一度きりの夢


「ふいー…と」





ボスン。
部屋に戻ってきたあたしは、仰向けにベッドに倒れこんだ。

見上げた天井には、雰囲気のあるランプがぶら下がっている。
窓の外は薄暗く、ゴロゴロと雷が鳴る音がした。

ゴーストをコンセプトにしたおどろおどろしいホテル。

本当、ゴールドソーサーだよ。すげえよ。

この世界に来て何度も抱いた感想。
でもぶっちゃけ、何度だって抱いちゃうよねって話だ。





「よいしょ…と」





あたしは上半身を起こし、ベットの上で胡坐をかいた。

2回目の、ゴールドソーサー。

明日になったら、古代種の神殿に行くことになる。
そして、…忘らるる都。

刻々と迫る。
もう、時間がないと思った。

今まで、どこか…考えないようにしてた、ストーリー。
でも本当は、頭のどこかではずっと…気にしていたストーリー。




…もうすぐ、エアリスが…いなくなってしまう。




ゲームを通して見ていた時から、少し不思議な雰囲気のあるキャラクターだと思ってた。

実際、この世界で会って接してみても、それは何となく感じた。

でも…。

ナマエ、って。
いつも笑って呼んでくれる。

他愛ない話して、ふざけて、悪戯っぽく一緒に笑った。

ただただ、大切な誰かと笑う日常を大切にしてる…そんな普通の女の子だって、思った。





「……。」





基本的に、未来を変える事…するつもりはない。

この世界に来てからずっと、思ってること。

未来を変える。
そんなものは良いことだと思わないし…なにより、あたし自身が、そうすることを…怖いと、思う。

今のところ…あたしの知る流れから大幅に動いているものはない。
そうならないようにもしてる、けど。

大幅に変える気で動いたのも七番街のプレートのことくらい。

もっとああしてたら助けられたんじゃないかって、そう思うこと…ある。
でも、変わらなくて安堵してる部分もある。

酷い話。

自分でも本当、そう思う。

あたしは善人じゃない。
でも…、人並みに何かを救いたいとも思う。

そしてそれが、自分にとって大切なものなら…なおのこと。





「元の世界に戻れたら…きっと…全部解決なんだけど…」





ぼそりと呟く。

未来を知る人間なんて、いない方がいい。
そう、さっき思った。

色々悩むことも、きっとなくなる。

……。

…そんなことを考えても、今すぐ帰れるわけじゃない。
突然消えるって保証もないけど。

…見捨てて、帰る…か…。





「…水飲も」





頭がぐるんぐるんする。

あたしはベッドから降り、部屋に備え付けられているウォーターピッチャーからコップに水を注いだ。
冷たい水がのどを潤す。おいしい。





「…デートイベント、どうなるかなあ…」





コップの中でゆらめく水を見ながら呟く。

ここに来て、気になっていたことが、もうひとつ。

2回目のゴールドソーサーといえば、好感度イベント。
クラウドが好感度の高いひとりとデートするという一大イベントのある時期だ。





「…誰とデートするんだろ」





お相手と言えば、候補者は4人いる。
エアリス、ティファ、ユフィ、それからまさかのバレットだ。

今回、その中でクラウドと一番好感度が高い人っていうと…一体誰だ。





「……。」





考えて、少し…止まる。

浮かんだ…ひとつの可能性があった。
でも、すぐ考えを振り払おうとした。

いやいやいやーって。

けど。





《ナマエ》





あたしを呼ぶ、クラウドの声。

その音…少しずつ、変わっていった。

気付いてる。
気付いてて、見ないふりして、知らないふりして。

大好きって、誰にでも言って、それ以上近づけないように。

だってあたしは、この世界で誰かを好きになることなんて…絶対にない。





「…っは…」





ぐいっと水を飲み干した。

あー、やめやめ。
なーに考えてんだか、本当にもう。

…デートの相手…。

もし、ここでデートイベントがなかったとしたら。
そうすると、ケット・シーがスパイだって気づけないわけで。

それってどうなるんだろう。
それでケット・シーが古代種の神殿の場所、教えてくれるんだよね。

いや、誰か普通にデート誘ってるかもしれないし。
ていうかゲームのシナリオがそうなんだから、普通にそうなる可能性の方が高いだろ。

うんうん、そうだそうだ、うん。

…そうすると誰が相手なのか、ひっじょーに気になるよね。

野次馬根性。
ひゅーひゅー、って感じだ。





「よーし…ちょっと、偵察」





誰かとデートするなら、それでよし。
誰が相手かだけ探って、ニヤニヤしたい。

大丈夫!
後をつけるとか、そんなはしたないことはしなくてよ!

そんなことを考えながら、あたしは部屋の扉を開いた。





「さーって…と」





クラウドくんのお部屋はどちらでしたかなー…と。
そう廊下を軽くきょろり。

するとカチャ…と、どこかの部屋の扉が開く音がした。

そこから出てきたのは…。





「へ」

「ナマエ?」





出てきたのはまさかのクラウド。
奴は廊下にいるあたしに気が付くと、てくてくこちらに歩いてくる。





「ナマエ、どうしたんだ?」

「……クラウド、ひとり?」

「え?ああ」

「…はあああぁぁ…」

「おい…なんだ、人の顔を見てそのデカい溜め息は」





あー…もう…本当にもう。
そんな風に頭を抱えると、クラウドは顔をしかめる。

まあそりゃ当然の反応だろう。
でもこっち的にもお前ってやつは…ってアレは変わらないのであるよ。

するとクラウドも息をついた。





「まあいい…、それよりあんた、どこか行くのか?」

「え?ああ、えーと、ちょっと…売店行こうかなーって」

「売店?」

「うん。いい?クラウド、あたしはこの世界が大好きなのですよ?」

「…知ってる」

「うんうん、だからこう観光地の売店とかも見たいなーって思っただけ」





廊下にいた以上、どこかに行くのかって話には頷くしかないから、適当に嘘をつく。
いやだって、まさかお前の動向を探ろうとしていたとは言えんだろうよ。

売店見たいなって気持ちは嘘じゃ無いしね。まあいいだろう。

それより、クラウドひとりって…。

…まさか…デートイベント、消失してる?





「ナマエ?」





黙ったあたしにクラウドは声を掛ける。

…前に、初めてここに来た時、クラウドはひとりで回ったって言ってたっけ。
本来あの時も、ひとりで行こうとしても好感度の高い誰かがついてきてくれるはずだから、ひとりで行動するってのはないはず。

…そのこと、本当は、部屋の中でも思い出してた。
でも、考えないように…そんなのたまたまだって、振り払った。

…偶然は、重なると…偶然じゃなくなる。

…いや、とにかくだ。
今クラウドがひとりでいると言うことは変わりのない事実。

それをどうするか。

だいたい、クラウドこそ廊下に出てきて何してるんだろう?





「クラウドこそ、部屋出てきて何してんのさ?」

「え、いや…俺は…」

「…はっ!もしかしてデート!?誰か誘いに行くところ!?」

「…はっ?」

「おー、いいじゃんいいじゃーん!」

「待て…そんなこと別に誰も…」

「えー!じゃ、誰か誘ってくれば?折角ゴールドソーサーで過ごせる夜だよ!」

「……。」





誰か、と勧める。

まあとりあえず、そういう展開を意識させることは出来てるかな…。

誘わせるなら相手の方だっただろうか?
いやでもそうするといったい誰にって話だし…。

流石に、相手にまで首を突っ込むのは、余計なお世話な気がする…。

それに…、もうひとつ。
頭に過った、ほんの微かな…可能性の話。

もし…デートイベントが無くなって、未来が変わったら。

ケット・シーがスパイだとわからなかったら、古代種の神殿に行くのがもう少し遅れるのではないだろうか。
神羅側にもさらに動きがあるかもしれない。

エアリスのことも、少し変わったりして…なんて。

基本的に話は変えない。
変えちゃいけない、変える気ない。

そう思うのに…。

そう思う一方で、少しのズレを期待する自分がいる。

ああ、もう。
…なんだか、自分の気持ちさえよく、わからなくなってきた。

もう、大人しくした方がいいのかも…。





「じゃあね、クラウド」





あたしはひらっと手を振り、クラウドに背を向けた。
そして歩き出す。

でもその時、ぱしっと手を掴まれた。





「へ」





驚いて振り向く。
手を掴んでいるのは…勿論、クラウド。





「…なら、あんたが付き合ってくれ」

「へ…?」





零れた間抜けな声。
まずい、さっきから「へ」しか言ってない。

いやだって、頭の理解が…。

あんたが…って。





「あんた…俺のこと、好き…なんだろ」

「え…」

「いつも言ってるだろ…好きだとか、愛してるだとか…」

「それは…」

「なら、構わないだろ…?」





…確かに、いつも言ってる。

好き、大好き、愛してる。
出会った日からずっと、きゃーきゃーと。

だってそれは本心だもん。

元の世界にいた時からずっと、大好きな大好きな、クラウド・ストライフ。

今、目の前でクラウドがあたしの手を掴んでいる。

強気な言葉を選んでいるようで…でも、声は…どこか控えめ。
繕おうとして、でもあんまり余裕なんて無さそうで…。





「……。」





クラウドとデート。

そんなの、夢にまで見た話だ。
妄想だってしたことあるよ。

何度ときめいたか分からない、そんな大好きなキャラクターなんだから。




たった…一夜限りの、夢。




そんな言葉が、浮かぶ。

…頷いたら、あたしの知るストーリーに、限りなく近く、進む?
ただ、相手があたしだという違いだけ。

FF7の世界で、クラウドと…ゴールドソーサーでデートする。

大好きな大好きな、キャラクターと。





「んー…クラウドクン、折角のゴールドソーサーでの一夜なのに、そんな安パイに走らなくてもいいんじゃないかなあ…」

「はっ?な…、そういうことじゃ…っ」

「…あはっ」

「…ナマエ…?」

「ふふっ、でも確かに!だーい好きなクラウドとデートとか!うん、あたしにとっては最高だよね、それ!」

「…え」





笑う。

うん、そうだ。
最高、だ。

…ズレを期待する。
でも、知るままに進む可能性に、安堵する。

…今だけ。
甘い夢に、身をゆだねてもいいだろうか。





「じゃあ、一緒に遊びに行っちゃう?」

「!、ああ!」

「うん」





あたしが頷くと、クラウドは小さく微笑む。

そして、歩き出した。
掴まれたままの手を引いて。

えっ、このまんま?





「クラウド?」

「デート、なんだろ…?」





あたしの困惑を感じたのか、クラウドはそう返してくる。

まあ…それは、そうだけど。





「……。」





握手して、とか。
握ったこと、あるけれど。

…今夜だけ。
たった一度きりの、デート。

…これで、あたしの知るシナリオになるなら。
うん、それで、いいのかもしれない。

…でも、心のどこかで。

…ほんの、少しだけ…。
楽しみたいって、思った。



To be continued

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