「今頃あちらさんはどうなってるんスかね…」
道半ばで一旦休息を取っていると、ルアンが呟いた。
例えエリヤの説得に第一王子のアスカや父王が応じなかったとしても、シャンナムカに戻るまでの時間稼ぎは十分に出来ているはずだ。
「此処で案じていても仕方ありません。一刻も早く戻るとしましょう」
ユエランが促すと皆立ち上がり、馬に乗る。
「姫君」
「あーん、また乗るのお…」
「!」
「ねえユエラン、もう少しゆっくり…もがっ、?」
急にユエランの手がシャオリーの口を塞いだ。
「……足音。こちらに近付いて来ていますね」
「え、マジスか?まさかもう追い付かれたんスか」
「いや…早過ぎる。恐らくは野盗だと思います」
兵士達が一斉に構える。
「姫君、貴女は彼と共に隠れていてください」
「う、うん」
下卑た叫び声と共に現れたのは、ユエランの推察通り二十人程の野盗だった。
旅人などを襲い、金目のものを強奪するのが目的のようだ。
茂みの中にルアンと共に隠れたシャオリーは、震えながら悲鳴が止むのを待った。時折聞いたことのない嫌な音がして、耳を塞ぐ。
平和な宮廷の中で育った少女には、堪えるものがあった。
「…終わったみたいス、ね」
どのくらい時間が経ったのか。或いはあっという間だったのか。
「…ゆ、ユエラン!」
「あっシャオリー様、ちょっと」
茂みから飛び出したシャオリーは、真っ先にユエランに駆け寄る。
「姫君、何してるんです?危ないですよ」
「ユエラン…大丈夫…なの?」
「はい」
あっさり答えるユエランの周りを見回すと、野盗は全員縛られて身動きの取れないようになっていた。
痛みに呻き声を上げる野盗達とは反対に、近衛軍は全くの無傷で、息を切らしてもいない。
「さすがに強いスね、近衛軍ってのは」
ルアンのその言葉に、野盗の一人が反応した。
その男が呟いた言葉を、シャオリーは聞き逃さなかった。
「…近衛軍、だと?ってことはシャンナムカの人間か…一人"よそ者"が混じってんじゃねーか…」
「(え?)」
よそ者、とはどういう意味だろう。
ぼうっとしていると、ユエランに早く馬へ乗るよう促された。
彼の白銀の髪が目に入る。
シャンナムカでは殆ど見かけることのない、珍しい色。
もしユエランがシャンナムカの人間ではないとしたらーー?
「ちょ、ちょっとあなた!」
「ああん?」
シャオリーはその男に話し掛ける。
「今のよそ者ってどういう意味!?誰のこと!?」
「…な、なんだてめーは…あそこのタッパのある銀髪の兄ちゃんだよ。シャンナムカの人間じゃねーだろ、あんな髪の色。それに一部だけ染めた髪。最近じゃあやってる奴はめっきり見かけなくなったが、ありゃテルアの古い習わしじゃねえか」
そういえばエリヤも、髪の一部を赤に染めていた。
じゃあ、ユエランはテルアの人間なのだろうか?
その彼がシャンナムカの近衛軍に居る理由は?
…密偵?
父に近付いて、隙を狙い、殺す為?
そんなはずはない!飛躍し過ぎている。
現に今だって、自分たちを守ってくれているではないか。
「シャオリー様!さっさと行くっスよ」
「あ、うん…」
「どしたんスか?ぼーっとしちゃって」
「何でもないわ」
また暫く馬を走らせていたが、再度休息を取ろうということになった。
各々が仮眠をとったり水を飲んだりして過ごしているなか、シャオリーは見張りをしていたユエランに話し掛けた。
「…ゆ、ユエラン」
「何ですか?」
「…ええと…」
何と話を切り出したらいいのか、少し考え。
「そうだ!エリヤ達、どうなったかしらね」
「そうですね。どうにか彼が上手くやってくれるのを願うしかないですね」
「うん…シャンナムカにも早く戻りたいな。兄さま達にもいろいろと伝えることがあるし。皆元気だといいけど」
「…貴女って意外と家族思いですよね」
「意外とって何よ!」
「いえ、特に深い意味はありませんが…貴女のような人というのは、わが身のことしか興味が無いのだろうと思っていたので、多少驚いただけです」
「失礼ねっ!私には家族の皆が一番大事なんだからあ!」
シャオリーがそう反論すると、ユエランは少しの間、遠くを見詰め、やがてまたシャオリーへと目線を合わせた。
「…そうですか。そんなに大事なものがあるというのは羨ましいですね」
「…あなた、家族は?出身はどこ?」
「故郷は…サオサという、特に何もない小さな村です。家族は居ますが、随分前に家を出たので今どうしているかは知りません」
サオサというのは、北に位置する山に囲まれた村だ。
冬は雪に包まれ、サオサへ続く道は「春待峠」とも呼ばれる。
やはり、シャンナムカの出身なのだ。シャオリーはほっとした。
「会いに行ったりとかしないの?」
「しませんね」
「どうして?さみしくならない?」
「…寂しい?」
初めて聞く言葉でもあるかのように、ユエランは聞き返した。
「そうよ。どんなに長い間離れていたって、家族なんだもの。会いたいって思うでしょ?会えなかったらさみしいでしょ?」
「そういった下らない感情はとっくに捨てましたから」
ぞくりとするような冷たい声だった。
「下らないって…」
「軍の人間としてですよ。そんなものは要らない」
「そんな、本当に捨てるなんてできっこない。軍の、とか言う前にあなたは一人の人間よ?」
「…自分の物差しだけで語るのはやめて頂きたい。貴女が知らないだけで、こういう人間だって居るんです。理解は出来ないでしょうがね」
「そんなこと言って欲しくない!」
「でしたら、もうやめにしましょうよ。分かって貰おうとは思いません。これ以上話していても無駄です」
「……」
それきり、お互い何も言わなくなってしまった。
結局、シャンナムカの宮廷に戻るまで、一言も言葉を交わさないままだった。