きみへの想い | ナノ

▽ 悲しき別れ


忍びの国エブラーナ。
その王子様エッジを仲間に迎え、あたしたちは洞窟を抜けた先にあるバブイルの塔へと辿りついた。





「よっしゃ!がんがん突き進むぜ!」





強気に、活動的に道を突き進んでいく王子様。

や、こういうテンションは嫌いじゃない。

だけど、その先陣を切る背中にふと思う。
…あたしの思い描いてた王子様とはえっらい違いだなー…なんて。





「なんだ、その顔は」

「いやー、元気だなーと思って」

「…お前に言われるとは、相当だな」





そんなこと言いながらも、ちらっとエッジを見て否定はしないカイン。
これは、カインも同じようなこと思ってると見たね!

だけどま、それが悪いことかって言うと…全然そんなことはなくて。





「ちょっとは落ち着きなさいよ!」

「へっ、勢いがあるときはその波に乗っておくもんだぜ!」





リディアに怒られても、へらっとしてるエッジ。
敵陣なんだから、確かにそう騒がしくしてるってのもあれなんだけど、でも今の空気はそう悪いものじゃない。

リディアだってずっと暗い顔してたのに、今はちゃんと顔を上げている。

エッジの加入は、今のあたしたちにとって良い風になったのかもしれない。





「んふふ、いいじゃんエッジ。あたし、あーゆー人好きだよ〜」

「同じ匂いでもしたか?」

「んー。なんていうか、あの人も結構大変な目にあったと思うんだよね。さっきのルビカンテの件も然り、エブラーナも落とされちゃったわけだし」

「…まあな」

「それでも、ああやって前向いてる姿勢はさ、結構眩しく見えるよ。エブラーナの洞窟でさ、結構慕われてたんだ、あの人。理由、ちょっとわかった」





心配されていた。慕われていた。
そう思われるのは、その人が精一杯に人の為になれるから。





「まぁカインが一番好きなのは変わんないけどね!不動の一位だよカイン!やったね!」

「……聞いとらん」

「やだもう、照れんなよー!」

「…たまに、お前と俺は違う言葉を話してるんじゃないかと思う事があるんだが」

「あははっ!」





だけど、その一位の理由をカインは知っているのだろうか。
勿論、理由はたくさん…数えきれないほどあるけれど。

でも、そのうちのひとつ。

あたしは好きなのだ。
精一杯に人の為になれる人が。

へらりと笑ってたら、カインは何か言いかけた。





「なあ…ナマエ」

「うん?」

「お前はどうしてそこまでまっすぐ…」

「え?」





でもすぐに口を閉ざしてしまう。

あたしは覗き込み、首を傾げた。





「まっすぐ?なに?」

「…いや、今はやめておこう。敵地のど真ん中で」

「んー。まあ、そりゃそうだとしか言えないんだけど、それでいいの?」

「ああ。…なに、大したことじゃない」

「ふーん?じゃ、ここを攻略したら聞かせてね」

「フッ…俺が忘れていなかったらな」





カインは何を言いかけたのだろう。
気にはなるけど、確かに敵地のど真ん中なのは事実なのだ。

今は、しっかりと前に進んでいくことが先決だ。
バブイルの塔の、奥へ、奥へ。

きっと、ここでも何か…苦戦を強いられる戦闘が待ち構えている事だろう。

…だけど、その敵と対峙した時、その苦戦の意味が…いつもと全く違う意味を持つことになるとは…この時は、思いもしていなかった。

それが訪れたのは…進み続けてどれくらいになっただろうとそう思い始めた頃…。
あたしたちは不自然に佇むふたりの人影を見つけた。





「親父!お袋!」





見覚えのない顔。

だけど、あたしたちの中でひとりだけ…その人物たちに大きな反応を見せた人がいた。

それは勿論、エッジ。
彼は目を見開かせ、両親だと呼びかけた。





「良かった…お前も無事だったのね」

「お袋も!」





どうやら、そこにいたのはエブラーナの王と王妃だったらしい。
エッジは感極まったようにふたりの傍に駆け寄っていく。

少し、驚いた。
だってエブラーナの王と王妃は亡くなったと聞いていたから。

でも、その驚きは徐々に違和感へと変わっていった。




「…ん…?」

「…どうした、ナマエ」

「いや…」





目を細めたあたしの反応に、カインが気が付いて声を掛けてくれた。

あたしはじっと…エブラーナの王と王妃を見つめた。
なんだろう。なんだか…変な感じ。

前にも…何か似たようなものを感じたような。





「エッジ…お前もいらっしゃい…」

「私達と一緒に…」





王と王妃は、歩み寄る息子へ手を差し伸べた。
エッジもその手に応えるように手を伸ばそうとする。

だけどその瞬間、あたしはその違和感の正体を思い出した。

あれは、そう…カイナッツォに支配されていたバロン城。
あの時対峙したベイガンさんと同じような。

それに気が付いて、あたしは慌てて声を上げた。





「待って!エッジ!!」

「地獄にさあ!!!」





あたしが声を上げたのとほぼ同時に、王と王妃の姿がみるみる異形のものへと変わった。
差し伸べられていたその手のひらは返され、エッジに襲い掛かろうとした。





「危ない!」





咄嗟に反応したのはセシルだった。
セシルは走り、エッジの肩を引くと盾を構えて攻撃を防いだ。





「な…」





庇われたエッジは、その光景を見て呆然とした表情を浮かべた。





「ナマエ!これは!」

「うん!セシル!これ、多分ベイガンさんの時と似てる!」





盾を構えたままのセシルに聞かれ、あたしは頷きながら魔法の詠唱の準備をした。

カイン、ローザ、リディアも戦闘の構えをとる。
そんな中、エッジだけは信じられないものを見るかのように立ち尽くしていた。





「どうしちまったんだい!?親父っ!お袋っ!」





呼びかけるエッジの声は、王と王妃に届かない。

ベイガンさんの時と同じなら、この王と王妃は…おそらく本物。

偽物だったとしても、悪趣味に変わりない。
けど…偽物だったら…どんなに楽だっただろう。

もう、人じゃない。
心を失った…王と王妃。

エッジの心を汲むように、皆はなるべく防御や受け流すようにして耐えていた。
だけど…そんなこといつまでも続けられない。

やらなければ、やられてしまう。





「エッジ…!」





エッジの顔を覗けば、そこには動揺が滲んでいた。

当たり前だ。
肉親と戦えなど、惨いにもほどがある。

彼は諦めず、また王と王妃に呼びかけた。





「親父っ!お袋っ!俺だよっ、なあっ…!!」





悲痛な声、痛いくらいの叫び。
するとその時、王と王妃にわずかな変化があった。





「ぐっ…」

「うっ」





ぴたりと、攻撃の手が止む。
その変化に、その場にいる誰もが何かを感じ取った。

声が…届いた?





「エッジか…」





王の静かな声。
その声と共に、ふたりの視線がエッジにゆっくりと向けられる。

さっきと、全然違う。
良心が…戻った…?

その声と視線は、明らかに穏やかさを帯びていた。





「親父!お袋!」

「エッジ…ワシの話を聞け。我々はもう人ではない…生きていてはいけない存在なのだ」

「あなたに残す物がなくて…」





エッジの声に応えた二人は、己が今どういう存在なのかわかっているようだった。

もう、人じゃない…。
またいつか…良心を飲み込まれてしまう。

この世界にあってはならない…そんな存在であると。





「この意識のあるうちに我々はここを去らねばならん…後を頼んだぞ。エッジ」

「嫌だ!いっちゃ嫌だっ!」

「さよなら、エッジ」





堅い覚悟と共に、自ら消滅を選んだ王と王妃。
…その覚悟は、眩しいほどに尊い。





「待ってっ!お袋っ!嫌だー ー ー!!!」





エッジの叫びがあたりに響き渡る。

王と王妃が、静かに消滅していく。

彼の叫びに、皆が目を伏せ、苦しい表情を浮かべた。





「うおおおおおお…!!」





エッジの膝が、がくっと折れた。
彼は崩れるようにその場にうずくまり、ガンッと拳を地面に叩き付けた。

その姿に、誰も掛ける言葉が見つからなかった。
あたしも…ただ、彼の震える背を見つめる事しか出来なかった。

辺りに流れた、苦しい静寂。

でもそれは、長くは続かなかった。





「ルゲイエの奴め。勝手な真似をしおって…!」





どこからか声が聞こえた。
低い…男の人の声。

その直後、目の前にぶわっと大きな炎の渦が巻き上がった。





「…ルビカンテか!」

「え…!」





何が起きたかを察したらしいカインが槍を構え、その炎の渦を睨む。
その言葉に全員が炎を見つめ身構えた。

視線が集まると、ひゅ…と炎は消える。

その中から現れたのは…赤いマントの男性。
最後の四天王…火のルビカンテの登場だった。



To be continued


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