きみへの想い | ナノ

▽ 水のカイナッツォ


「はー…っ、やっと出た…!」

「あーっ、せいせいするぜっ!」





抜け出した水路。
やっと見えた光に、あたしとパロムは大きく深呼吸をした。

この水路は随分昔に封鎖された物だった。
だから中には魔物がうようようようよ…、それはもううざったい!

しかも過去の水路なだけに…じめつくそこはカビの聖地。
パロムと一緒になって「カビ臭ッ!!」と思わず叫んでしまったじゃないか、まったく。

まあ、もうカビ臭くないし…そんなこといつまでも言ってる場合じゃない。





「…城内もいやに静かだね」





警戒するようにそう目を細めたセシル。
その言葉を聞いて、あたしもきちんと気持ちを入れなおした。

すると、その時だった。





「セシル殿!ご無事でしたか!」





聞こえてきた聞き覚えのある声。

だけどあたしたちは全員、身を構えた。
あたしとセシルにとっては聞きなれた声だけど、それだけで気を許しちゃいけないって今までで十分に学んだもの。

かしゃん…、バロンの鎧を身にまとい、歩み寄ってくる人物…それは、近衛兵長ベイガンさんだった。





「ベイガン!まさか君も…」

「私がどうしました?」





探る様なセシルの態度に、首を傾げるベイガンさん。
セシルは態度を崩さないままに、ゆっくり彼に近づいた。





「ゴルベーザに操られて…」

「まさか。私とて近衛兵を治める身。バロンの忠誠は誰にも負けられません!」





御冗談を、というかのように笑うベイガンさん。

人がいいセシルは、基本的に誰かを疑う…と言うことが得意ではない様に思う。
だからその分カインが過敏になったりして。でも、過敏になればいいってものでもない。

そういう意味でふたりは、本当にいい相棒同士だと思う。





「シドが捕まえられていると聞いたが?」

「私ども残った近衛兵で彼を助けに来たのですが、生き残ったのはこの私だけ…」

「そうか。一緒に行こう!君がいてくれれば心強い!」





悲しそうに目を伏せたベイガンさんに、セシルは手を差し伸べた。
いつもの優しい、あたたかい表情で。

でもそんな時、パロムとポロムがあたしに問いかけてきた。





「…ナマエおねーさん?」

「…なあ、ナマエねーちゃん。気づいてるか?」

「……うん。そうだね」





出来れば、あたしだって疑うなんてこと…したくない。

でも…ひしり、と伝わった。
ぴりぴりした…嫌な魔力。

それに、今はカインがいないから。
カインの代わり、あたしでも出来るかな?





「臭うな」

「魔物の臭いですわ!」





パロムとポロムが声を張り上げた。
小さな手にぎゅっと武器を構えて、敵に備える様に。





「なに、何処だ?」





その声に反応し、腰に携えた剣に手を伸ばしたベイガンさん。
だけど、パロムとポロムが武器を向けたのは…そのベイガンさんだった。





「臭いんだよ!」

「お芝居するならもう少しうまくやっていただきたいものね」





己を睨む小さな魔道士に、困惑を見せるベイガンさん。
だからトドメは…あたしだ。





「うろたえる演技も…やめたらどうです?」





だって、この人からはもう…人の気配がしなかった。





「やはり君も…ゴルベーザにっ!」





あたしたちの声を聞き、セシルも再び疑いの目を戻した。

そこまでいけばもう隠し通すことは出来ないと悟ったのだろう。
ベイガンさんは、妖しく笑いだした。





「止めていただきたいですな。そんな言い方は…」





最初こそ静かな声だった。

でも、徐々に徐々に崩れていく。
それに比例するように…気配もより色濃くなっていく。





「あの方は素晴らしい物を私に下さったのですよ。こんな素敵な力をねッ!」





そう叫んだ彼の体は、やっぱりもう…人の物じゃなかった。

辛いけど、倒すしかなかった。

ヤンも加わって、セシル以外にも前線で戦える人が出来たのは大きい。
おかげであたしも魔法のほうに集中することが出来たし、楽勝とはいかなかったけど、早々にケリをつけることが出来た。





「甘いぜ、あんちゃん!」

「まさか、ベイガンまでも…」





パロムはセシルを小突いていた。
セシルはつい先日まで味方だった知った顔に、ショックを隠せていないみたいだった。





「あの…ナマエおねーさん、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。でもちょっとだけね、怖くなったよ」

「味方…だったのでしょう?無理もないですよ」

「そーだね。でも、もういっこ…ちょっとね」

「もうひとつ、ですか?」





ポロムは不思議そうにあたしを見上げていた。

ベイガンさんは近衛兵長だし、よく知った顔だ。
だからそれも凄くショックだった。

でもそうなってくると、嫌な予感は連鎖するように浮かんでくる。

きっと…こんな風に、魔物にされてるのはベイガンさんだけじゃないんだと思う。
他の兵士の人も、何人かはきっと。

もしかしたら王様も…。
そう考えれば、王様の様子がおかしくなったことにも頷けちゃうから嫌になる。

嫌な予感はまだ続く。
ファブールのクリスタルルームでしがみついた時、嫌な気配は無かった。
だから、あの時はただ操られてるだけだったと思う。

でも…もしかしたらそのうち、カインだって…。
それに今は…ローザだって向こうの手の中にいるんだから。

そんな風に考えたら、背筋がゾッとした。





「…セシル!王の間に急ごう!」

「…ああ、そうだね!」





とにかく今は進まなきゃならない。
あたしはセシルを促して、王の間に走った。

開いた扉。
正面に見えた玉座に座るのは、よく知ってる王の顔。





「セシル、ナマエ、無事であったか!」





扉の向こうにいたバロン国王。
国王様はあたしとセシルの姿を瞳に捉えると、歓迎するかのように迎え入れてくれた。





「陛下…」





今の陛下はおかしい。
そう気づいていながらも歩み寄り頭を下げたセシルは真面目だと思う。

あたしはだたじっと、王様を見つめてた。





「その姿はパラディン。そうかパラディンになったか…」





玉座に腰掛けたままセシルを見つめて、その白い輝きに目を細める王様。
でもそれは誉め讃えたり、労う反応じゃない。





「…だがいかんぞ、パラディンは」

「陛下……いや、バロン!」





玉座を立ち上がった王様。
セシルはその様子に剣を構え、そして見据える。

そんなセシルの様子に、王は笑いを飛ばした。





「バロン?クカカカ…、誰だそいつは?」





それを聞いて、頭の中で何かがツン…とした。

誰だそいつは…。
今、目の前にいる奴はそう言った。

あたし、ベイガンさんみたく王様も魔物にされてるのかもって思った。

でもそれは間違ってた。
本当は、もっともっとシンプルな話だったんだ。





「思いだしたぞ。確かこの国は渡さんだと言っていた愚かな人間か。そいつに成り済ましていたんだっけなあ。ヒャァッヒャッヒャ!」





馬鹿みたいな高笑い。

ぎりっ、と拳を握りしめた。

王様は、優しい人だった。
クリスタルを無理に奪ったりするような暴君じゃなかった。





「っ貴様、陛下を!」





その事実を知ったセシルは剣を抜き、奴を睨んだ。
鋭い視線を受けた奴は、また大きく高笑いした。





「会いたいか?王に会いたいか?俺はスカルミリョーネの様に無様な事はせんぞお。何しろあいつは四天王になれたのが不思議なくらい弱っちい奴だったからなあ。グヘヘヘヘ!」

「と言う事は貴様も!」

「いかにも!ゴルベーザ四天王、水のカイナッツォ!」





そう名乗ると、借りえていた王の姿はみるみる変わっていった。

ゴルベーザ四天王水のカイナッツォ…!
新たな敵と、対峙した瞬間だった。



To be continued

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