消えた言葉


「ねえ…何か飲む?」

「きついの、くれないか」

「待ってて。今作るから」





会議をするとアバランチの面々とマリンを連れ、地下に降りて行ったバレット。
一気に人口密度の減った店内は途端に静かになって、緩やかな時間が流れ始めた。

カウンターに座るクラウド。
その向こうにいるティファが、カランと氷の音を鳴らしてクラウドの前にグラスを置く。

ああ、凄く絵になる光景だ…。
あたしはそれを見て、うふふっと、心がほっこりするのを感じていた。





「えっと、ナマエも何かいる?あ、お酒、大丈夫?」





満悦にふたりのやり取りを眺めていたあたしに、ティファが気を遣うように声を掛けてくれた。

…なんと。
なんて出来る女なんだティファ…!

彼女の優しさに胸がキュンとする。
というか、ティファがあたしの為に何か作ってくれるというのか…!

そんな素敵なお申し出。
あたしに断る理由などあるはずもなく、あたしは目を輝かせ、うんとすぐさま頷いた。





「作ってくれるの!?うん!是非、いただきます!」

「わかったわ。ちょっと待ってね」





シャカシャカと、カクテルを作る音。
待っている時間さえ、なんだか愛しさを覚えてしまう。

待つことしばらく、ティファはあたしの前に綺麗なカクテルを置いてくれた。

色の綺麗な、甘くすっきりとした味わい。
女の子が好きそうな、飲みやすいカクテルだった。





「お、おいしい〜…!!ティファのカクテル飲めるなんてなんという幸せ…!あたし、今日まで生きてて良かった…!」

「え?…あはっ、やだ、大袈裟ね。ふふふっ」





カクテルを飲んで、頬に手を当て顔をほころばす。
そんなあたしの様子を見たティファは、くすくすっと小さな笑みを零した。

あたしはブンブンと首を横に振る。





「大袈裟じゃないよ!本当に美味しい!ここが天国か!あ、ヘブンだもんね」

「ふふふっ、面白い子ね、ナマエって。最初はびっくりしちゃったけど」

「あ、やっぱびっくりした?ごめんね。いやあ、湧き上がる衝動が抑えきれなくて。あれでも多少は抑えたつもりなんだけどね」

「ふふ、でも話を聞く限り、巻き込んだのはクラウドみたいだし、バレットにもずっと睨まれて大変だったでしょ?こちらこそ、ごめんなさいね」

「ぜーんぜん!そんなのまったく気にしてないよ!」





そう言い合うと、あたしとティファは互いに笑い合った。
多分、そこにある空気はそう悪いものじゃなかったと思う。

ティファとの会話は、それなりに弾んだような気がした。
結構仲良くなれるんじゃないだろうか。そんな風に思える、そんな感じ。
やばい、嬉しい。超楽しいわ。

先ほど、クラウドに手伝ってもらって少しずつ話したあたしの正体の話。
この世界の人間じゃない、それどころか物語の登場人物として彼らのことを知っている事実。

本当、ぶっとんだ話をしているなあと自分でも思った。
多分話を聞いていた全員が何のこっちゃと思ったことだろう。

だから、あたしは言った。





《信じて貰えなえなくても、今はいいの。この子、違う世界から来たのかな、ってそれだけ頭に入れといてもらえれば上出来!》





信じろ、という方が無理な話のはずだ。
だから話を聞いてもらえた、そのことにまず感謝をした。

事実、それって物凄い有り難い事のはずだしね。

そして、それがあたしの誠意だった。

嘘はつかなかったこと。
それを聞いてくれたことへの感謝の意。

そしてその誠意は、皆に少なからず伝わった。
だからあたしはひとまず今、ここにいる事を許して貰っていた。





「でも、何だか、ほっとしちゃった。クラウドが無事戻ってきて」

「急にどうした?あの程度の仕事、何でもないさ」

「そうね……クラウド、ソルジャーになったんだもんね」





自然と耳に入った、クラウドとティファのそんなやり取り。
あたしとクラウドは、隣り合ってカウンターに座っているから。

ソルジャーになった、ねえ。

1周目は何とも思わないけど、2周目からは何とも言えない気持ちになるんだよなあ…この類のハナシ。





「……今回の報酬なんだけどバレットから貰ってね」

「そうするよ。報酬を貰えば、また、お別れだな」

「ねえ、クラウド。気分はどう?」

「…普通さ。どうしてそんな事を聞く?」

「ううん、何でもない。ただ、疲れてないのかなって…」





いや勿論、口に出すなんて野暮なことはしませんとも。

だけどしかし、こう隣でこういう会話が行われると何とも言えない気持ちにもなるよなあ。
こいつら見事にすれちがってるよなあ、と。

だからただ、あたしはティファのカクテルを飲みながら、心の中でハハ…と苦笑いした。





「下の様子、少し見てくるわね。ふたりはゆっくりしてて」





ティファはアルコールを飲むクラウドをしばし見つめると、そのうち簡単なおつまみを持って下にあるアバランチのアジトに降りて行った。

あたしは「いってらっしゃーい」と軽く彼女に手を振る。
そして、隣にいるクラウドに話を振るようにため息をついた。





「はーあ…さーて、あたしこれからどうしようかなあ」

「………。」

「ねえ、クラウド。あたし、これからどうしたらいいと思う?」

「…知るか」





何気なくだと無視されたから、直接話を振ってみる。
それでも素っ気ないのは確かだったけど、一応返事はくれたから良しとしよう。

さて、あたしが今直面している問題はこれからどうするか、だ。

最終目的としては、元の世界に帰る、だよな。やっぱり。
だけどどうしてこの世界にいるのかわからない。となれば当然、元の世界に帰る方法もわかるはずが無かった。





「うーん、アバランチの皆は明日も魔晄炉の作戦を継続実行するわけだよね」

「……らしいな」

「おや、他人事ですね」

「当たり前だ。俺には関係のない事だ」

「ふーん、そういうこと言っちゃいますか〜」

「……なんだよ」





カラーン、とマドラーで氷をかき混ぜながら小さく笑う。
するとクラウドはそんなあたしの様子を見て軽くこちらを睨んできた。

おお、怖い。怖い。

だけどあたしはその視線に怯むことも無くくすくすと笑い続けてた。





「んふふ、まあねえ〜。あたしはクラウドのあーんな事やこーんな事も知っちゃってるわけだからね〜」

「…さらっと気持ち悪い事言うな、あんた」

「うふ!」

「……でも、そうか。俺のことも…」

「うん?」





クラウドのあらゆることを知っている。
そう零すと、彼はその言葉に少し考えるような素振りを見せた。

ああ、でもまあ…ここまでの彼の経緯を考えると、そんな様子も納得できるような。

あたしはニマっと、わざとらしい笑みでクラウドの顔を覗き込んだ。





「んふふ、なになに。未来とか知りたい知りたい〜?」

「別に」

「えー、そうー?うーん、じゃあそうだなあ…じゃあ、……あれ?」

「…?」





何か、簡単なことなら少しくらい…。
そう思って口を開いてみた。

だけどその時、あたしはそこに違和感を感じた。





「………!!!あれ…」

「何だ…」

「……!!…!!!」

「…なに口をパクパクさせてるんだ…」





クラウドが呆れるような表情であたしを見ていた。

いや、多分彼のその反応は正しかった。
というか、的確だった。

感じた違和感。
あたしはゆっくり、自分の喉の手を当てる。





「…言えない」

「は?」

「未来のこと、なんか…口に出せない、みたい…?」





困惑気味。

そんな声で、そうクラウドに伝えた。
いや…言ったところで、クラウドも顔をしかめていただけだったけど…。





「なに言ってるんだ、あんた…」

「なに、言ってんでしょうねえ…いや、正確には口に出せないっていうか、言葉に出来ない感じ?」

「同じじゃないのか」

「うーん…いやニュアンス的に?あれえ…?」





クラウドとの会話は成り立っている。
今触れた喉もちゃんと震えて音を響かせていた。

だから声が出せなくなったとか、そういう事では無い。

ただ、未来のことを口にしようとすると、音がミュートの様に消えてしまう。
こんなこと初めてだから上手く説明できないけど、とにかく未来を口に出すことが出来なかった。





「えっと、じゃあ…」





これは一体どういう事だ。
よくわからないから、試せることは試していくべし。

そう思ったあたしは、近くにあった注文を書く紙とペンを拝借し、さっき口に出そうとした事を文字にしてみようとした。

…が、しかし…。





「う…っ」

「…なんだそのペン、インク切れてるのか?」

「いや、そんなことは無いみたいだけど…」





試しにグルグルグルっと、よくインクが出ないときに試す要領でペンを動かしてみた。
するときちんと紙に描かれたいくつもの線の輪っかたち。

しかし、未来のことを書こうとするとインクが切れてしまったように文字が紙に書かれることは無かった。

ちなみに書こうとしていたのは、明日貴方はお花売りのお姉さんと出会うでしょうって事だった。まあ、はっきり言うとエアリスのことね。

それくらいならちょっと的確な占いみたいなもんだし良いかな〜と思ったんだけど。





「ええ…なにこれえ…。未来のこと、不用意に口にするなって事かな」

「俺が知るわけないだろ」

「えー…なんかちょっと残念かも。まあ別にもともとあんまりベラベラ話すつもりは無かったけどさあ」

「え?」





はーあ、とため息と共をそう零す。
するとそれに意外そうな顔をしてきたクラウド。

む、なんだその顔は。

あたしはマドラーをグラスから引っこ抜き、ぴしっとクラウドに突き付けた。





「なーにその顔!だって言っちゃったらつまらないじゃない。それに、そんなにいいことだとも思わないし。だから簡単には言わないよ」

「…意外だな。もっとベラベラ話したがると思った」

「えー。そこまで適当じゃないよー?」

「そうか。それは悪かったな」

「まあ、面白そうだったら別だけどね!」

「……前言撤回だ」

「あ、酷い」





ええ、だって勿論不用意に未来のことを口にして良いとは思わないけど、簡単な悪戯をする程度には面白そうじゃないか。
あたしは悪戯に全力を尽くしちゃうタイプですよ〜!

そんなことを言ったら、もっと嫌そうな顔をされた。

まあどんな顔してもクラウドは素敵ですけどね!
それも言ったら席離されそうになったから全力で「ごめん」を連呼しておいた。

ま、とりあえず…この辺に関してはまたじっくり別の時に考えるにするか。

口に出来ない、文字に出来ない。
程度とかはともかくで、今のところはそれがわかってるだけで不自由は無さそうだし。

それより不自由はなのは今のこの状況の方なのだから。

そう、最初に考えを戻そう。
色々脱線してしまったけど、あたしがまず一番しなくてはならないのは、自分の居場所を確保しなきゃならないことだ。





「ところであのさ、クラウド?」

「…なんだ」

「えへへ、ちょっとお願いがあるんだけど。聞いてくれる?」

「………。」





となれば、早速行動開始です!

今一番頼りにすべきは、絶対この人のはずだ。
何かを察知したのか、すっげー微妙そうな顔されたけども。

フッ!まあ、めげないぜ!

そう狙いを定めた彼に向かい、あたしはパンッと両手を合わせた。



To be continued

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