そう言われて初めて自分が涙を流していることに気が付いたらしかった。
「…分かりません」
「え…?」
「何故、涙が出るのか…自分にも…分からな…」
立ち尽くすユエランを見て、ああ、やはりーーと実感した。
そっと腰に手を回し、ユエランを抱き締める。
この人は、感情を捨てた訳ではないのだ。
ただ、いつだって、悲しみも寂しさも、押し殺して生きてきたのだ。
母親と同じようにーー。
「もう、我慢する必要なんてないのよ」
シャオリーの言葉に、ユエランは静かに嗚咽を漏らした。
とある日の宴の席ーー
ティニティアの高官達を招いた賑やかな夜。
酒を飲み、気を良くしたシャオシェンがユエランを手招きして言った。
「お前は、ティニティアの姫にもいたく気に入られているそうじゃないか…そろそろ身を固めてもいい歳だろう、どうなんだ?」
「生憎ですが…僕にはもう心に決めた人が居ますから…」
「ほう!?どこの娘だ!?」
皆の興味がその話題へと向かう中、シャオリーは妹たちとお喋りをしていた。
耳の良い麗月が、話題を聞きつけシャオリーへ耳打ちする。
「ねえシャオリー、あの人、結婚するみたいよ?」
「え?誰が?」
「ユエランよ!」
「ユエ……」
ふと気付くと、そのユエランがシャオリーの前に立っていた。
一斉に驚き、盛り上がる一同に、事態が呑み込めないシャオリーは大慌て。
「え、な、なに?」
「あーらヤダ、リーったらいつの間に彼とそんな仲になったの?」
ころころ笑うジンシャオの隣で、シャオフェイが怒りの形相を浮かべていた。
「リー!!まさかお前本当にそいつと結婚するつもりか!?」
「け、結婚!?」
「あら!それはおめでたいことだわ!」
麗月がはしゃぐ。居ても立ってもいられず、ユエランの手を引いてシャオリーはその場から逃げ去った。
宮廷の中庭に出る。
急に走って乱れた息をようやく整え、ユエランに詰め寄った。
「ど、どういうつもりー!?寄りにも寄ってみんなの前で!ユエラン、あなた酔っぱらってるの!?」
「いいえ。酒は一滴も飲んでいません」
あっさりとユエランが返す。
「…じゃ、じゃあ…何のためにこんなおふざけ…」
「ふざけてやったことではありませんよ。貴女が、我慢するなと言ってくれたんじゃないですか」
ふっと、ユエランが微笑んだ。
「好きです…シャオリー。貴女のことが、とても」
「…!」
その笑顔を見た途端、ぼろぼろとシャオリーは大粒の涙を流した。
今度はユエランが驚いたようで、ぎょっと目を丸くする。
あの時からーー
ずっと見たかった彼の笑顔が、今確かに、そこにある。
「…すみません。迷惑ならば…」
「迷惑なんかじゃない!」
首を振り、ぎゅっとユエランに抱き着いた。
「…嬉しい、ユエラン…私もあなたが好きなの…大好きよ」
泣き笑うシャオリーに、ユエランも優しく微笑(わら)った。
強く抱き締め返され、痛い、と怒るシャオリーを、ユエランはそのままずっと抱き締めていたーー