見えない空
「ナマエ、どこ行くの?」
ごそりと抜け出した布団。
膝を立てて立ち上がる際、あたしはエアリスにそう尋ねられた。
「んー?お手洗い。ちょーっとお借りするね〜」
「そう。うん、どうぞ」
ベッドに腰掛けたエアリスは、そう言って微笑んだ。
エアリスを無事に家まで送り届けたクラウドとあたしは、エアリスの家で休ませてもらうことになった。
だけどエアリスのお母さんに、悪いけど今夜のうちに家を出てほしいと頼まれて…とまあ、ゲームの通り、そのままの流れが展開されています。
で、そこまでは良かったんだけど…問題はその部屋割りだった。
クラウドはエアリスの隣の部屋でひとり、あたしはエアリスの部屋に布団を敷いて…という部屋割りになってしまった。
まあ普通に考えりゃそうだよな〜と思いつつ、クラウドと一緒におうちを抜けださないとならないあたしにとってこの部屋割りはなかなかの厄介さだった。
この後の展開を考えると、どうせなあ…とは思うんだけど、今の時点でそんなこと言っても仕方がない。
夜も更け、深夜と呼ばれる時間になった頃…あたしはエアリスを前に適当な理由をつけてクラウドの待つ外へと出た。
「クラウド〜。ごめんね、お待たせしました」
「ああ」
家の外に出ると、暗闇の中でクラウドが腕を組み待ってくれていた。
いやあ、そんな姿も格好いいねえ本当。
あたしはへらっと笑いながら彼に駆け寄った。
「えへへ、ちゃんと待っててくれたんだ」
「置いて行っても良かったか?」
「まさか!ありがたやありがたや〜」
手を合わせて擦りながらそう言って笑った。
そうして見上げた彼の顔は、どことなく目が重そうにも見えた。
「クラウド、寝てたんだっけ?」
「少しな。…顔に出てるか?」
「ちょっとだけ?ううん、いいねえ。寝起きクラウド最高です!」
「………。」
エアリスの家に用意された、きちんと整えられたベッド。
その居心地の良さに誘われて、クラウドはほんの少しだけ仮眠をとったはずだ。
いやあ、良いもの見たね!
うふっとニヤけたあたしの顔にクラウドは呆れるような顔をしてた。
「まあいい…。で、エアリスにはバレなかったのか?」
「え?ああ…いや、エアリス起きてるよ」
「は?!」
「だって寝ないんだもん、エアリス。お手洗い貸してね〜って出てきたよ」
「…なら、気付くのも時間の問題か?」
「あははー、どうだろうねえ」
そんな話をしながら歩き出した。
いや、どうなんだろうね、これ。
エアリスってどのタイミングでクラウドがこっそり出ていくこと気が付いたんだろう。
まあ、そんなの考える暇も無くすぐに…というか、考える意味なんてあまり無いんだよね。
「お早い出発、ね」
しばらく歩いた頃、前方に道を塞ぐように立っていたエアリスの姿があった。
彼女はあたしたちの姿を見つけるなり、ニコッと綺麗に微笑んで見せる。
それを見たクラウドは物凄く驚いた顔をして足を止めた。
「エアリス…!?おい、ナマエ…」
「言っとくけど、あたしのせいじゃないよ?コレ」
「………。」
ちらりと見られたからちょっと弁解しておいた。
いやいや、君ひとりでも待ち伏せされますからねって。
でもこの時のエアリスってば本当、超早いよね。
もしかしたら、この辺の人しか知らない抜け道とかがあるんだろうか。
エアリスが待っている事を知っていたあたしは特に驚くことも無く、ひとりそんな事を考えてた。
「危険だとわかっているのにあんたに頼る訳にはいかないさ」
「あら、ナマエはいいの?」
「…ナマエは、置いてやれる場所が無いからな。あんたは家があるだろう」
「ふうん。でも、ナマエも、酷いじゃない」
「へ?」
「…私の事、聞かない理由、教えてくれるって、言ったのに」
「ああ…」
クラウドに向いていた矛先があたしにも向き、きょとんとすればエアリスはそう言って頬を膨らませた。
ああ、そっか。
これってエアリスからしたらただの約束破りだよね。
後で話すよ、なんて言って置いて。
だからあたしはエアリスに歩み寄り、小さく笑って謝った。
「あはは、ごめんごめん。でも、エアリスとまた会えるの知ってたから」
「知ってた?」
「うん。ね、クラウド。エアリスここまで来たら絶対引かないよ。早めに諦めた方が賢明かもよ〜。ね、エアリス」
「え?…まあ、そうね。そうよ、クラウド。ティファさんのいる『セブンスヘブン』はこの先のスラム『六番街』を通らないといけないの。案内してあげる。さ、行きましょ!」
あたしが笑えばエアリスも頷いて、譲る気などないと言うように彼女は先を歩いて行った。
その背中を見てクラウドは小さく息をつく。
そしてあたしをじっと見てきた。
「…ナマエ。あんたこうなる事知ってたのか」
「まあね〜。だから、あたしが出ていくのエアリスにバレようがなんだろうが関係なかったわけ。なんというか、どうしようもないって感じ?」
「早めに諦めた方が賢明、か…」
「そーそ」
クラウドは先ほどあたしが言った言葉を繰り返し、また小さく息をついた。
彼自身エアリスが譲らない事は理解してるだろう。
ていうか、あの行動力をみれば一目瞭然だ。そんなところも、とっても可愛いんだけど。
「クラウド!ナマエ!早く行こう!」
「ほら、クラウド。行こ?」
「ああ…」
振り返ったエアリスの呼ぶ声がした。
それを聞いたあたしとクラウドは、彼女に追いつくように足を動かし始めた。
そして、進んだ先にあった公園で少し寄り道をした。
「え!?物語の世界?」
ブランコに腰掛け、結構勢いをつけて漕ぐ。
その公園でやっとあたしはエアリスに約束していた事情を話すことが出来た。
「そうそう。だからね、エアリスのことも知ってるの。エアリスの事情とかも…まあ、それなりにね。それが、エアリスのこと全然聞かなかった理由」
「……ふうん…。違う世界、物語…か」
エアリスは、少し考えこんでいた。
恐らく、彼女は自分の正体の事をひた隠し…とまではいかないものの、そう簡単には話したりせずここまで過ごしてきたはずだ。
それを突然、知っちゃってますぜ〜なんて人間が出て来たらそりゃ思うところもあるでしょうよ、とは思う。
でもここまで来た以上黙っておくのもなんだ。
って、あたしが暴走したのが発端ではあるんだけど。
でも事情を知っている事実はどうしようもない。
エアリスはあたしを大好きと言ってくれたから、そう好意をくれた彼女にそれなりに応えたいと思った。
「まあ、物語で語られてないことってのもあるだろうし、全部が全部知ってるわけじゃないとは思うんだけどね」
一応、申し訳程度にそんな付け足しもしておいた。
でも、多分そういうのもあるんだろうなくらいには思ってた。
だって例えば、エアリスとイファルナさんが神羅に居た時とか、逃亡の様子とかは知らないもの。
さあ…エアリスの反応はどうだろうか。
そう様子を伺うと、彼女はふっと柔らかい表情をしていた。
「ふーん…そっか、なるほど…。だから名前とかも知ってたのね。ふむふむ…。ふふ、色んなこと合点がいったかな」
彼女はそう言ってくすっと笑い、いとも簡単にこの話に納得してしまった。
なんと…。
いやでも、流石だ…とも思った。
いや、名前を当てた時の反応といい…今回もこの反応。
エアリスってなかなかの器を持ち合わせてるよな…と、なんだか改めて実感した気がした。
「…随分あっさりだな。普通信じないぞ、こんな話」
そのあっさりさに、今まで空気を読んで口出さずにいてくれたクラウドも拍子抜けしたようだった。
そんな彼にエアリスは言う。
「あら、でも、クラウドも信じたんでしょ?」
「…俺は、ナマエがこの世界に現れた瞬間を見たからな」
…おや。
エアリスに聞かれ、そう答えたクラウドををあたしは少し意外に思った。
すると、その視線に気が付いたクラウドが怪訝にこちらを見てきた。
「なんだ?何か言いたいことでもあるのか」
「ん?いやあ、あっさり頷いたな〜と思って」
「…頷いたら悪いのか?」
「いやいや、逆逆!嬉しいんだよ」
「…嬉しい?」
「うん!すっごく嬉しい。あはは、やっぱもうクラウド大好き〜!」
「………。」
最後の一言の直後、物凄い変なものを見る目で見られた。
いや全然気にしないけど。
うふっと笑みを返せば、クラウドはやれやれとでも言うように首を振った。
だけどね、本当に、クラウドがこうも簡単に頷いてくれるとは思わなかったのだ。
それは本当に、ただ純粋に嬉しく思った。
エアリスもその様子を見て、くすっと笑みを零してた。
でもその直後、彼女は遠くを見る様に、プレートに見えない空を見上げた。
「でも、そっか。色んなこと…知ってるんだね」
「うん?」
「じゃあ、あの彼の事も…知ってるのかな」
エアリスが呟いた、その言葉…彼。
あたしの耳はその声をしっかり拾った。
エアリスの言う、彼。
彼女は空から視線を外す。
そして、今傍に居る金髪の彼に視線を向けた。
「ねえ、クラウド。貴方、クラスは?」
「クラス?」
「ソルジャーのクラス」
「ああ…」
今エアリスは思い出しているのは、黒髪の…ひとりのソルジャーさん。
そしてその彼は、クラウドにとっても…とても大きな意味を持つ青年だ。
ソルジャーのクラスをエアリスに問われたクラウドは、その答えを紡ごうとした。
だけどその一瞬、彼の頭はその答えを探そうとして真っ白になる。
まるで、思い出してはいけないとでも言うかのように。
クラウドは答えた。
「俺は……クラス……1STだ」
そう違和感があるわけでも無かったけど、ちょっと詰まったような答え方だったと思う。
そんな風に感じたのは、あたしがすべての答えを知ってるからゆえなのかもしれないけど。
それを聞いたエアリスは、どこか懐かしむような声で言った。
「ふ〜ん。同じだ」
「誰と同じだって?」
「初めて好きになった人」
それを聞いたクラウドは少しだけ目を見開いた。
まさかそんな答えが返ってくるとは思ってなかったみたいだ。
「……付き合ってた?」
「そんなんじゃないの。ちょっと、いいなって思ってた」
エアリスは首を横に振った。
多分、その少し手前…ってトコロなのかな。
だけどエアリスにとって、その彼との思い出は間違いなく掛けがえのないもののはず。
空はあんなにも綺麗だと、エアリスの世界の色を変えた人。
「もしかしたら知ってるかもしれないな。そいつの名前は?」
「もう、いいの」
心当たりがあるかもしれないと、クラウドが彼の名前を尋ねる。
でもエアリスはまた首を横に振った。
もしも、ここでクラウドが彼の名前を聞いていたら…何か少し変わったりするのかな。
それはクラウドにとっても大きな意味の名前で、でも…今はずっとずっと奥にしまいこまれてしまっている名前。
「だけど、ナマエは、知ってるのかな」
エアリスはあたしを見てそう微笑んだ。
あたしも微笑み返す。
「どうだと思う?」
「ふふっ、教える気、無さそう」
「あはは!エアリスだって本当はそんなに聞く気無いんでしょ?」
「うふふ、うん。そうだね!」
お互いに笑いあった。
そう、どちらとも…言う気も聞く気も、多分無かった。
すると、その時だった。
「…ん?」
突然、この公園の奥にある七番街へ続くゲートの開く音がした。
ゲートから出てきたのは、チョコボが引く馬車…って言い方変だな、うん、チョコボ車が出てきた。
そしてその中に揺られているのは、いつもとは違う煌びやかなドレスに身を包んだ黒髪の彼女。
「ティファ!?」
思わず、クラウドが驚きの声を上げた。
チョコボ車は止まることなく公園の奥の道を進んで行く。
あたしはその様子を見て思い出していた。
…そうだった。
この次に待っているのは…。
「あれに乗っていた人がティファさん?何処行くのかしら?それに、様子が変だったわね…」
「な!待て!あんたは帰れ!」
彼女がティファだと聞いたエアリスはチョコボ車を追ってクラウドの静止も聞かずに走って行ってしまう。
クラウドはあたしに振り返った。
「おい、ナマエ!追うぞっ…て…」
エアリスを追うから急げ、そう口にした彼はあたしを見て若干固まった。
その理由は簡単だ。
恐らく、あたしの目が爛々と光り輝いていたからだろう。
「うん!行こうぜ、クラウド!」
「……、あ、ああ…」
あたしは胸の異常な高鳴りを感じてた。
だからクラウドも抜かす勢いで、タタッと軽く駆け出した。
そうだよそうだよ、そうですよ!!!
この世界で起こるすべてがあたしにとっては感動だから、先のこと考えるの忘れてたけど…この次ってばウォールマーケットじゃないのさ…!!
FF7屈指の迷…いや名イベントが待ってる、あの…!!
少し落ち着こうと決意したばかりだったけど…。
正直悪い、今回が一番テンション抑えるの辛いかもしれない。
馬鹿な奴と笑うがいい。
はん!人生なんて楽しんだもん勝ちよ!!
駄目だ、もうテンションがおかしい。
そんな自覚を覚えつつも、エアリスを早く追わねばと、あたしとクラウドも公園から駆け出した。
To be continued
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