▽ そこにあるぬくもり
「…う…そ…」
閉ざされた扉の前。
中から聞こえた爆音に、ずるっ…と足の力が抜けた。
隣にいるセシルもぐっと歯を食いしばっている。
…ヤンが…あたしたちを庇って…。
目の前で起きた、信じたくない事実。
ヤンのおかげで、巨大砲を食い止める事はできた。
だけど…それは、その場にいる全員の心に、大きな傷を残した。
「…立て、ナマエ」
「……カイン…」
座りこんだあたしの腕をカインが掴み、ぐっと立ち上がらせた。
そして優しくトン、と肩を叩いてくれると、カインはセシルに声を掛けた。
「セシル…退くぞ。いつまでもここでこうしているわけには行かない。ヤンの行動に報いるのなら、いち早く次の策を練るぞ」
「…ああ…そうだな」
セシルは頷きながら、最後に扉を強く押した。
だけど爆発の衝撃もあり、扉は歪になって開くことは無かった。
確かに…あたしたちは今後どうするか、今一度考え直さなきゃならない。
そしてそうする事が、ヤンのためになるのも事実だった。
「行こう!皆…!」
全員の顔を見渡したセシル。
あたしたちは頷き、バブイルの塔の外を脱出することにした。
その間…出口を目指す時の皆の足取りは重く、そして、静かだった。
リディアなんかは、ぐす…と鼻を鳴らし、泣くのを耐えているようにも見えた。
そうして、黙々と出口を目指し…辿りついたとき、あたし達は…嫌な声を耳にすることになった。
『なかなか楽しませてくれる…』
どこからか聞こえた低い声。
最近聞きなれてきた声だ。
慣れたくなんか全然ないけど。
「ゴルベーザ…!」
セシルが宙を睨む。
彼の言うとおり、聞こえたのはゴルベーザの声だった。
ゴルベーザは言う。
『鬼の居ぬ間に命の洗濯か?遊びはこれまで…。そろそろお別れを言おう。さらばだ…!』
その言葉の瞬間、突然揺れ出した足元。
「え…!?」
「ッ走れ!!」
あたしが足場に来を取られた瞬間、カインが大声で叫んだ。
ハッとして背後を見れば、後ろから徐々に足元が崩れてきていた。
「ぼけっとしてるな!ナマエ!」
「あっ、は、はい!」
ぐんっとカインに腕を引かれた。
あたしたちは崩れる足元から逃れるため、とにかく走った。
でも、このままじゃまずい。
間に合わない…!?
そう恐怖に追いつかれそうになった瞬間だった。
「乗れーっ!」
聞こえた叫び声。
そして、エンジン音。
あたしたちは迷わずに掻け、飛び出した。
その声を、そのエンジンの音を、絶対の味方だと知っていたから。
「ギリギリセーフじゃったの!」
まさに、その言葉通り。
間一髪のところであたしたちを広い、空へと飛び立った飛空艇。
それはドワーフの城で一度別れたシドだった。
シドは飛空艇を修理し、こうしてギリギリのところであたしたちのピンチに駆けつけてくれたのだ。
「シードーーー!!」
「コラ!ナマエ!操縦中に抱きつくでない!」
思わずその腕に抱きつけば、ちょっぴり怒られた。
でも、その再会は純粋に嬉しいものだった。
シドが助けに来てくれて助かった。
だけど…シドは気が付く。
そこに足りない…ひとりの存在に。
「ヤンはどうした?」
ヤン…。
その名前を聞いた瞬間、皆の顔に影が差した。
あたしも、俯いてシドから体を離す。
「ヤンは…巨大砲をくい止めて」
重たい空気の中、そう答えたのはセシルだった。
その一言でシドも察する。
シドは前を見つめたまま「…そうか」と小さく呟いた。
「…ぐすっ」
その時、ぐすっとリディアが涙を拭った。
それを聞いたシドはリディアの存在に気が付いた。
「その姉ちゃんは?」
そういえば、シドとリディアが会うのは初めてだったかもしれない。
リディアが駆けつけてくれたのはシドと別れた後だ。
セシルはシドにリディアの事を説明した。
「ミストの生き残り…リディアだ」
ミストでの事情はシドも知るところだった。
だけど、経緯や詳しい事を話している時間はない。
気が付くと、後ろに敵が迫ってきているのが見えた。
「振りきれんのか!?」
「こっちの方が性能は上のはずじゃが…!奴らも赤い翼を改造したらしいの!」
カインの言葉にシドは加速を試みるものの、向こうの改造も馬鹿には出来なさそうだった。
このままじゃ追いつかれてしまう。
皆の顔に焦りが滲み出す。
「踏ん張れ、エンタープライズ!エンジンがもたん!変われい、セシル!」
シドは何か策を思いついたのか、舵を放しセシルに託した。
セシルは言われるままに舵を取るものの、皆、シドの動向を気にした。
そして、あたしはシドから懐から取り出したものを見て、時が止まったような感覚を覚えた。
「え…シド…?」
ぞく…と震えた。
シドの手に握られていたもの。
それは爆弾だった。
「シド、あなたまで!」
ローザがぎゅっと顔を歪める。
その顔を見たシドはふっと笑みを零した。
「フフ…ローザとセシルの子が見たかったが…ヤンが寂しがるといかん。お前達はバロン城に向かいワシの弟子達に会え!」
「おじいちゃん!」
「せめておじちゃんを呼べ!いいなバロン城へ急げ!」
リディアの言葉に文句を返すシド。
最後まで、シドはシドらしい。
…最後…?
自分の頭に過ぎった言葉に問う。
最後って…何。
「…っ、シド!」
あたしは駆け出した。
淵に立つシドに向かい、止めようとする。
だけどシドはニッと笑った。
「ナマエ!お前はそのまま、お前の気持ちを大切にせい!」
「ッシド…!」
手を伸ばす。
だけど、間に合わない。
ひゅ…と、消えるシドの身体。
落ちていく…。
「ゴルベーザ!飛空艇技師シド一世一代の見せ場じゃあッ!」
シドの叫び声。
そして…直後、ドガン!!!という大きな音が響き渡った。
エンタープライズは地上へ進む。
突き抜けた瞬間、地底への穴はふさがれた。
あたしたちは逃げ切れたのだ。
だけどそこに、喜びは無い。
「何でみんな…」
リディアががく…っと膝を折って座り込んだ。
「どいつも死に急ぎやがって!」
カインがやり場の無い思いをぶつけるよう艇体に拳を叩く。
重たい…悲しい空気がその場に残る。
「バロンへ…向かう!」
弟子に会え。
シドの最後の言葉を思い出し、セシルは舵をバロンへと切った。
「…はあ…」
バロンに向かう間、あたしは船室の中にいることにした。
息を吐く。
それは…重たいため息だった。
用意されていた小さなベットに座り込む。
道すがら、あたしはずっと、そこでぼんやり座り込んでた。
「…大丈夫か」
閉めた扉が開く。
顔を上げれば、そこにはカインは立っていた。
まあ…他でもないカインの声ですから。
見なくてもすぐにわかったけど。
「うん。あたしは全然大丈夫だよー。体調万全すぎるくらいさ」
ぷらぷらと、足を遊ばせて答える。
へらっと軽い笑みを浮かべて。
だけど…その笑みはすぐに消した。
「でも、流石に参る」
膝を抱えて、遠くを見ながら呟いた。
この一件が始まってから、あたしはどれだけ人が傷つく姿を見ただろう。
共に戦った同士たちも、次々にいなくなっていく。
あたしは気楽に生きているほうだけど…。
流石にこの状況は堪えるものがあった。
「…カインはさ、無茶しちゃダメだよー」
「…その言葉、そのままお前に返すぞ」
「あはは、そっか」
ちょっと…力なく笑った。
するとカインはこっちに歩み寄り、あたしの隣に腰を下ろした。
「…本当に、無理はするなよ」
「…うん」
カインは、こちらを見ていた。
なんだか見透かされてるような…そんな感じ。
…カインは、人の心の機微によく気が付く。
「じゃあ…ちょっとだけ」
「………。」
トン、と…あたしはカインの胸に額を寄せた。
するとカインはそんなあたしの頭に手を置き、優しく撫でてくれる。
…ちょっと久しぶり。
でも、それは慣れた感覚。
昔からよく…何かあると、カインは胸を貸してくれた。
あたしはその感覚に身を澄まし、ゆっくりと目を閉じる。
「…はー…」
そっと…心を落ち着かせるように息を吐く。
もう、誰も失わないように…。
あたしたちは今…そのために戦ってるんだから。
だから、また…前を向く。
ただ…今だけは、少し…弱音を見せた。
END
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