Brillant@

冥界。

その言葉を聞き、人々が持つイメージとは裏腹に、そこはまるで人間界ーーいわゆる「現世」で言えば西洋の街並みーーに、非常によく似ている。街を行き交うのは黒い翼を持った悪魔達。彼等はあまりお互いに興味を示さず、単独で行動することが多いそうだ。

そんななか、とある通りを一人の悪魔が歩いていた。
長身の青年だった。褐色の肌に、暗いブルーアッシュの短髪。服装は至ってシンプルに、トレーナーとジーンズ。そして背には黒い翼。
右手には野菜等の食材が入った袋を持っていた。

名前を「ラス」という。
買い物帰り、自宅のある通りへと足を向けていた。

料理が趣味だというラスは、こうしていつもあらゆる食材を買い込んでいく。
悪魔に「空腹感」というものはない。何も食べなかったからと言って死ぬことはないーーが、退屈を紛らわすためのひとつの手段として、彼は料理にのめり込んでいた。
悪魔の「本業」の傍ら、小さなカフェも営んでいるほどであった。

いつも通る道でーー今日はとても珍しい光景を見た。
ふらふらとした足取りで歩く一人の天使がそこにいたのだ。人間に例えれば十六歳程度に見える少女だった。
ひどく痩せており、顔色も悪い。濃紺のワンピースから覗く脚は今にも折れそうな程に細かった。
長い前髪に隠れてよく見えないが、泣いているように見えた。
くすんだグレーの髪は、腰の長さまで伸びている。

ラスの正面から歩いてくるその天使は、目もうつろだった。悪魔であるラスが、思わず何とも言えない不気味さすら感じるほど、異様な雰囲気を纏っていた。

すれ違いそうになった時、思わずラスはその天使を呼び止めていた。何故そうしたのかはーー彼自身にも分からなかった。

「おい、待て」

ラスの呼びかけに天使は一切反応せず、そのまま歩いていく。
ラスは早歩きで歩み寄り、天使の腕を軽く掴んだ。
ーー腕も、ひどく細い。ポキリと折れてしまいそうで、思わずラスはどきりとした。

「……?何か用ですか…?」

天使が目を白黒させる。前髪の隙間から除く大きな瞳もまたグレーの色をしていた。
目の下にはひどい隈も出来ていてーー、よく見れば泣き腫らした後のようにも見えた。

「あ、いや…」

戸惑う天使から腕を離し、一呼吸置いて問い掛けた。

「…天使がこんな所で何をしている?」

「……」

聞かれた天使は怪訝そうな表情を見せた。
ラスを警戒しているのだろう。

「……その、俺は、冥界で天使を見たのは初めてだし、何か…君はただならぬ様子だったから、つい気になって声を掛けたんだが…」

あくまで敵意の無いことを分からせようと、ラスは出来るだけ柔らかい声を出した。

「……」

しばらくラスの顔を見つめた後、天使がぼそぼそと口を開いた。

「…ここに住んでいるお友達に会いに来た。それだけ」

「友達…」

天使と悪魔は、その昔は種族間で対立していたという。しかしそれは今となっては笑い種の昔話でーー今はお互い「天界」と「冥界」を自由に行き来できるようになっている。
この天使も、つまり悪魔の友人に会いにやって来たと言うことだろうか?

「君が泣いているのは、その友達と喧嘩でもしたからなのか?」

急に天使がラスを睨んだ。
ラスはぎょっとする。と言うのも、天使が唇を固く結んだまま、その場でわなわなと震えーーそして大粒の涙を流し始めたのだ。

「ああああ!どうしてわたしはこんなに醜いの!こんなんじゃあ、ルシアンに会う資格なんてない!」

そして人目もはばからず大声で泣き叫ぶーーラスはそのまま固まってしまった。
道の真ん中でワンワン泣く天使ーーあまりにも目立ちすぎる。実際、何事かと野次馬が集まり出していた。

我に返り、とにかくまずは落ち着かせようとラスは自らが営む近くのカフェへと天使を連れて行く。
「本日休業」の看板を出し、小さな店内のソファー席へと天使を促した。相変わらず嗚咽を漏らし泣き続ける天使へとタオルハンカチを差し出す。
天使が涙を拭いている間、ミネラルウォーターをポットで沸かしーーカフェのドリンクメニューの一つであるカモミールティーを淹れる。

白いティーカップをソーサーにのせ、カモミールティーを注ぐ。それをそっと天使に差し出した。

「……ここはあなたのお店なの?」

涙声ながらも天使が聞いてきた。
ラスはそうだと頷く。

「趣味でやってるだけだが…」

そうなの、と頷く天使は、ティーカップに手を伸ばした。細い指が震えていたが、カモミールティーを一口飲むと安心したようにほっと息を漏らした。

「美味しい」

無表情ではあったが、青白かった頬に少し赤みが差していた。
名前を尋ねると、天使は「リリノア」と答えた。

「リリノア……。こちらもまだ名前を言っていなかったな。俺の名はラスだ」

「ラス」

リリノアは呟くように名前を繰り返す。

「少しは落ち着いたか?」

「ええ…」

詳しく事情を聞けばまた泣き喚いてしまうかもしれないと思うと、質問するのははばかられた。
そんなラスの気持ちを察したのか、リリノアから口を開いた。

「わたし、さっき、お友達に会いに来たと言ったけれど…駄目だったの。会えなかったの」

たまたま留守だったと言うことなのか。
それにしてもあれだけ泣く理由にはならないだろう。ラスは少し首を傾げた。

「…大切なお友達だったのに、わたし、その子にひどい事をしてしまって…。でも、それは許してもらえたの。それで、でも、わたしから改めて謝りたかったのだけど、今日、勇気を出してこちらに来て…その子の家に行く前、たまたまその子を遠くから見掛けたの。とても幸せそうだった。その様子を見たら、もうわたしはその子に会わない方がいいと、思ったの…」

「それが、さっき言っていたルシアンという友達か?」

こくりとリリノアが頷いた。
「ルシアン」と言うのは聞き覚えのある名前だった。
元々は天使だったが、とある問題を起こしてしまい天界を追放になった。
ラスはその彼の姿を見たことは無いものの、今は堕天使となり、冥界に用意された大きな屋敷に住んでいるーーと。当時は悪魔達の間でも話題になっていた。
ルシアンが堕天使となるきっかけになった「とある問題」に、このリリノアも何か絡んでいるのだろうか…?

「…そうだったのか。…俺は君達に何の関係もないし、初めて会った奴のこともあれこれ詮索するつもりもない。落ち着くまで、ここでゆっくりするといい」

どうもありがとう、とリリノアは小さく呟いた。
その瞳に、また涙が滲んでいるのが見えた。

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