小説 | ナノ


ピアスンの忘れ形見。慈しむように腹部を撫でる乙撫の姿に、乙撫もお腹の子供もオレが守ってやらなくちゃって心の底から思った。そのためならなんでもするって一人で意気込んでよ。
ピアスンから託されたブラックバードでセキュリティの保管庫に忍び込んでは、金目のものやカードをかっぱらった。まぁ何回かはしくじって、ご覧の通りの有り様になっちまったんだけど。
乙撫はもちろんオレを止めた。こんなことしちゃダメだって、自分のことは自分でなんとかするからって、自分を大切にしろって。だからオレは言ったんだ。心配することなんざなんにもねぇ。このくらいどうってことねーし、乙撫に迷惑かけねぇようにする。
なのに、乙撫は悲しそうだった。

オレが心配をかけちまったからだろうか。それとも、ピアスンを喪った悲しみが尾を引いたのか。
ある日突然、額に脂汗をにじませながら乙撫が腹部の激痛を訴えた。
一体何が乙撫に起こってるのかわかんなかったが、それでもひしひしといやな予感だけはしていた。苦しむ乙撫を担いで、マーサハウスに駆け込んだ。後はもう、オレには祈ることしか残されてねぇ。結局肝心な時にオレはなにもしてやれねぇんだ。
それが無償に腹立たしかった。

そしてマーサとシュミット先生の尽力も虚しく、乙撫は――流産した。
乙撫の嘆きは相当のもので、みるみるうちに元気を無くしていった。朗らかな笑顔と、歌声も。
生きる気力を完全に失っちまってたんだろう。
死にたい、と消え入りそうな声で乙撫は言った。

「……え」
「クロウがマーカー増やしてまで面倒見てくれようとしたピアスンの子供、私守れなかった……謝って済む問題じゃないけど、ご、ごめんね」
「乙撫」

頼りなく震える声と真っ赤になった目からぼろぼろ落ちる涙に、オレは最初うろたえることしか出来なくて。

「私みたいなダメな奴、生きてても意味ないよね。クロウにも迷惑かけちゃうしさ……っ
いっそ死んだほうがいいのかなって」
「やめ……」
「赤ちゃん楽しみにし、してくれてたのに、本当にごめんね。ごめ」
「乙撫!!もういいって……!!」

乙撫の心は、もうズタズタのボロボロだった。もし心の傷から実際に血が出るんだとしたら、その時の乙撫は血まみれだったに違いない。それなのに乙撫は、あえて自分を傷付けるような事を言う。
見てらんなかったし、聞いてられなかった。
オレはもう無我夢中で乙撫をかき抱いていた。ガキの頃見上げていた乙撫は、いつのまにかすっぽりオレの腕に収まるくらい小さくなっていた。

「死にたいなんて、言うなよ……!」
「でも私みたいな役たたず、生きててもなんの意味もない……っ!」
「役たたずって誰かがあんたに言ったのかよ!そうだってんならそんな奴、オレがぶっ殺してやる!!」
「……っ!なんで……そこまで……」
「なんでって……!」

そんなの、惚れてるからに決まってる。
心底好きで好きで、自分でもどうにもならないくらい、好きで。
そんなこと言えやしねぇけど、だから

「……そりゃ、あんたにもピアスンにも世話になったしよ」

――嘘を、ついた。

「誰もあんたが死ぬことなんて望んでねぇよ。遊星もジャックも、マーサやシュミット先生だってそうだ。役立たずとか、生きる意味とか、小難しいことは考えなくたっていいんだよ。
あんたはただ、生きててくれればそれでいいんだ」

遊星やジャックもろもろの名前を借りてようやく、オレ自身の気持ちを伝えられた。
ただ、生きていてくれればいい。それがオレの、嘘いつわりない本心。
乙撫から返事は無かった。変わりに、すがるように胸元のシャツを握りしめられる。そのまま嗚咽を漏らす乙撫に強烈な感情が込み上げてきた。

乙撫は何も悪いことなんかしてねぇのに、なんでこんなに辛い思いをしなくちゃならないんだ。
運命の理不尽さに腹が立った。でも一番許せなかったのは、オレ自身の無力さに他ならなかった。

今度こそ、今度こそ守ってみせる。

決意も新たに、オレは乙撫を抱き締める腕に力を込めた。
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