不義理の自覚


ゴンドラは一周し、元の場所へと戻ってきた。

さあ、夢のような時間ももう終わる。

ゴンドラから先に降りたあたしは、後ろにいるクラウドにくるりと向き直った。





「じゃあ、そろそろ戻ろうか、クラウド」

「ああ…」





クラウドは頷く。
あたしもニコリと笑って頷いた。

でも、まあ…最後に一つだけ。





「ふふ!一緒に回れて楽しかったなー!ありがとね!」





なんとなく、言いたくなった。

クラウドは少し目を丸くする。
でも、すぐにその目を細めて、柔らかく微笑む。





「ああ…俺も、楽しかった」





柔らかな表情で、そんなことを言う彼は貴重だと思う。
素直に、楽しかったなどと言う彼は。





「おお!良い顔!ちょっと写真撮らせてその顔!」

「馬鹿」





いつも通りのテンション。
クラウドも呆れたようにため息をついた。

あたしもニコニコと笑ってた。

その、笑みの裏で思う。

最後に一言…なんて、言いたくなったのはなんでかな。
多分それは、この夢の時間に告げた別れみたいなものだろう。

だって、楽しい時間は、もうここまでだとあたしは知っているから。





「ん?あいつは…」





ゴンドラ乗り場のラウンドスクェアを出て、ターミナルフロアに戻ってくる。

するとそこで、クラウドはある後ろ姿に気が付いた。
それは、大きな大きなデブモーグリに乗った、マントと王冠をつけた黒猫。

…あーあ…。
遂に、この瞬間がやってきてしまったなあ…。

ずっと、ずーっと知ってたこと。

あたしもクラウドの隣で、その背中…ケット・シーをじっと見つめてた。

その時、デブモーグリの手の中にきらりと光る石を見つけた。





「!!、あいつが持ってるのは キーストーンじゃないのか?おい!ケット・シー!」





石の正体はキーストーン。
それに気が付いたクラウドが声を掛けると、ビクリと反応したケット・シーはそのまま慌ててその場から逃げていく。





「追うぞ!」





クラウドはそう言って、急いでケット・シーを追いかけた。
あたしもそれに続いて走り出す。

…だけど、あたし自身は…ちっとも焦ってはいなかった。





「ほら!これや!キーストーンや!」





追いかけっこの末、辿り着いたチョコボスクェア。

その場所には神羅のヘリが待機しており、ケット・シーはそこに向かってキーストーンを投げる。





「ご苦労様です」





ヘリのドアを開けて、それを受け取ったのはツォン。
キーストーンを手にしたヘリは、そのまますぐに去って行ってしまう。

残っているのはケット・シーだけ。

クラウドはケット・シーに近づき、デブモーグリを乱暴につかんでこちらに振り向かせた。





「おい!」

「ちょちょ、待って〜や。逃げも隠れもしませんから。確かにボクは、スパイしてました。神羅のまわしモンです」





ケット・シーはあっさりとスパイであることを認めた。

…まあ、知ってたけど。
スパイであることも、簡単に白状することも。





「しゃあないんです。済んでしもたことはどないしょうもあらへん。なぁ〜んもなかったようにしませんか?」

「図々しいぞ、ケット・シー!スパイだとわかってて一緒にいられるわけないだろ!」

「ほな、どないするんですか?ボクを壊すんですか?そんなんしても、ムダですよ。この身体、もともとオモチャやから。本体はミッドガルの神羅本社におるんですわ。そっから、この猫のおもちゃ操っとるわけなんです」

「神羅の人間か。お前は誰だ」

「おっと、名前は教えられへん」

「話にならないな」

「な?そうやろ?話なんてどうでもええから、このまま旅、続けませんか?」

「ふざけるな!!」





言い争う、クラウドとケット・シー。

あたしはそれを、ただ黙って見ていた。
だってあたしには、口を挟む理由なんてないから。

すると、ケット・シーは少し落ち着くように呼吸を一度置き、静かに自分の気持ちを話し始める。





「……確かにボクは、神羅の社員や。それでも、完全にみなさんの敵っちゅうわけでもないんですよ。……ど〜も、気になるんや。みなさんの その、生き方っちゅうか?誰か給料はろてくれるわけやないし だぁれも、褒めてくれへん。そやのに、命かけて旅しとる。そんなん見とるとなぁ…。自分の人生、考えてまうんや。なんや、このまま終わってしもたらアカンのとちゃうかってな」





これは、ケット・シーの…操る本人の、本当の本音だと思う。
正直な気持ちを話しているって、あたしはそれがわかる。

だけど、裏切りを見た直後にそんなこと言われても、クラウドや他の皆は到底信じることなど出来るはずが無いだろう。





「正体はあかさない。スパイはやめない。そんなヤツといっしょに旅なんてできないからな。冗談はやめてくれ」

「……まぁそうやろなぁ。話し合いにもならんわな。ま、こうなんのとちゃうかとおもて準備だけはしといたんですわ。これ、聞いてもらいましょか」





ケット・シーは通信機を取り出した。
スイッチを押せば、ノイズを混ぜながら小さな女の子の声が聞こえてくる。





『父ちゃん!ティファ!』

「…マリン?」





クラウドは眉をひそめ、その声の心辺りを口にした。
すると向こうも彼の声に気が付く。





「あ!クラウドの声だ!クラウド!あ…」





知っている声に反応し、無邪気に弾んだ声。
でもそれはすぐにケット・シーにより、ぶつん、と切られてしまう。





「……というわけです、みなさんはボクの言うとおりにするしかあらへんのですわ」

「……最低だ」





人質の存在を理解したクラウドは短く吐き捨てた。
確かに、胸糞は悪いだろう。

ケット・シーも、デブモーグリの上で肩を落とすような仕草を見せる。





「そりゃ、ボクかって こんなことやりたない。人質とか卑劣なやりかたは…。まぁ、こういうわけなんですわ。話し合いの余地はないですな。今までどおり、仲ようしてください。明日は古代種の神殿でしたな?場所知ってますから、あとで、教えますわ。神羅のあとになりますけど、まぁ、そんくらいはガマンしてくださいな」





そしてそう言い残すと、ケット・シーは去って行こうとした。

でも、その前に…もう一度だけ、止まる。
そうして振り向いた先、声を向けたのはあたしへだった。





「ナマエさん、あんた…ボクが裏切り者なの、知ってたんとちゃいますか?」





ああ、聞かれたか。

そう思いながら、あたしもケット・シーに向き直る。

ケット・シーはあたしの言う事を信じていたのか否か。

多分、一行の中では疑いが強い方だったんじゃないかな。
でも、ここに来るまでに色々とあったから。

クラウドみたいにはっきり信じているとは言わなくても、やっぱりこの一行は皆は、納得せざるを得なくなってる部分はあるんだろうなって思う。

別に隠すこともない。
あたしは正直に頷いた。





「うん。そうだね。知ってた」





答えれば、クラウドもこちらを向いた。
ケット・シーも、やはり…みたいな顔をする。





「…せやのに何も言わんかったんですか」

「まあね」

「どうしてです」

「それは内緒だよ。あたしにはあたしの考えがある。それだけの話だよ」

「…あんたも案外食えへん人やなあ」

「ふふ。でも、貴方にとってはそれで助かったでしょう?なら、それでいいじゃないの?」

「……それは、そうなんやけどな」





そう、知ってた。最初から。

でも言わなかった。
言う気なんてなかった。





「ねえ、ケット・シー。あたしからもひとつ質問していい?」

「なんやろ」

「ケット・シーは会社にあたしが未来分かる事、言ってないの?」





この際だ。
気になっていたことをこちらからも聞いてみた。

ケット・シーが仲間になった時から、ちょっと気になっていた話。

でも、ケット・シーにだけ隠すってつもりもなかったから、そのまま様子を見ていたけど。

すると、ケット・シーは頷いて答えてくれた。





「勿論言ったで。けど、言葉に出来ない、文字に出来ない、それでは何の意味もないやろ。だからそこまで執着もしていない。そゆことや」

「ああ、なるほど」

「それにナマエさん、自発的に神羅に協力する気もあらへんやろ」





それを聞いて、ちょっと納得した。

確かに。
言えない書けないじゃ、それじゃ大した意味はないよね。

それに、自発的な協力もしない、か。
古代種たるエアリスでさえ自由の身となっている今、あたしに興味が向くともあまり思ってはいなかったけどね。





「ほな、ボクはそろそろ行きます。また明日」





そうして、ケット・シーはチョコボスクェアからゴーストホテルのブースに戻っていった。

残っているのは、あたしとクラウドだけ。
あたしたちももうホテルには戻らないとだけど…。

ただ、そこにある空気は…やっぱりちょっと重い。





「…知ってたのか」

「む。ケット・シーと同じ質問」

「……そうか」

「…ごめんね」

「なんで謝る?」

「まあ、不義理なことしてる自覚はあるので」





あたしは、謝罪を口にした。

うん。本当に、不義理なことをしているとは思う。
それは思うんだ。

助けてくれるのに。
傍に置いてくれるのに。





「あんたにはあんたの考えがあるって言ってただろ。それならそれでいい」

「……クラウド、変わり者だね」

「咎めて欲しいのか?」

「そうじゃないけど。ん〜でも普通信用なくす行動してるとは思ってるからさ」

「…あんたは俺の味方なんだろう?なら、その言葉を信じるさ」





クラウドは、どこまでも信じると口にしてくれる。

それをなんとなく後ろめたく思うのは…。
やっぱりさっき、ゴンドラにふたりで乗ったせいだろうか。





「んー…でもさ、気にならないの?あたし、ケット・シーが仲間になった時から神羅の人間だって知ってたよ」

「今更だろ、そんなの。今までだって知ってて黙ってること、沢山あっただろ。それは仕方ない話だし、別に不義理じゃない。あんたは最初から言ってた。自分は未来を知ってて、見て見ぬふりをすることもあるって。俺は、それを聞いた上で信じてるって言ってる。…皆だって、理解してるはずだ」

「……。」

「…さっきだって言っただろ。あんたは俺たちを陥れたりはしない。俺はナマエを信じてる。だいたい、あんたが神羅に情報を渡したわけでもないだろ」

「それは、そうだけど…」

「なら、何も気にするようなことはないな」

「…お人好しだねー」

「…別に、そんなことない。でも…まあ、色々考えなきゃならないのは確かだな」

「…ん」

「ほら…戻ろう、ナマエ」





クラウドの声は優しい。
顔を見れば、その表情も。

向けられるもの…全部、全部…優しかった。



To be continued




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