物語を動かす時



「祈り子となる者は決まりましたか?誰を選ぶのです」





奥の間に赴けば、そこにはユウナレスカが召喚士を待っていた。
奴はユウナに問う。誰を究極召喚とするのかと。

しかしそれを答える前に、ユウナはユウナレスカに尋ねた。





「その前に教えてください。究極召喚で倒してもシンは絶対に蘇るのでしょうか?」

「シンは不滅です。シンを倒した究極召喚獣がシンに成り代わり…必ずや復活を遂げます」

「そんで親父がシンかよ…」





ユウナレスカの答えにジェクトがシンとなったその理由を得た。

こいつら謎はひとつ解けただろう。
解けたろことで、スッキリするようなものでは無いが。

その証拠にティーダは不満そうに顔を歪める。

ユウナレスカは話を続けた。





「シンはスピラが背負った運命。永遠に変えられぬ宿命です」





スピラが背負った永遠に変わらぬ宿命。
ユウナレスカという絶対的な存在から語られるその言葉は、エボンの民からすれば絶望にも近い言葉だろう。





「永遠にって…でもよ!人間が罪を全部償えばシンの復活は止まるんだろ?いつかはきっと何とかなんだろ!?」

「人の罪が消えることなどありますか?」

「答えになっていません!罪が消えればシンも消える。エボンはそう教えてきたのです!その教えだけが…スピラの希望だった!」





動揺、取り乱す声が上がる。
しかしユウナレスカの顔色は変わらない。





「希望は…慰め。悲しい定めも諦めて、受け入れるための力となる」





静かな声のまま、奴はそう言葉を続けた。





「ふさげんな!」 『ふざけるな!』





その瞬間、ふたつの声が重なった。
ひとつは傍で叫んだティーダのものだった。

そして、もうひとつは…。





「アーロン…」





ナマエが小さく呟いた。

だが、その視線はこちらを見ていない。
見ているのは、再び現れた過去の幻。

叫んだのは、過去の俺だ。





『ただの気休めではないか!ブラスカは教えを信じて命を捨てた!ジェクトはブラスカを信じて犠牲になった!』





過去の俺はそう言いながらユウナレスカに刃を向けた。

冷静さなど欠片も無い。
その瞳は、後悔の色で一杯だった。





『信じていたから、自ら死んでゆけたのですよ』





変わらぬ静かな過去のユウナレスカの声音。

それを聞いた瞬間、何かが弾けたように過去の俺は叫んで走り出した。
ただただ力いっぱいに構えた剣を振り下ろす。

俺は目を伏せた。

結果は…圧倒的だった。





「アーロンッ!」





ナマエの叫び声がした。

それは、過去の俺の身体がいとも簡単に弾き返されたからだ。
弾き返され、そのまま地に強く叩きつけられた身体。

それを見てナマエは手を強く握りしめていた。

苦しい、苦しい。
そう伝わってくる…そんな表情。

そして、幻は消えた。





「究極召喚とエボンの教えはスピラを照らす希望の光。希望を否定するのなら、生きても悲しいだけでしょう?」





10年前と何一つ変わらない。
相変わらずのその声音でユウナレスカはそう言う。

すると、それを聞いたナマエはキッと強くユウナレスカを睨みつけた。





「何が、希望だ…。どこが希望なの!?悲しい定めを受け入れる!?その時点で希望も何も無いじゃん!言ってる事おかしいよ!希望って、そんな辛いものじゃない!」





睨み、叫ぶ。
ただ想いをぶつける、そんな叫び。

…痛いほどわかる。
かつての自分もそうだったのだから。

そんなナマエの叫びをどことなく嬉しく感じる自分もいた。

ブラスカのため。ジェクトのため。
希望を否定された仲間のため。
…俺のため。

だが、怒りに身を任せてはならない。

俺はナマエの腕に手を伸ばした。





「ナマエ」

「……っ」





ナマエは俺に振り返った。
自分でも、その声は穏やかだったように思う。

俺を見上げたナマエはコクンと頷いた。

わかった、と。
そして次に視線を向けたのはユウナのもと。

ナマエは見守った。
…ここで決断するのは、ユウナだと。





「さあ選ぶのです。貴女の祈り子は誰?希望のために捧げる犠牲を」





ユウナレスカは再びユウナに問いかけた。

視線がユウナものとに集まる。
ユウナはゆっくり、自分の素直な気持ちをユウナレスカへと吐き出した。





「……嫌です」





響いた声。
それを聞いた時、俺は微かに口元を緩ませたかもしれない。





「死んでもいいと思ってました。私の命が役に立つなら…死ぬのも、怖くないって。でも…究極召喚は…何一つ変えられないまやかしなのですね」

「いいえ、希望の光です。貴女の父も…希望のため犠牲となりました。悲しみを忘れるために」





素直に自分の想いを紡いでいくユウナ。
ユウナレスカはあくまで究極召喚を希望と呼ぶ。

ユウナは首を横に振った。






「違う。父さんは…父さんの願いは!悲しみを消すことだった。忘れたり…誤魔化すことじゃない…」

「消せない悲しみに逆らって何の意味があるのです」





その瞬間、ユウナは顔を上げ真っ直ぐ前を見る。
そしてその声も、強く力強いものへと変わった。





「父さんの事…大好きだった!だから…父さんに出来なかったこと、私の手で叶えたい!悲しくても…生きます。生きて、戦って、いつか!今は変えられない運命でも、いつか…必ず変える!まやかしの希望なんか…いらない」





まやかしの希望はいらない。
ユウナはそう言い切って見せた。

導き出したその答えに、ナマエは笑みを零しユウナを呼んだ。





「ユウナ」





その声に振り向いたユウナもナマエに笑みを向ける。
ナマエはユウナに頷く。それはユウナを肯定するという合図だった。

しかし、そんな答えをユウナレスカが認めるはずもなかった。





「哀れな…自ら希望を捨てるとは。ならば…貴女が絶望に沈む前にせめてもの救いを与えましょう。悲しい闇に生きるより、希望に満ちた死を。全ての悲しみを忘れるのです」





冷えていく。
声も、その場の空気も。

寒気。

ユウナレスカの身体が歪んでいく。
1000年もの時を生き、偽りの希望を与え続けたその存在は…もはや己が人であったことを忘れたように醜い姿へと変わり、襲い来ようとする。

その瞬間、俺は叫んだ。





「さあ、どうする!今こそ決断する時だ。死んで楽になるか、生きて悲しみと戦うか!自分の心で感じたままに物語を動かすときだ!」





時は、来た。

俺は、俺たちは過去に失敗した。
そんな俺の目的は、こいつらに死の螺旋を存続させるかを決めさせること。

俺は物語を進む手助けだけをした。
旅の真実を見極め、その物語の紡ぎ方を決めるのはこの旅の途上の…今を生きる者の権利なのだから。

俺は告げる。今が選択の時だと。
俺が逃してしまった機会を示す様に。





「キマリが死んだら、誰がユウナを守るのだ」

「あたし、やっちゃうよ!」

「ユウナレスカ様と戦うってのか?冗談きついぜ…」

「じゃあ逃げる?」

「へっ!ここで逃げちゃあ…俺ぁ、俺を許せねえよ!例え死んだってな!」

「同じこと考えてた」





そして役者たちは決意し始める。
過去の俺たちとは違う、新たな選択をする覚悟。





「最初っから答えなんて出てるよ。さっきから一発、炎ぶっ放さないと気が済まないっつーの」

「……フッ」





魔法の構えを取るように手を広げながらナマエが言う。その声に俺は小さな笑みをこぼした。

そうだな…。お前は、最初から叫んでいたな。
お前の中にはきっと、真実を知ったあの瞬間から同じ道を選ぶという答えは無かったのだろう。

物語を選ぶのはこいつら自身だ。
だが、俺も勿論願っていた。自分たちと同じ轍は踏んで欲しくないと。

その瞬間、ナマエは叫んだのだ。
大きな声で、そして強気に笑って見せた。

…望んでいたものが、そこにある気がした。

その時、はっきりと思った。
ああ…本当に、もう一度…お前に逢う事が出来て良かったと。





「ユウナ!一緒に続けよう、俺たちの物語をさ!」





最後にティーダがユウナにそう叫ぶ。
その声にユウナは確かに頷いた。

今、共に旅した仲間たちは無限の可能性にすべてを賭けた。

のちの世代に託さない。
自分達の力で戦い抜く事が出来る者たちだった。



To be continued

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