BrillantA

翌日、ラスはいつものように店を始めていた。
店内には一人、常連客の悪魔がテーブル席でコーヒーを飲みながら読書をしている。
そしてまたドアが開き、新しい客が入ってきた。

「いらっしゃ…、」

その客の姿を見てラスが目を丸くする。
そこにはリリノアが立っていた。そわそわとした様子でーー手には白い紙袋を持っている。

「君は……」

「昨日はお世話になったから…お詫びとお礼に来たの」

相変わらずぼそぼそと小声で話すリリノア。
ずい、と手に持っていた紙袋をラスへ差し出す。

「…これは?」

「……お菓子。手持ち無沙汰も何だと思ったから」

「気を遣わなくても良かったのに…。いや、せっかくだから受け取るよ。ありがとう」

ラスが微笑むと、リリノアが照れ臭そうに目線を逸らした。
そんな様子を見て、先客の悪魔ーービビッドピンクの長い髪をふたつに結び、黒縁の眼鏡を掛けた少女ーーが、にやにやしながらラスに声を掛けた。

「おい、おい。お前いつの間に天使と知り合ったんだよ?もうやる事やったのか?」

ラスがため息をつく。

「…彼女とは昨日知り合ったばかりだ。すぐそういう方向に持って行くのはやめろ、キアーラ」

「いてぇな」

ラスから軽く頭を叩かれた悪魔の少女ーーキアーラは、リリノアを上から下まで眺めた。

「ふーん?ま、今度じっくり話聞かせろよ。あたしが居ちゃ話しづれーだろうから今日の所は帰るわ」

ひらりと手を振りキアーラは店を後にした。

「すまない、よく店に来る常連なんだが…一応、悪いやつではないんだ」

ラスがぽかんとしているリリノアに声を掛ける。向き直ったリリノアは、いいの、と首を振った。

「……ところで、昨日はごめんなさい。わたし、情緒不安定なところがあって…あんな風に急に涙が出たり、叫んだり…」

「いや、確かに驚いたが、気にしなくて良い…。今日はわざわざ俺の店に来る為だけに天界から?君の友人の…ルシアンだったか。結局まだ会っていないのか?」

リリノアは頷いた。

「…あのひとには会わなくていい。いえ、会わない方がいいの。お互いの為にも」

「……」

それ以上、ラスは何も聞くことは出来ない。

「…立ち話も何だし…何か飲むか?」

リリノアが頷いた。

「……ええ、紅茶がいいわ」

「分かった…好きな席に座ってくれ。すぐに用意するよ」

湯を沸かし、紅茶のリーフをティースプーンにとる。
昨日はハーブティーだったので、今日はブラックティーを、と、ダージリンを選んだ。
白のティーポットに湯を注ぎ、砂時計で時間を計り、その砂が落ち切ったところでティーカップに紅茶を注いだ。
ふわりと香りが立ち込める。
リリノアがうすく目を細めた。

「いい香り…」

リリノアが呟いた。ラスはそれを聞いて少しだけ微笑む。

「ダージリンティー。熱いから、火傷しないように…」

「…ありがとう」

一口、リリノアが紅茶を口に運ぶ。
ほっとしたようにまた目を細めた。
暫く無言のままだったリリノアが、ラスを見つめて問いかける。

「…もしもあなたが、大切なお友達に酷いことをしてしまったら…。あなたは、どうする?謝って許してもらう?」

「…それは、そうだな」

ラスの答えにリリノアが頷く。

「ええ…大抵の人はそうよね…。自分が悪いのだから謝るのが道理だわ…だけれど、わたしにはそれすら許されなかった」

「…?」

「わたしはーー、最近まで天界の牢に入れられて常に監視されていたの」

「牢に…、君が、?」

ラスが目を白黒させる。
牢?
つまり彼女は何らかの罪を犯しその懲罰を受けていた?
しかしそれは目の前に座る儚げな少女とはまるで結びつかない。
ましてやリリノアは天使だ。
ラスの持つイメージの中の天使というのはーー皆穏やかで、当然争いごとを嫌い、神を崇拝し、日々清廉に生きている者達。
それが…。

戸惑うラスの顔を見て、リリノアが苦笑する。

「話せば長くなるのだけどーー」

そう前置きしてリリノアは自らの過去を語り始めた。

「今はこんなだけど…わたし、こうなる前は、天界でも一番の優等生だったのよ…」

自らをそう評したリリノアは、自嘲気味に少しだけまた笑みを浮かべた。

「…わたし達はね、まず一人前の天使になるまでのステップとして、ええと…通じるかしら、学校みたいなものに通うの…。わたし、凄く努力して、そこでは常にトップの成績をおさめていた。皆からは憧れの視線を送られて、…心地よかったわ」

最後の一言で、ぐっとリリノアの表情が曇った。
ふう、と息をつきまた話し始める。

「そんな時に出会ったのがルシアンだった。彼は天使とは思えないくらい高圧的で無愛想だし、酷くマイペースで、授業もサボってばかりの問題児。だけどわたしは何故か彼のことが気になって…、最初は鬱陶しがられていたんだけど、話をするうちに段々と彼が心を開いてくれているのが分かった。彼と過ごす時間が、何よりの楽しみに変わっていたの」

それが何故、決裂することとなったのか。
ラスには今のところ皆目検討もつかない。黙ってリリノアの話を聞き続けた。

「立派な天使として認められるための最後のーーいわゆる卒業試験のために、皆頑張っていた。その試験は二人一組、パートナーを組んで望むことが決まりよ。言わば運命共同体ね。どういう基準でパートナーが選ばれるのかは分からないんだけど、ルシアンのパートナーになったのはわたしではなかった。レノール、という女の子だった」

パートナーとして組んだ相手とは、卒業後もずっと…いわゆる「仕事」のパートナーとして過ごすこととなるーーと、リリノアが補足した。

「当然学校ではパートナーと居る時間か多くなるわ。もちろん、ルシアンとレノールの二人もそうだった。わたしはすっごく寂しかった。ルシアンと話すことが少なくなっていって、レノールはルシアンとどんどん仲良くなっていく。ルシアンの一番がレノールになっていく。わたしではなくて、レノールに!そのことが…わたしはどうしても耐えられなかったの…!」

頭を両手で抱え、苦しげに肩を揺らす。
ラスはそれ以上話さなくていいーーと、リリノアの肩を摩ったが、リリノアは続けた。

「……レノールを、ルシアンには気づかれないようにと、こっそり呼び出したわ。わたしのルシアンに手を出すのは止めて、と、わたしは彼女に怒鳴った。そこからは記憶が無いの。気が付いたら、薄暗い牢の中に居た……」

徐々にリリノアの声はか細いすすり泣きに変わった。

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