きみへの想い | ナノ

▽ 兄と弟


バブイルの巨人の内部。
侵入したそこは魔物たちの巣窟ともなっていた。

襲い来る魔物たちを退けながら進んで行く。

そしてその先にはこの旅の中で以前戦ったゴルベーザ四天王たちの姿もあった。
一度倒したはずの彼らが再び現れた理由…それは真の黒幕であるゼムスの力によるものだった。

彼らを再び蘇らせるほどの力を宿した存在。

もう一度戦って、退けることは出来た。でも。
やっぱりとんでもない奴だって、身に染みて感じた気がした。

だけどあたしたちはゼムスを止めなきゃいけない。
ううん、絶対に止める!!

その意思は揺らぐことなく、あたしたちは巨人の心臓部を目指した。





「ここが巨人の心臓部、制御システムだ!」





進み続けると、巨大な黒い球体を見つけた。
フースーヤはその球体を制御システムと呼ぶ。





「でけえ!」

「うん、でもこれをぶっ壊す!それで任務完了だよ!」

「ヘッ、だな!」





エッジと見上げ、そして気合は十分だというように武器を構える。
セシル、リディア、ローザも同じように。フースーヤも魔法の詠唱を始めていた。





「リディア!一緒に合わせよう!」

「わかったわ!いくよ、ナマエ!」





あたしはリディアを呼び、ともに詠唱を始めた。
そしてフースーヤが撃った直後に重ねあわせるように一緒に魔法を放つ。

そこへセシルとエッジがトドメを。

迷いなど無い。一気に叩いた。





「やった!」

「動きが止まったぜ!」





制御装置は破裂しながら壊れていった。
トドメを刺したふたりが距離を取り、その爆発を見上げる。

あたしたちも同じように。

これで、巨人は止まる。
地上の方ではきっと落ち着いただろう。

でも、こちらは落ち着けなかった。

なぜなら、奥の方から甲冑の音が聞こえたから。
ツカツカと近づいてくる足音。

あたしたちは表情を強張らせた。





「おのれえええ!!よくも巨人を!!」





激高し、その場に現れたのはゴルベーザだった。

ここで、この人とも決着をつけられる…!?
ゴルベーザの姿を見たとき、あたしはそんなことを思った。





「おぬしは!!」





だけどその時、ゴルベーザを見て誰よりも早く動いたのはフースーヤだった。

フースーヤはゴルベーザの元に駆け寄って行く。
あ、ひとりじゃ危ない…!そんな風に思ったけど、だけど…何か様子がおかしかった。





「なんだ、貴様は!」

「おぬし!自分が誰か分っておるのか!」





フースーヤはゴルベーザに掴みかかった。
そして何か不思議な力を発動させる。





「やめろお!!」

「目を覚ますのだ!」





ゴルベーザは抵抗する。
でもフースーヤは半ば強引にもゴルベーザにある魔法を唱えた。

目を覚ます…?って、いったい…?

それを尋ねる暇も無い。
その瞬間、カッと眩い光がゴルベーザを包んだ。





「あ…っ」





光の瞬間、あたしは思わず声が漏れた。

その時、感じたからだ。
何か、ふっ…と術の様なものが解ける感覚。

ゴルベーザが何かから…解き放たれた…。





「…私は何故、あんなに憎しみに駆られていたのだろう…」





穏やかな声がした。
この声の、こんなに穏やかな音を聞くのは初めてだ。

それはゴルベーザの声。
ゴルベーザの、様子が変わった…?

あたしたちが様子を伺っていると、フースーヤはゴルベーザに尋ねた。





「…自分を取り戻したか。 おぬし、父の名を覚えているか?」

「父…クルーヤか…?」





ゴルベーザは答えた。
そしてその父親の名前にあたしたちは聞き覚えがあった。

それはフースーヤが教えてくれた、セシルのお父さんの…。

だからこそ、その場にいた全員が目を見開いた。





「それじゃ、セシルの…」

「兄貴かよお?」





確認するようにそう口にしたローザとエッジ。
その視線は自然とセシルにへと集まる。





「ゴルベーザが…僕の…」





そう呟いたセシルの瞳は揺れ、動揺しているのが伺えた。

ゴルベーザが、セシルのお兄さんだった…?
それは誰も予想していない、いや、出来るわけなんかない事実だった。





「おぬしは、ゼムスのテレパシーで利用されていたのだ…。クルーヤの月の民に血が、よりそれを増幅していたのだ…兄弟で戦うなど…!」





フースーヤはそう言いながら悔しそうに拳を震わせていた。

兄弟で、戦っていた…。

それを聞いた時、あたしは思い出した。





《今…私にとって悲しい事が起きている。これからのお前に私の力を授けよう…。この力は、お前に与える事で私はさらなる悲しみに包まれる。しかし、そうする以外に術は残されていない。》





試練の山で聞いた、セシルのお父さんの言葉。
息子にパラディンの力を授けた時、その声は悲しんでいた。

セシルがパラディンになる事で、一層悲しみが強くなる。

…それは、息子同士で戦うことになるから。

兄を止めなくてはならない。
その為の力を弟に授ける。

最愛の子たちが互いに牙を剥くための力を与えることだったから。





「……、」





あたしは言葉を失った。

気が付いた。
けど、とても今言葉にすることなんて出来なかったから。

…だけど、それってつまり…ゴルベーザもただ操られていただけだったということ。

現に今はもう、ゴルベーザからは殺意の様なものを感じる事は無かった。





「僕は…兄を憎み…戦って…」

「お前が私の…」

「でも…もしかしたら、逆の立場かもしれなかったんだ…。僕がゼムスのテレパシーを受けていれば…」





セシルはゴルベーザを直視するのを苦しむかのようにグッと目を強く瞑った。
その拳は震え、感情の行き場を失くしているみたい。

実の兄を倒すべき相手と追い続けた。
そして何かきっかけが違えば、操られるのは自分だったかもしれない。

だけどそんなセシルにゴルベーザは首を横に振った。





「…しかし、それが私に届いたということは…少なからず、私が悪しき心を持っていたから…」





ゴルベーザは、悪しき心を持っていた。
彼がそう思う理由はわからない。
もしかしたら、そう思う確たる理由があったのかもしれない。

だけど…少なからず、そんなのもの誰でも持っているんじゃないだろうか。

弱い部分。負の感情を持つな、なんて…そんなの絶対無理な話。
そしてそれはちょっとしたきっかけで、ふっと大きくなってしまう事もある。

つけ入る隙に、なってしまう。

…あたしは近くに、そんな例を知っているもの。





「ゼムス…!!」





戸惑いの空気が流れていたその時、ゴルベーザはハッとしたようにそうゼムスの名を口にした。
そしてマントを翻し、奥の方へと進んで行く。

遠ざかるその背中にセシルは声を掛けた。





「何処へ!?」

「この戦い、私自身が決着をつける!!」





そう言い切ったゴルベーザ。
その声からは後悔、苦しさ、自責の念…そんな感情が感じ取れた。

正気のゴルベーザ…。
術が解けたのは感じた。嫌な気も無い。

でも、本当に操られてただけなんだなって…そんな事を思ってる。
まあ…元のこの人を知らないからなんだろうけど。

自分で決着をつける…か。





「ゼムスも月の民!私も共に行こう」





するとフースーヤもそう名乗り出て後を追った。
ゴルベーザは振り返るとフースーヤを見てゆっくり頷く。

そしてその時一度だけセシルにも目を向けた。





「さらばだ、セシル…」





小さくそう言い残し、彼とフースーヤは奥へと消えていく。
彼らはこのまま月へ向かうだろう。

残されたあたしたちの間には少し沈黙が流れた。

皆が気にするのは、勿論セシルだった。





「いーのかよ、セシル」





沈黙を破り、問いかけたのはエッジだった。

今いる中で年長なのはエッジだ。
こういう時、ちょっとそれを感じたりする。

だって皆思ってる。

このままじゃ、きっと駄目だ。
その言葉を探してるんだもの。





「ゴルベーザ…あの人、死ぬつもりよ…」

「……。」





ローザはそっとセシルの肩に触れた。
セシルは俯いたまま。

そこにリディアも駆け寄った。





「お兄さんなんでしょ?」

「兄さん…」

「そうよ!」





色んなものを失った。苦しんだ。
悲劇を終わらせるために、追い続けた。

そして、憎んでいた。

だけどその存在は実の兄だった。

そんなの、どうしていいかわからなくなるに決まっている。

でも、胸に引っかかってるんでしょう?





「セシルのお父さん、言ってたよね。今、お父さんにとって悲しい事が起きてるって。セシルをパラディンにしたら、余計に悲しみに包まれるって」

「…ナマエ」

「多分このままだと、ずっと悲しんだままになっちゃうよ」






試練の山では、全然意味なんてわからなかった。
いっくら考えても全然わからなくて、深くなんて考えなかった。

でもわかったよ。

それにきっと、まだ出来ることはある。
そう思ったからあたしはセシルにそう声を掛けた。

セシルはゆっくりとゴルベーザたちが消えた先を見つめた。

だけどその直後だった。
突然、あたしたちに大きな揺れが襲い掛かった。





「え!?な、なに!?」





あたしはギョッとして辺りを見渡した。

全然収まる気配はない。

でも当然と言えば当然だった。
そうだよ、だって、制御システムを壊したんだもん。

って、これって物凄くやばいんじゃ!!





「や、やべーぜ!」

「逃げないと!」





皆も慌てふためき始める。
いやコレ絶対ヤバイって!!





「セシル!」

「……。」





だけどそんな中、セシルだけはぼんやりと立ち尽くしていた。
ローザが呼びかけて、やっと揺れている事に気づいたような。





「何してんだ!」

「でも、出口は!?」

「ちょちょちょー!こんなとこで終わりとかありえないからねー!?」





エッジとリディアと逃げ場を探しながら、でもそんな簡単に見つかったら慌てる必要も無いわけで。

あたしは焦って喚いた。
もしここにカインがいたなら、喚いたとこでどうもならんって怒られたかも。

そこでちょっと、ハッとした。
そうだよ、だってカインに会えてないのにこんなところでこんな結末は御免だ。

そんなこと、考えてたからかな。
だからね、最初は幻聴かと思ったの。





「こっちだ!」





突然、声がした。
それは、ずっとずっと聞きたかった大好きな声。

あたしはパッと振り返った。

幻聴の次は幻覚?
ほんと、幻かと思った。





「カイン!」





ローザが叫んだ。
そこにいたのはひとりの竜騎士。

ローザの声で実感した。

夢じゃない、幻でも無い!
そこにはカインの姿があった。





「その手にゃ乗んねーぜ!」

「話は後だ!死にたいか!」





カインの姿を見て罠を疑ったエッジ。
だけどカインはその言葉に強く今は聞いてくれと言い返した。

皆の心に戸惑いはあるだろうか。

あたしの中には、無かった。
そしてローザにも。





「早く!」





エッジや他の皆の迷いを払拭するようにローザはセシルの手を引いてカインの方へと走り出した。
そうしてしまえばエッジたちも行かざるを得ない。

あたしもすぐに追いかけた。

信じて、走って。
そうして追った背中を見て、やっぱり募り、焦がれる想いがあった。

そして、走りながら考えた。
会ったら言おうと考えてた事、探した言葉を…色々と。



To be continued

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