きみへの想い | ナノ

▽ 愛のフライパン


空気は緊張していた。
皆の瞳には心配や不安の色が覗いている。

そんな中、一歩前に出て向き合ったのはセシルだった。





「よし、いくぞ…」





そう言って彼は緊張から喉を鳴らし、大きく腕を振り上げて構えた。
その手に握られているのは、ファブールで預かったフライパン。




「あ!やめ…!」





これから起こる事を察し、サッと顔を青くしたのは小さなシルフ。
シルフは静止の声を上げたが、セシルはその声に申し訳なさそうに目を閉じてそのフライパンを振り下ろした。



ぱーん!!!



何とも言えない痛々しい音が辺りに響いた。
シルフは「ひっ…」と手で口を覆って今にも泣きだしそうな顔をする。

いや、あたしもちょっと引いたわ。

何故って振り下ろした先は、ずっと意識の戻らないという人の頭の上。

ああ…これってばちょっと大丈夫なんだろうか。
あたしは恐る恐るその人の顔を覗くと、ぴくっと小さな反応があったのが見えた。





「ム…。うーん…もう修行の時間か?もうしばらく、寝かせて…」

「あ!ヤン!!」





その反応にあたしはすぐさま食いついて、身じろぐその人の名を呼んだ。

うっすらと開かれていくその瞳。
恐らく彼の目に一番に映ったのは、正面にいたセシルの顔だろう。

彼はその瞬間、カッとその目を大きく見開いた。





「はッ!セシル殿?」

「ヤン!」

「よかった!」





意識を取り戻したヤンに、セシルは彼の名を呼びリディアは目に涙を浮かべて喜んだ。
あたしとローザは顔を合わせホッと息をついて頷き合った。

ただ同時に、ヤンすげえ…とか思った。

ここは、シルフの洞窟。
シドに飛空艇を直してもらったあたしたちは、地上へと戻る途中にこの洞窟を発見した。
封印の洞窟の近くにあったトメラの村というところでそこに住むドワーフ達からシルフの噂は聞いていたため、少し話でも聞ければと立ち寄ってみたのだ。

実際のところシルフ達はかなりの恐がりで話を聞くのはちょっと難しそうだったけど、でもそこであたしたちはとんでもない人物を発見することになった。
そこでシルフ達に看病されていたのはバブイルの塔で爆破に巻き込まれてしまったヤンだった。

シルフたちはヤンをいたく気に入っていたようだった。
ヤンは渡さないとかうんたらかんたら言われてしまうほどに。

ちょっといったい何があったんだと気になるところだ。
逞しい人がシルフの好みとか?それかファブールに祀ってあるのって風のクリスタルだったけ?とかまあその辺は想像の域を出ないんだけど。

ただ、いくら看病しても目を覚まさいみたいで…だから一度地上に出てヤンの帰りを気にしているであろうファブールの奥さんの元に無事だけでも知らせにいった。

奥さんは涙ぐんでいた。
そして、セシルにあるものを託したのだ。

それが、愛の詰まったあのフライパン。

……うん?
それを受け取った時、あたしはだいぶ首を傾げたよ。

これはつまり…このフライパンでスパコーン!といけと…。





《なるほど…これで何かを作れば…?》

《え!?》





受け取ったフライパンを手にまじまじとそう天然発言を呟いたセシル。
あれ?でもブッ叩くって発想をしたあたしの方が物騒なの!?とちょっと思ったのは内緒の話だ。
いや、他の皆もブッ叩く発想だったから。セシルが天然さんなだけよねって事にしておくの、うん。

まあ、そんな感じで無事に目を覚ましたヤン。
あんな爆発だったから、あたしたちはとにかくヤンの無事を喜んだ。

そして、あれから起こった事を彼に伝えた。





「そうか…クリスタルは…。うむ…私も行こう」





クリスタルがすべて敵側に渡ってしまった事を聞き、ヤンは体をベットから起こそうとした。
しかしそこに慌ててシルフが飛んできた。





「だめ、寝てなくちゃ!」

「世界がかかっているんだ!寝ているわけには…」





シルフの声に首を振るヤン。
するとそんなやり取りを見たエッジが後ろ頭を掻いてヤンに詰め寄った。





「怪我人の出る幕じゃねーぜ」

「そなたは?」

「俺はエブラーナのエッジ!あんた以上に腕は立つさ!」





どん、と胸を張りヤンに名乗ったエッジ。
そうか。ヤンとエッジは面識がなかったっけ。

エブラーナの名を聞いたヤンはハッとしてエッジを見上げた。





「エブラーナ!忍者か……私も…!」





しかしそれを聞いてもヤンは立ち上がろうとする。
すると、それを見かねたシルフが何かを決意したように大きく声を上げた。





「無茶しないで!私たちも力を貸すから!」





自分たちが手を貸す。
そう名乗り出たシルフの言葉にヤンは首を傾げる。

するとシルフはリディアの方へと振り返った。





「この人は召喚士でしょ。召喚士なら私たちを呼び出せるわ!私たちも戦います!ヤンの代わりに!」

「よろしくね、シルフさん!」





召喚士のリディアの力になりヤンの代わりに戦う。
シルフのその申し出をリディアは喜んで受け入れた。

その際、あたしはリディアの元に寄ってこそっと彼女に耳打ちした。





「なんか、物凄い愛されてるね…ヤン」

「ふふっ…そーだね」





リディアはくすくすと笑っていた。

まあ何にせよ、ヤンの無事が確認出来たことは大きな収穫だった。

ヤンと離れた時、カインもそこにいた。
この事実を伝えたら、カインもきっと喜ぶだろう。

そしてリディアがシルフの力を得られたことも心強い限りだ。

…確実に、一歩ずつ近づいているよね。
そうしてまた会える日に期待して、姿を思い出す。





「かたじけない…私の分も…!」

「勿論。ヤン、今はしっかりと自分を大切にしてくれ」





セシルはヤンの傍らに座り、そう言って握手を交わしていた。

それにしても、やっぱり奥さんっていうのは偉大なものだなと思う。





《え? あの人が地底に?全く、そんな所で油売って…あら、目にゴミが入っちゃったよ。しかし 情けないね!こいつでガツンと喝を入れて来な!》





ヤンの奥さんはヤンの無事を知らせた時にそう言っていた。

それを見た時、ああ、いいものだな…なんて思った。
多分、理想的な夫婦ってこういうモノを言うのかもしれないな、なんて。

でも、そう考えた時…あたしはふと思った。

あれ…。
あたし、あんまり結婚願望とか…ない…?

いや、それだと言いすぎか?
願望が無いと言うよりかは…あまり想像みたいなものをしたことが無い事に気が付いた。

だから考えてみた。
その隣に立つ人は、勿論好きな人…カインであったらいいなと思う。

そりゃ、そうは思うのだけれど…。
カインの事が大好きで、だから、こっちを見て貰える日がきたらいいな…とかは思う。

でもあんまり、先の事とか考えた事って無かったのかもな…って。

好きな気持ちに偽りはひとつもない。
こっちを見て貰えたらいいなとも思う。

小さな頃からカインに一番懐いて、いつも頼りにして「大好き」って抱き着いていた。
でもそうして繰り返していくうちに、その言葉の意味は変わって…だけど、叶わない事は知っていた。真意を伝える意味は無いと。そんなに高望みはしていなかった。

ずっと、そんな風に思っていたからかな。

でもカインは操られた。そして、自分を責めた。
だからそこで、カインを想って、信じている者はちゃんといるのだと、それを知って欲しくて、そこに意味を込めることだ出来たから…あたしは自分の気持ちを伝えた。

だけど、そこでもやっぱりそういう未来を想像していたわけでは無くて…。
誰に言い訳するわけでも無く…振り向いて欲しくて、言ったわけじゃ無いんだよな…と。

はたり、そんなことを考えた。



To be continued

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