すとんと落ちた音



「ナマエ、しっかりしろ」

「ううん…」





声がした。クラウドの声。
それを聞いたあたしは少し身動いだ。

あれ…あたし…寝てる…?

そっと瞼を開けば、ぼんやりした視界の中に心配そうにこちらを覗き込んでいる青色の瞳が見えた。





「大丈夫か、ナマエ」

「クラウド…」






目の前の彼の名を口にすると、徐々に記憶と視界がはっきりしてくる。
そうだ…。あたしたち、コルネオの罠にかかって床に開いた穴に落とされたんだ。

あたしはゆっくりと体を起こした。





「起きられるか?どこか痛みとか…」

「うーん…大丈夫そう。クラウドは?大丈夫?」

「ああ。俺も何ともない」

「そっか、良かった」





どれくらいの高さから落ちたのかわからないけど、色々動かしたり触れたりしてみて特に痛みは無かった。
クラウドも同じらしい。互いに無事を確かめあって、少しだけ安堵した。





「ていうかクラウド、ここは…って、クサッ!?何この臭い!」

「ああ、酷い臭いだな…」





今は一体どういう状況なんだ。

色々確かめなくちゃと思ったその時、辺りにとんでもない悪臭が漂っている事に気が付いた。
しかも嗅いでみてやっとするという感じではなく、普通にしてるだけで鼻につくような強めの臭い。これ、ドブ…?

ていうかエアリスとティファは!?

臭いに気を取られてる場合じゃない!
あたしは慌てて辺りを見渡した。

するとすぐ、傍で倒れているふたりを見つけた。





「エアリス!ティファ!」





ふたりに呼びかける。
そしてクラウドと手分けしてふたりの肩を揺らした。

ふたりもわりとすぐ目を覚ましてくれた。

どうやら目立った怪我もしてない。
とりあえずは全員無事でホッとした。

だけど…クラウド、もしかして一番最初に声掛けてくれたのかな。

安心した時、少しだけそんなことを考えた。

いや、だからどうしたと!!
普通に考えて一番近い位置にいたとかそんなんだろ!!

本当、何考えてるんだろう…。
ただほんのり、嬉しいな…なんて、思ってしまった気がして…。

まあとにかく、皆が無事だったなら次に考えるのはここが何処かとこれからどうするかだ。





「ねえ、ここっていったい…ドコ?」





とりあえず改めて、皆にそう聞いた。

いやだって本当にここどこさ。
この臭いからすると、下水道とかそう言う感じなんだろうか。

でも、その答えを探す暇もなく…その時、突然、辺りからグアアアアッという獣の鳴き声のようなものが響いてきた。
そして同時にドスンドスンと何かが近づいてくるような音。

…なんか、すっごい嫌な予感。

振り返って、あたしとティファは悲鳴を上げた。





「「うっそ〜〜!!!」」





振り返った先にいたもの。
それはとんでもなく馬鹿デカい怪物だった。

しかもこっちを睨みつけてる。
あ、完全にロックオンですね!?

待って、何で!何でこんなのいんの!
もしかして、コルネオの差し金!?

あんの変態クソ野郎…!!

悪党がペラペラと喋るときは勝利を確信している時。
そんなことを言っていたあのニヤけ顔を思い出して何か凄くイラッとした。





「ナマエ、いけるな」

「はーい…」





剣を構えたクラウドに尋ねられ、あたしばうんざりしながらも剣を抜いて返事をする。

…こう聞いてくれたのは、頼ってくれてる証拠かな?
うん、まあ、それなら嬉しい限りですけど!





「エアリスとティファもいけるか」

「大丈夫!」

「もちろん!」





エアリスとティファもそれぞれの武器を構える。

よし、全員いけるね。
それを確認した瞬間、あたしはクラウドと一緒に前線に走り出した。

コルネオの奴…!
次に会う時があったら絶対すり潰してねじって叩き切ってやる…!!!

フルコースをお見舞いすると固く決め、あたしはその怒りをぶつける様に剣を振るった。





「はあ…疲れた…」

「行っちゃったね…」





しばらく戦うと怪物の体は崩れ落ちた。

でもトドメを刺す前に壁を壊してどこかへ逃げて行ってしまった。

瀕死なのにレンガをブッ飛ばす体当たりとかとんでもねぇや…。
まあ戦意喪失してくれたなら良しとしよう。

あたしが剣を納めながらため息をつくと、ティファが隣でポンと肩を叩いてくれた。

するとエアリスが言う。





「ここに住んでるのかな」

「コルネオが飼ってるのかもな。餌は…」

「ほひ〜…!」





答えてくれたクラウドの言葉を聞き、エアリスはあいつの口調を真似ながらげーっと顔を歪めた。

やっぱりアレはコルネオの差し金って考えるのが自然なのかも。
何か面倒があればその人間を此処に落として始末してしまうと。

あんの野郎、本当ロクでも無いな…うん、やっぱ散らそう。

あたしはひとり静かにそんな決意を強くした。





「ねえ、コルネオの話信じる?」





そして一段落したところで、ティファがそう口にした。
コルネオの話とは勿論、さっき問い詰めた時にコルネオが吐いた話だろう。





「プレートを落とすなんて、アバランチを潰すどころじゃない。ミッドガルの危機だよ?神羅カンパニーがそんなことする?」

「コルネオは、ありもしない計画で俺たちを脅したのか?」

「あいつならやりそう」





クラウドとティファはにわかに信じがたい話だと少し疑っているようだった。

確かに建設から維持まで、ミッドガルという都市を発展させているのは神羅だ。

自分たちが作っているものをわざわざ壊す…。
それは確かに不可解な話ではあった。





「でも、もし本当だったら?」





だけど、そこに異を唱えたのはエアリスだった。





「万が一って、あるよね。ね、急ごう?何も起こらなかったら、それで良し、でしょ?」

「うん、あたしも急ぐに越したことはないと思う。確かめないと、やっぱ気になるし…。もし嘘だったらやっぱ嘘だったね〜ってなるだけだしね!」





あたしもエアリスに賛成した。
そして皆で頷く。

こうして目的は七番街に戻ることに決まった。

でも、こっからどうやって戻ればいいんだろう?

そう思った時、ティファが「あっ」と何かに気がついて駆け出した。
向かう先は、さっき怪物が逃走するのに壊した壁の先だった。

先を見たティファはあたしを呼ぶ。





「ナマエ!来て!見て!」

「え?なに、ティファ」





ティファに手招きされた。

見てって何を。
とりあえず呼ばれたので追いかけた。





「ほら、これ。やっぱり。下水道と繋がってる。ね、ナマエ。これなら戻れるよね?」

「え?あ、そっか!ウォールマーケットって六番街か」

「どうした?」





クラウドとエアリスもやってくる。

ここは下水道と繋がっている。
ティファとあたしはそれがどういう事かをふたりに教えた。





「水路を辿って行けば、七番街に着けるはず」

「うん。六番街と七番街の下水ってね、繋がってるんだって」

「そうそう。だから迷ったら水路を辿れってね」

「スラムの心得か?」

「ううん。下水道はアバランチの逃走経路。いざって時のね」

「あたしは前にお前馬鹿なんだから覚えとけとかってバレットとかビッグスに言われてさあ。超失礼だよね!まあ、そういう豆知識はあるに越したことってないけど…。現に今役立ってるしね」





ある夜のセブンスヘブン、ティファが作ってくれたおつまみを食べながら皆にからかわれた話。
思わぬところで役に立つものである。

まあ今はティファが一緒だからあたしが覚えてなくてもアレなんだけどね。

ともかく記憶ではこの先に大きな水路があるはずだということで、あたしたちは一先ずそこを目指して歩いていくことにした。





「ナマエ」

「ん?」





歩き始めるとクラウドに声を掛けられた。
あたしは軽く返事をしてクラウドを見上げた。





「なーに?」

「あんたたち、さっき手下達の部屋に連れて行かれたんだよな?」

「え?ああ、うん、そうだよ」





クラウドが聞いてきたのはさっきクラウドが選ばれた後の話。
コルネオが「あとはお前らにやる!」って言ってたのは勿論クラウドにも聞こえていただろう。





「…何もなかったか?」

「ん?うん。まったく全然。こっちは何ともなかったよ。言っちゃ悪いけど抜けてる奴ばっかだったもん」

「そうなのか?」

「うん。部屋にいた手下、確か4人だったかな。ティファとエアリスと軽くブッ飛ばしちゃった」

「そうか。それなら、うん、何もなかったならいい」





別に何事も無かったと伝えれば、クラウドはふっと安堵したように微笑んだ。

…こうやって心配してくれるの、やっぱり優しいなあと思う。
そう思った時、とくんと心臓の音がした。

………な、なんだろうか…。

ちょっと戸惑う。
なんか変な気持ちになって、あたしは少し慌てる様に話題を探した。





「あ、ええと、そういえばクラウドが選ばれた時ビックリしたよ!やっぱあれね、クラウドが超キレイだったからだよねー」

「おい…。アレは、別に違うだろ。嫌味を言ったら何故かそこに食いついただけだ」

「でもこの格好に戻るまでまったく男だって気が付いてなかったし。ていうかばれる気配微塵も無かったよね。いや本当流石だわ」

「流石って何だ…。はあ…、もうその話やめてくれ」

「えー?ていうかクラウドの方こそ大丈夫だった?何か変な事されてない?」

「されるわけないだろ!」

「あははっ!」





もう勘弁してくれと肩を落とすクラウドにあたしは笑った。

まああの状況でクラウドが大人しくしてるわけはないよね。
ゲス野郎ってかなり軽蔑してたし。ていうかコルネオもこの女に礼儀をうんたらかんたらって怒ってたし。





「そうそう。クラウド、コルネオに一発かましてたでしょ。なんか声聞えたし」

「ああ、腹に蹴りを入れた」

「わーお」





なんとも豪快な事で。
「そんなにムカついた?」と聞いたらクラウドは少し渋りながら飛びかかられそうになったことを教えてくれた。

うん、やっぱ色々大変だったらしい。





「…カメラまで設置してあったしな。どうやら今までもそうやって女を脅していたらしい」

「うわ…。マジでクズのゲス野郎じゃん…。あー…うん、やっぱそっちは色々と最悪だったね…。ははは…お疲れ様でした」





色々聞いているとやっぱりクラウドに同情した。
まあティファにせよエアリスにせよ、選ばれた人が一番大変だろうなとは思ってたけど。

クラウドも溜息をつく。





「…本当にな。けど…」

「うん?」

「あんたが選ばれるよりは、ずっといい」

「え…?」





きょとん、とした。
見ればクラウドは少しホッとしたみたいに息をついていた。





「無事で良かった」

「…クラウド」





そう言ったクラウドの言葉に、また心臓がとくんとなった。

い、いや…話してる相手があたしだからそう言っただけで、その意味はティファやエアリスも含まれてるし。
でも、へ、変な言い方するから、もう…。

…とくんとくんと心臓が鳴る。
そんなに動かなくていいからってくらい、速さを増して鳴り響く。

なんか、変だ…。

でもこの感覚は、ずっと前にも感じた事がある。
それはあの時、あの神羅兵のお兄さんと初めて目が合った時と同じような感覚。

それと同じって…。





「ナマエ?どうかしたか?」

「…へ、あ!や、ううん、何でもないんだけど!」






ふいに黙ったからだろう。
クラウドが少し不思議そうな顔をしてこっちを見た。
あたしは慌てて首を振る。

…いや、そりゃ、クラウドの事…ちょっと気になるのかもって、思ったことはある。
でも、やっぱりよくわからなくて…。

だけど、この感覚は…。

名前を呼ばれると嬉しい。目が合うと嬉しい。
話している時間が楽しくて、もっともっと一緒にいたいって思ってしまう。

…単純な話、なのかな。
もし、その気持ちに…あの感情を当てはめたとしたら。

一度、はめてみる。

あたし、クラウドのこと…好きなのかも…しれない。





「…っ!!!」





その時、ボッと火が出そうになるくらい顔が熱くなった。

ちょ、ちょっと待っ…!え、好きってあたし…!

一度、はめてみた言葉。
それは驚くほどすとんと胸に落ちてしまった。

嘘…っ、ど、どうしよう!
でも、認めてしまえばもう自分に嘘はつけなくて、胸の奥にじわじわと溢れてくる。

…あたし、クラウドのこと…好きだ。

…う、あ…。
自覚したら、途端に物凄く恥ずかしくなってきた…!!

心の奥がきゅーっと締め付けられる。

うわぁ、うわぁ、うわあああぁぁ……うげえ…。





「……。」





なんかすごくときめいてた。

でもその時プーン…と嫌な臭いが鼻について、一気に気分が盛り下がった。

いや、うん。そうね。
そりゃここは下水道だもんね、下水道。

それを思い出したら、頭が痛くなった。

ちょ、なんでよりによってドブで自覚するんだあたし…。
もうなんかすべてにおいて台無しじゃないかコレ。

恋ってさ、すっごくすっごくキラキラした素敵な気持ちなわけじゃない?

なのにドブって…。
いやもう本当、あたしって奴はよう…。





「…ナマエ?」

「いや早く大きな水路探そ…あははははは…」

「何だその笑い…」





乾いた笑いを零したあたしにクラウドは顔をしかめてた。

いやそりゃ何コイツ突然笑ってんだって感じだよね…。
それは否定しないさ…!

ああ、もう…。

そもそもの話、浮ついてる場合では無い。
本当、早く七番街への出口を探さないと。

だけど…。





「……。」





チラリを見た隣を歩く人。

凄く…凄く優しくて、いつも手を伸ばしてくれる。

ああ、うん…。
すとんと、落ちる。

…あたしは、この人のことが好きだ。



To be continued


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