奇跡の可能性



攻防の末、シンはべベルへと落下した。
その様子を見た俺たちは、一度飛空艇の中へと戻ってきた。





「復活…するかな」

「多分な」





ユウナが問い掛け、ティーダが頷く。
そうだ。落とせたと言っても倒せたわけでは無い。





「なんでえ!?そうなのかよ!」

「シンの中にいる奴を倒さなきゃならない」





その事実を聞いたシドが落胆の声を上げ、ティーダがその根本を説明した。

シンの中にいるエボン=ジュ。
シンは奴を守る鎧に過ぎない、か。





「これだけで倒せたら討伐隊だって苦労しねえよな」

「でも、シンを弱らせたのは確かじゃない?」

「そうだよ!そうだよ!」





事実を前向きに捉え、勢いのある空気を保とうとする声が上がる。
一気に攻め、駆け抜けシンを落とした手応えは、確かに誰もが感じていた事だろう。

勢いがある時は勢いに乗る。
戦いの中でティーダが言っていた言葉だが、案外悪くないものだと思う。





《んじゃ、やったろーじゃんか!》





その言葉を聞いて真っ先に笑ってシンに駆け出して行ったのはナマエだった。

甲板から一番に飛び降り、シンに向かって着地する。

あの瞬間は正直ひやりとさせられた。
だが、その真っ直ぐな姿に思わず笑みを零してしまったのも事実だった。





《待てよ!エースはオレだっつーの!》





その直後、その背を追い駆けたのはティーダだった。

まったく…妬かせてくれるものだな。
微かにそんな事を思い、また、小さく笑った。

流石は親子だ。その姿はいつかの日のジェクトとナマエのやり取りを見ているような懐かしい感覚にも似ていた。





「ああ!シンが!」





そんなことを考えていれば、モニターを見ていたリュックのそんな声が聞こえた。

モニターに映るシンはべベルの地に起き上がった。
その背に羽根の様なものを広げられている。





「ジェクトは、待っているようだな」

「…うん」





シンの姿を見てそう呟けば、隣にいたナマエが頷いた。

ああ、ジェクトは待っている。確かにそう感じる。
あまり待たせるわけにはいかないな。あいつは待つのが苦手だった。





「また甲板から飛び移ろう!」

「父さんたちの願い、叶えに行こう」





ふたりで話をしていたのか、しばしその場を外していたティーダとユウナ。
ブリッジに戻ったふたりは共に決意を露わにする。

仲間たちはその声に力強く頷いた。

そして再びシンに向かおうと次々と甲板に駆けていく。
俺とナマエもだ。

しかしその際、ナマエは一度俺の事を呼びとめた。





「アーロン」

「…どうした?」





仲間たちの足音が遠ざかる中、俺は足を止めてナマエに振り向いた。

ナマエが歩み寄ってくる。
そしてナマエはじっと俺の顔を見上げた。





「なんだ?」





あまりにじっとに見つめてくるものだから、俺はそう尋ねた。
するとナマエは視線はそのままに、しかしどこか穏やかな表情で俺に問いかけてきた。





「ねえ、アーロンはさ、あたしのこと幸せのしてやれないって言ってたね?」

「……ああ」





その言葉に、目を伏せたのは俺だった。

ナマエに想いを告げた日、俺は言った。

自分は全てにカタがついたら異界へゆくと。
幸せにしてやれぬのだから、想いを伝えるべきではないと思ったと。

本当は、まだ心のどこかでほんの少し…思っていたのかもな。
置いていく、残してしまうと言う事実は、決して変わる事など無いのだから。

辛い思いをさせる。
それは酷く心苦しい。

しかしナマエは、穏やかに…そして真っ直ぐに俺に微笑んで見せた。





「なら、あたしがアーロンのこと幸せにしてあげるよ」





しゃん、と言い切る。

それは、思いがけない言葉だった。
思わず目が丸くなった。

そんな俺に構うことなく、ナマエは続ける。





「悔しかったことも、悲しかったことも、全部あたしが変えてあげる」





見せた笑顔。
優しく、だが、したたかで。

そう言ってのけたナマエの姿は、本当に凛としている。

ああ…やってくれる。
頭に浮かんだのはそんな感情だ。





「…敵わんな、お前には」





俺はそう言いながら、思わず笑みを零した。

そんな言葉を言われてしまえば、降参だな。
そうだな…。言い表すのであれば、惚れ直した…とでも言おうか。

ナマエは止めていた足を動かし、歩き出す。





「じゃあ、行こ!皆にどやされちゃう!ジェクトさんも待ってるよ!」

「ああ」





行こう、と言うその声に応えて頷く。
そして共に走り出す。

甲板を目指すその中で、俺はその少女を目に映す。

…本当は、お前に逢えたと言う事だけで、俺は十分幸せ者だ。
出逢えたこと、共に過ごせたこと…。何もかもが掛けがえない。

…異世界、か。
きっと、出会えたことはとんでもない奇跡なのだろう。

だが、その奇跡には素直に感謝したい。

そんなことを、俺は本気で思っている。



To be continued

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