▽ 幻獣たちの世界
「幻界から来るときここを通ったわ!この先に幻獣たちの街があるの」
不思議な力を感じる洞窟。
その入り口で、リディアはその先を指差した。
《ナマエ、ちょっと…相談があるんだけど》
《ん、どした?リディア》
最後のクリスタルを保護しに行く直前、突然持ちかけられたリディアからの相談。
少し戸惑いを見せていた彼女に首を傾げれば、リディアはきゅっと手を握り締めて口を開いた。
《ちょっと、寄りたいところがあるの》
クリスタルが残り一つとなった今、それを何としても守るためには1分、1秒も時間が惜しい。
リディアが少し迷いを見せていたのはそれが痛いほどわかっていたからだろう。
だけど、それを承知の上で寄りたいと言った場所。
それは、ファブールから出たあの船の上で逸れてから再会するまでリディアが時間を過ごしていたある場所…幻獣の世界だった。
「リディア、ここなのかい?」
「うん」
セシルの問いかけに頷いたリディア。
幻獣の世界への入り口…それは地底にあるとある洞窟の奥深くにあるのだという。
「ここからワープ出来るの」
残すクリスタルはあとひとつ。
もうそれが最後の砦。次こそ、絶対に失敗するわけにはいかない。
だから、手に出来る力を惜まない。
リディアが考えたのは、幻獣たちの力を借りることは出来ないかという事だった。
「女王様!」
「久しぶりですね、リディア…」
幻獣界に来て、リディアが真っ先に訪れたのは幻獣の女王アスラのもと。
人はいない。
幻獣だけの世界。
当然なのかもしれないけど、幻獣たちはリディアを知り、彼女に声を掛け微笑みかけた。
女王様も然り。
リディアは女王様を前に共に戦って力を貸してくれるように願い出た。
「あなたの力がいるの!」
リディアの話によれば、アスラはリディアをよく可愛がり、時に厳しく大切に育ててくれたと言う。
アスラはリディアの声に耳を傾け、そっと静かに目を閉じた。
「手を貸しましょう…と、言いたいところですがお前の力を見極めねばなりません。それが幻獣界の掟。私の挑む勇気と私を倒す力を持ってますか?」
「…女王様と…?」
「…覚悟は無いのですか?」
閉じた瞼を開き、じっとリディアを見つめた女王の瞳。
…覚悟、か。
それを問われたリディアの背を、あたしたちは見守って見ていた。
リディアは胸に上でぎゅっと手を握りしめた。
そして、強い意志を持ってしっかりと答えて見せた。
「いいえ、力を見せろと言うのなら…戦うわ!私たちもはもう、負けるわけにはいかないから!」
「………。」
まっすぐと、はっきりした声。
それを聞いたアスラは射抜くような瞳でリディアを見つめていた。
リディアはきっと凄く緊張していただろう。
後ろで見守ってるあたしでさえドキドキしていたから。
「アスラ、よいのではないか」
その時、辺りにひとつ声が響いた。
それは今までここには無かった声。
するとアスラの隣にふっとひとりの老人が姿を現した。
「王…」
現れた老人を、リディアは王と呼んだ。
王は水神…リヴァイアサン。
リヴァイアサンもまた、久しいリディアの姿に微笑みをよこした。
「リディアよ…邪悪な力に対抗するには強い力だけでは勝てん。その力を正しい方向に導けるより強い精神力が必要じゃ」
「はい」
「うむ、良い目じゃ。確かに光の力!この幻獣王リヴァイアサンの力を貸そう!」
リヴァイアサンはリディアに力を貸すことを約束してくれた。
その言葉にリディアの表情が少し柔らかくなる。
するとアスラもリディアにそっと歩み寄り、その肩に優しく触れてくれた。
「リディア…。目を見ればわかります。強くて優しい良い友達を持ちましたね。いつでも私を呼びなさい」
「女王様…!」
アスラはあたしたちにも目を向け、「リディアのことを頼みましたよ」と頭を下げて言葉をくれた。
あたしたちは必ずの意味を込めて、それぞれ頷いたり頭を下げたりした。
船の上で、幼いリディアが海に落ちた時…本当にもうどうしようかと思ったっけ。
だけど、彼女はここで、大切に育ったのだ。
それが知れただけでも、ここに来た価値はあったと思えた。
「幻獣界かあ」
無事に力を貸してもらえることになり一安心したあたしたちは、洞窟の探索で消耗した体力を戻すためにほんの少しの休息を得ることにしていた。
勿論、1分1秒は惜しい。
だけどこの幻獣界においては、その制限が少しだけ緩和されるのだという。
というのも、ここは外の世界とは時間の流れ方が違うらしい。
「なんだ、ぼーっとした顔をして」
「いや、世の中には不思議な世界があるものだなあって」
休むのは勿論だけど、どうせならこの自分の世界から一線を画したこの空間をちょっと堪能したいじゃないか…と。
あたしは何気なくではあるけれど、街を見渡せる場所を見つけてぼんやりとこの世界を眺めてみていた。
ちなみに隣にはカインがいる。
これはなかなかあたし的にはオイシイ感じです。
「すごいねえ、カイン。幻獣だけの世界ってあったんだね」
「ああ…確かに、興味深い世界ではあるな」
「しかも時の流れ違うって。これであーんなちっちゃかったリディアがあーんな美人さんになっちゃった理由も納得だわねー」
出会った時は簡単に抱きかかえる事が出来る程に小さかったリディア。
すっぽりと手を包み込んで、よく一緒にお散歩してたのを思い出す。
しかし…本当に時の流れって恐ろしいね。
何あの子、すっごい美人さんになって帰って来たよ…!
今じゃもう手もぴったり合わさって、同じ目線で話してる。
バロンで末っ子ポジションだったあたしがお姉さんぶれる貴重な相手だったのに…!
…なーんて!
実際は同じ目線で話せるようになって正直楽しいと思ってたりするのが本音なんだけどね。
「おーい、お前らー!」
そんな時、少し離れたところから大きな声で呼びかけられた。
反射的にあたしとカインが振り向くと、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってくる王子様がひとり。
「あ…、エッジ」
「おうおう、あ…とは軽いご挨拶じゃねえか」
「えー…じゃあ、わあ!エッジ王子〜!いかがされました〜!?」
「…そこまでされると何かムカつくぜ」
「なんだとー!」
シュタッ…と身軽に走ってきたエッジ。
迎えた反応に不満があるようだったから、思いっきりランランにリアクションしてあげたらそれもまた不満だという。まったく我儘な王子様ですこと。
「…で、どうした?セシルたちとは別行動か?」
「ん?ああ、まあな。特に一緒に行動してはいねえな。リディアがあの幻獣王と女王に話があんだろ?セシルたちもそれに付き合ってるからな。長そうだったし俺は退散してきた」
カインが要件を尋ねれば、エッジはうんと体を軽く伸ばしながらそう答えた。
その回答に、あたしはポンと手のひらを叩く。
「ああ!エッジ、長い話とか嫌いそうだよね!」
「お前それ人のこと言えんのか」
「失敬な!まあ、否定はしないけど」
「へっ!やっぱりじゃねえか」
「えー?じゃあエッジは?」
「まあ、否定はしねえよ」
お互い様。
あまりにくだらないやり取り。
だけどそれが何となく可笑しくて、あたしとエッジはしばらく顔を合わせた末にふたりして同時に噴き出した。
きゃっきゃと騒ぐその姿には、幻獣さんたちもなんだなんだ注目しているような。
いやでも、エッジとは会ってからずっとこんな感じだ。
妙にカチッとテンションがハマるみたいに。
これで今の面子の中で一番年上だってんだから驚きだよね。
「あ、そうだ、エッジ。あたしエッジに忍術のこと聞きたいと思ってたの!」
「あん?忍術?」
「うん!結構武術の文化とか好きなんだ。忍術ってエブラーナ独自の文化だし、ずーっと興味があって」
「いやダメだな。エブラーナ流忍術は王家の秘伝だ!そう簡単にゃ教えられねえよ!」
「えー!エブラーナの王族から直接話聞けるとか結構贅沢なお話だと思ったのにー!」
「…ほー?へへ…まあ、それもそうだな。…仕方ねえなあ、ま、お前は骨もあるし、答えられることは答えてやるよ。このエッジ様が直々にな!」
「え、本当!?やった!」
つーっと高いテンションのままお願いしてみたら、エッジはそう約束をしてくれた。
いやー、やっぱ頼んでみるもんだ!
でも本当に今言ったことは全部本当で、あたしは結構色んな武芸が大好きだ。
実際、ヤンにもモンクの心得って言うか…格闘の基礎とか簡単に教えてもらったりもしていた。
格闘に関しては受け身の取り方とか、実際の戦闘で役立っているものもかなり多い。
そんな風にきゃっきゃと喜んでいると、カインがしばらくずっと黙っていることが気になってきた。
いつもならこの辺で「お前も好きだな…」とか「お前たち騒々しいぞ」とか、そんな感じの声が入ってきそうな物なのに。
だからあたしはふっと隣にいるカインの顔を見上げた。
「カイン?」
「なんだ?」
すると、カインはすぐに言葉を返してくれた。
別に何事も無い。
いつも通りの反応。
…けど、なんとなく静かと言うか…そんな印象を受けたのは気のせいだろうか。
なんというか…考え事でもしてたのかな、みたいな。
「なんか、考え事してた?」
「…いや、大したことじゃない」
「そう?」
ストレートに聞いてみたら、カインは否定をしなかった。
それはつまり、やっぱり多少なりとも何か考え事をしていたということ…だろうか。
するとそんなやり取りを見たエッジはどこか関心したような口ぶりであたしたちを見比べた。
「お前ら幼馴染みなんだったか?ガキの頃からの知り合いとこうずっと繋がってるってのも結構おもしれー話だよな」
「ん?ふふ、でしょー?カインもセシルもローザも自慢の幼馴染みよ〜?」
エッジの言葉にへらっと笑う。
カイン、何考えてたのかな。
でも別にゴルベーザのこととは違う気がする。そんな深刻そうな感じはしなかった。
根拠は?って言われたら、それは腐れ縁の勘なのだけれど。
少しだけ気になったけど、まあ別にそう深く考えているわけでもなさそうだし。
たまにはそういうこともあるだろうと、あたしはそのまま笑っていた。
To be continued
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