唇の触れた場所


クラウドと秘密のデートすることになった。

本当なら、こんなことありえない。
だからこれは、一夜だけの夢。

クラウドに手を引かれながらホテルを出る。
そして、ターミナルフロアまでやってきた。





「さあ、今夜はマジカルナイト!全てのアトラクションは無料になってるよ」





ターミナルフロアではスタッフのお兄さんがそう叫んで場を盛り上げていた。

全てのアトラクションが無料。
なんという大盤振る舞い。





「あっ、どうです、そこのお2人さん。今から、こちらイベントスクウェアで楽しいショーが始まりますよ!」





お兄さんはこちらに気付くと、イベントスクウェアの案内をしてくれた。

おお、これはゲームのままの展開だ。
あたしが相手でも、ちゃんとそのままになるんだなあ、なんて。

それは感心か、それとも安心か。

うん、でももう、今夜は楽しむって決めた。

だからあたしは、繋いだままの手を今度はこちらから引いた。





「ほら、クラウド!行ってみよ!」

「あ、ああ」





笑って言えば、クラウドも頷く。
こうしてあたしたちは宣伝の通り、まずイベントスクウェアへと足を運んだ。





「おめでとうございます!!あなた方が本日100組目のカップルです!!あなた方がこれから始まるショーの主人公です!!」





イベントスクウェアに入るなり、入り口でパンパカパーンと拍手された。

あたしにとってはやっぱり知ってる展開だ。
でも普通にイベントを見るだけだと思い込んでいたであろうクラウドは隣で目を丸くしている。





「はぁ?」

「難しいことはありません。あなたは好きにしてくださればショーのプロが話をまとめますので。ささ、こちらへ」





係の人はそう案内するように先を歩いていく。

一方、クラウドは相変わらずぽかん。
あたしはクラウドを見上げた。





「クラウドー。係の人、待ってるよー」

「え、ああ…。カップル…か」





なんかぼそっと呟いたクラウド。

…そこに反応するのか、君…。

あたしはふうっ、と軽く言う。





「ま、手なんて繋いでれば、そりゃそう見えるでしょ」

「…そうか」

「んふふっ、あたしにとってはなかなか贅沢体験♪」

「……。」

「んじゃ、行こ!」





あたしはいつも通り、うふっと笑って。
いやでも実際、思ってること言ってるし。

また再び手を引く。

こうしてあたしたちは、係の人の指示に従い、舞台袖へと案内して貰った。





「平和なガルディア王国に突如として襲いかかる、邪悪な影…。ああ、悪竜王ヴァルヴァドスにさらわれた姫君ルーザの運命はどうなってしまうのではありましょうか…。しかし、その時!伝説の勇者アルフリードがガルディア王国にあらわれたのであります!」





劇が始まり、ナレーションが響いた。

舞台にひとりの青年が上がってくる。
それはいまだ、いまいち状況を理解していないクラウド。

どうすばいいんだと困惑してるの丸わかり。
まだ出番じゃないあたしは舞台袖で軽く噴き出した。

そこに、兵士役であるプロの役者さんがやってきて、あれこれクラウドに話しかけだした。





「おお〜、あな〜たこそ〜伝説の勇者〜、アルフリ〜ド!なぜかわかりま〜す、わかるので〜す。どうか〜、どうか、ルーザ姫をお救い、くださ〜〜〜い。さあ〜、王様に〜 おはな〜しを〜〜!」





ふむ、ゲームだとなかなかギャグテイストに感じるけど、こう実際に見てるとちゃんと舞台になってるなって思う。

これは凄くいい発見だ!

いやあ、相変わらずオタク思考は抜けないね。
それは仕方ないよね。

ていうか、舞台上で戸惑ってるクラウドもご馳走様ですって感じだし。

でもクラウドは戸惑いながらもしっかり劇をこなしていた。

ここって結構色々おふざけ選択肢もあるところだけど。
ちゃんと王様に話しかけて、魔法使いに話しかけて。

そしてしっかり、悪竜王の弱点を聞き出す。





「ああ〜悪竜王の弱点、それは〜、それは〜そう!それは真実の〜愛!愛しあ〜う2人の力こそが〜、悪竜王の邪悪な〜る牙に打ち勝つただひとつの武器〜!」





高らかに台詞を言いあげる魔法使い。

そこであたしにもそろそろ出番ですよって指示が出た。

舞台上では完全悪として描かれている悪竜王ヴァルヴァドス。

そんな竜王様に、あたしは肩を叩かれた。
振り向けば自分に任せておけと、ぐっと親指を立ててくれる。

やだ、悪竜王ヴァルヴァドス、超心強い。

こうして遂にあたしの出番がやってくる。
うん、プロに任せていいって言われててもやっぱちょっと緊張するかもだ!

悪竜王ヴァルヴァドスに捕らえられ、いざ、舞台上へ。





「ガハハハハ〜!我こそは〜、悪竜王ヴァルヴァドス〜!さらった姫に〜何もしないで待っていたぞ〜!」





悪竜王ヴァルヴァドスに抱えられていた体を降ろされる。
そして何か一言、という指示。

えーっと、ここってヒロインの皆はなんて言ってたっけか。
確か、助けて〜勇者様〜って感じ。

まあ一言とはいえ、なんか気分は大女優。

なんだろ、こう人ってやっぱりスポットライト当たると気分いいよねっていうか!





「勇者様〜!お助けくださいませ〜!」





ノリノリで叫んだ。

そしたら目が合ったクラウドが顔をしかめたのが見えた。

アレは、何でそんなノリノリなんだあんた、って顔だ。
ノリノリなんだから仕方ないだろうよ!





「さあ〜勇者よ〜!今こそ汝の〜愛するものに〜口づけを〜!真実の愛の〜力を〜!!」





そしてまた魔法使いの高らかな台詞。
その指示は再び、クラウドに当てられたものとなる。

真実の愛の力。
勇者アレフリードが愛するルーザ姫に口づけするシーン。

するとクラウドの目が見開かれたのが見えた。

そしてぱちっとクラウドと目が合う。
その綺麗な青い瞳は、困ったように泳いで、揺れていた。

おお、戸惑ってるなあ。
見てるだけでそれが凄く伝わってくる。

別に口にするわけでもあるまいし。

ま、あたし的にはめっちゃくっちゃ面白いけど。

しかしクラウドが動かないとこの劇は終わらない。
クラウドもそれはわかっているだろう。

しばらくし、クラウドは覚悟したようにキュッと表情を締めた。

そしてゆっくり、こちらへと近づいてくる。





「……。」





無言のまま。
クラウドはあたしの前まで来ると、そこで片膝をついた。

そしてそっと、優しく手を取られる。



正直、ちょっとドキリとした。



いつものテンションだったとしたら。

キャー!
クラウドが手の甲にキスしてくれる〜!?

…みたいな感じだろうか。

でも、今は案外落ち着いてた。

ただ、自分の前に膝をつくクラウドを見つめて。
そしてクラウドもまた、手をとったままこちらを見上げて。

さっき意を決していたのに、またちょっと戸惑った顔。

その視線は気恥ずかしさを隠すように、取った手の方に落ちていく。





「…、」





少しだけ…、体が強張った。

熱を帯びたような、胸の奥がつんとしたような、はりつめたような…。
なんとも例えがたい、そんな…感覚。

そして、ゆっくり…柔らかさが手の甲に触れた。





「ウギャアア〜!!俺は〜愛の力に弱〜いんだあ〜!!」





クラウドの唇が離れると、背後の悪竜王ヴァルヴァドスが悲鳴を上げた。
そしてワイヤーを使い、宙へ飛びあがって舞台から退場。





「おお見よ〜!2人の愛の〜勝利〜だ〜!さあ皆の者〜、もどって〜、祝いの宴を〜」

「「そうしよ〜、そうしよ〜」」





王様と魔法使い、兵士が歌いだす。
そして退場してくださいと言う目配せ。

あたしとクラウドもそれに従い、王様、魔法使い、兵士と共に舞台袖へ。





「ああ、何と強い愛の力でありましょう…。伝説の勇者アルフリードの物語は、こうしてめでたく幕を閉じるのであります」





全員がはけると、ナレーションで終幕。

本当、ゲームのまま。
クラウドが全然ふざけなかった、一番まともな展開。





「……。」





見つめた手の甲。

クラウドに、キスされた。

舞台袖で、あたしはじっと…その場所を見ていた。



To be continued

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