永久に繋ぐ手と手


まばゆい閃光が、神の胸を貫いた。
それは、人々の絆…。

辺りは静かになった。

あたしたちは、閉じていた瞼をゆっくりと開く。

するとその目前には、ところどころが結晶と化すブーニベルゼが横たわっていた。





「神のいない世界が始まる…」





それを見たライトが呟いた。

…人は、神に勝つことが出来た。

だけど。





「だが死の神は必要だ。死者を見守り、救う神がな」





ライトの声に差されたひとつの男の声。
振り向けばそこにいたのはカイアスとユールだった。

そう、死の神。
それは世界の維持にどうしても必要な要素だった。

かつては女神エトロが担っていた役割。

だからブーニベルゼはライトかあたしをその代わりに据えようとして…。





「「「だから、私たちは冥界へ。死者の魂を、新しい生へ導くために」」」





幾人ものユールたちの声が重なって聞こえた。
ユールとカイアスが、世界を循環させるための…その役割を担ってくれるの?

でもそれを聞いた時、あたしはハッとした。

そうして視線を向けた先は、ノエル。
思った通り、ノエルはカイアスとユールを歯を食いしばって見つめていた。





「死の闇に…身を投げましょう」





最後にそう呟いたのは、最後の巫女だっただろうか。
ノエルの時代の…最後のユール。

その瞬間、ぶわっ…と辺りに混沌が立ち込めた。

まるでこちらとの一線を画すように。

その瞬間、あたしたちの体は浮かび上がった。
それは新しい世界へと繋がる道。





「っ、死なせない!!」





だけどノエルは叫んでひとり、混沌の中に飛び込んでいった。

ノエルは、ずっとユールを救いたいと願っていた。
そして…また会えるというその言葉を信じ、生きてきた。





「ユール!」

「共に死を望むのだな」

「違う!ユールは生きるんだ!生きていかなきゃ駄目なんだ!」





カイアスの問いにノエルは叫ぶ。

その声を聞いていると、胸が締め付けられた。

大切な人の幸せを望む。

それは、そんなに難しい事なのかな。
そんなに叶わない事なのかな。

その時、カイアスがノエルの首をグッと片手で締め付けた。





「ぐっ…」

「ならば代わりに、君の命を貰う」

「上等!もってけ!」





ノエルは臆することなく答えた。

もってけ…って、ノエル…!

その声に不安が募る。
だけど迷うことなくそう言い切ったノエルにカイアスは…。





「魂に賭けて誓え。二度と離すな」





そういつもと違うトーンだったわけじゃない。

だけどどうしてだろう。
その時のカイアスの声は、なんだか優しく聞こえて。

カイアスの力だろうか。
ノエルの体が混沌の中から放り出された。

だけどその腕の中に抱かれている、ひとりのユールの姿。

あれは、ノエルの時代のユール?





「「「最後の巫女、あなただけは自由。カイアスが、巫女の宿命を断ち斬ってくれたから」」」





ユールたちの声がする。

最後の巫女だけは、自由…。
それは、ノエルの時代の…ノエルを想ったユール。

…それまでのユールは、カイアスに会いたくて生まれ変わってきたユールたち。
彼女たちは、視えざる世界でこれからずっとカイアスといることが出来るのだろうか。

こうして新たな世界と視えざる世界とが繋がる穴は、少しずつ閉じて…その交わりは絶たれた。





「クリスタル…?」





そうしてあたしたちが辿りついたのは、何もない真っ暗な場所だった。
だけどそこには煌めくひとつのクリスタルがある。

あたしたちはそれを囲むようにして立ち、あたしはそれをじっと眺めていた。





「神は…死んだんでしょうか」





隣にいるホープが呟いた。
ちらりと視線を向ければ、ホープもじっとクリスタルを見ている。





「視えざる世界に消えていったが、あれで滅んだのか、眠りについただけなのか、もうわからない。いずれ甦るのかもしれないが、人はまた神に勝てるさ。必ずな」





ライトはクリスタルに触れながら、そう答えた。

ブーニベルゼ…。万能の神…。
また、いつか…もしも甦ったとしても。

うん、そうだね。
きっと人は…その絆と意志で、何度だって立ち上がる事が出来るだろう。

今は、そう…心から信じることが出来た。

するとその瞬間、ぱあっとクリスタルが砕けて光の粒となり辺りに放たれる。

それは、優しくてあたたかい…眩しい光。





「新しい世界が…」

「生まれるんですね」






セラとホープが言う。

そう。
これは、新たな世界の光。

それは眩く、キラキラと…とても美しい光。

その光を見ていたら、なんだかとても満たされた様な感覚になった。
うん…今、心がいっぱいで、とても満たされている。

それを感じた時、あたしは身体の底からぶわっと強大な力が溢れてくるのを感じた。





「えっ…」

「ナマエ…!?」





その異変に気が付いたらしいホープに名前を呼ばれた。

いや、たぶんホープだけじゃなくて此処にいる皆が気が付いただろう。
辺りにも響くように、とどまる事を知らない力…。

でもそうして、あたしは思い出した。





《女神は娘を召喚した。女神の力の一部を与え、娘の心が満たされた時、ひとつの望みを叶える事を代価として》





いつか見た、ヲルバ郷の碑石。
そこにはエトロが召喚したあたしの事が書いてあった。

エトロはあたしに力を授けて、そして、その力にはひとつ鍵が施されていた。

それは、女神からあたしへの…褒美。

あたしの心が満たされた時…ひとつの望みを叶えてくれる。





「ナマエの心が…満たされたのか」





ライトが言った。
そう、きっと…あたしの心が今、満たされた。

だからきっと湧き上がるこの力は、ひとつ願いを叶えることが出来る…そういう力だ。





「クポ…ナマエ、元の世界に帰るクポ?」

「モグ…」





モグがおずっと尋ねてきた。

最後の、ブーニベルゼとの戦いが始まる前、モグが教えてくれた。
エトロがこんな仕掛けを施したのは、すべてが終わった時に元の世界に帰れるようにするためだと。




「ううん。あたし、この世界で生まれ変わりたい」




あたしは小さく笑いながら首を横に振った。

そのつもりは、ない。
だってこの13日であたしが思い描いていたのは、新しい世界で生まれ変わったら何をするかって事だったもの。





「ナマエ…」

「、ホープ…」





その時、ホープに手を握られた。
向き合って、両手で包むように…ぎゅっと。

ホープは少し、苦しそうな顔をしていた。





「ナマエ、手、放して…ごめん」

「ううん…、いいの。だって、またこうして掴めたから。放したくないって思ってくれてたなら、それでいいんだ」

「…うん。放したいなんて…そんなこと、思うわけないよ」





そうやって答えてくれたホープの手の力が、また少しだけ強くなった。

放したくない…。
それだけで、その証明になる。





「見つけて、また、掴んでくれて…ありがとう。僕は…貴女に助けられてばかりだった」

「そんなことないよ。あたし、何度もホープに助けてもらった」

「ううん…僕はきっと…貴女を守ることも、幸せにすることも出来なかった」

「ホープ…」

「だけど、もし許されるのなら、次こそは絶対に幸せにしたい。だから、もう一度、貴女に手を伸ばしたいんだ…」

「……。」

「貴女のことを…諦めたくない。だから、貴女を探すことを…許して欲しい」





強く、強く握られた手。
じっと、まっすぐに見据えてそう言ってくれる。

あたしはふっ…と笑った。





「ねえ、ホープ、知ってる?遠い昔…コクーンでのあの花火…あたしがあれに何を願ったのか」





訊ねたのは、あたしがこの世界にはじめて来た日のこと…。

ボーダムの花火…。
あれ、願いが叶う伝説の花火だったんだよね。





「ボーダムの…?確か、幸せになりたい…だっけ?」





あたしは微笑み、頷いた。

ずっとずっと前に話したこと、ホープは覚えてくれていた。

そう。あたしは、幸せになりたいって願った。

折角なら何かって思って、でもパッと思いつかなくて、結局願ったのはそんなありきたりなこと。
でもね、あれ結構バカにしちゃいけないなって思ったの。

だってそれからすぐ、ホープに出会った。

それは何より掛けがえのない出会い。
手のあたたかさと、数えきれない愛おしさ、沢山教えてくれたんだ。

だから、また願うよ。

その力の使い道を…決めた。





「また、幸せになれますように」





君に微笑みながら、そう口にする。

ホープは目を丸くした。

また。

ねえ、あたしは…ホープに会えて、一緒にいられて、本当に幸せだったよ。
それを伝えるように。次も、そうあれるように。

ぱあっ…と、体から力が離れていくのを感じる。
その力は光と風となり、ふわりと消える。

そして…生まれ変わった先にも、その願いを。





「お別れの時クポ」





そうして、遂にやってくる。

モグがそう教えてくれた直後、足元にぱあっと光が広がった。
そこからひとつひとつ浮かんで消えていくのは、あたしたちを導き、支えてくれた召喚獣たち。

…ディアボロス。

あなたはこの最期の時まで、あたしの心に寄り添ってくれました。
あたしだけの、永遠の心の友…。

あなたにはきっと、言葉はいらない。

消えゆく光を、あたしは穏やかな表情で見つめていた。





「行こう」





そして、ライトが優しい表情であたしたちにそう言った。

ライトは導くように手を伸ばす。
スノウが背を押し、その手にゆっくりと手を伸ばしたのはセラ。

ふたりを筆頭に、続いていく。

サッズにドッジ、スノウ、ヴァニラにファング、ノエルとユール…。

蘇る。
皆がしてくれたことや、言葉…一緒に過ごした時間。





「ナマエ」

「うん」





そして、ホープ。
手を繋いだまま、浮かび上がる体。

そのまま、転生の光の中へ…導かれる。

きっと、叶う。
皆、きっと…幸せになれる。





「ホープ」

「ん?」

「手、また握ってね」

「…必ず!」





出会ったあの日から、ずっと握りしめていた手。
あたしたちは繋いだまま、その光の中に融けていった。







◇◇◇◇






「えーっと…どれがいいかな」

「なにしてるの?」

「あ、」





キッチンに並べたカップと何種類かの紅茶の茶葉。
掛けられた声に、あたしは振り返った。





「明日お客さんに出すの、どれにしようかなって」

「ああ…、って今から悩んでるの?本当全然慣れないね。いつもお客さん来る時、そうやって緊張してる」

「当たり前でしょうが…!慣れるかこんなもん!」

「そ、そんなに…?」




がーっと怒った。
そして「うううう…」とキッチンに項垂れた。





「礼儀作法、おしとやかでお上品とか…そんなの無縁の人間なんだよあたしは…」

「そうかな?いつも出来た奥さんですねって褒められるよ、僕」

「そりゃそう思われる様に必死ですからね!!!」

「ふ…あははっ、そうだね、感謝してます」





くつくつ笑う奴の腹をあたしは軽く殴ってやった。

ああもう…。
落ち着くようにスン…と茶葉に鼻を近づければ好みの良い香りがした。

ふう…。

彼は、在野の研究者だ。
世界的には無名だけれど、人類と社会に関わる幅広い分野で業績を上げ、学術的に大いに脚光を浴びる若き学究…その名を、ホープ・エストハイム。

そんな彼はあたしの旦那様であり、それゆえあたしはお客様の前では良き妻を演じる様に日々礼儀作法を勉強中である。

だって、あたしのせいでホープが恥かくとか絶対嫌だもの!!

本当はそんなもんとはかけ離れた性格してるっていうのにね。





「そうだな、紅茶、あれがいいな。この間ナマエが良い香りだって買ってきてくれたやつ」

「これ?」

「うん。あ、今も一杯淹れてもらっていい?自分で淹れるよりナマエが淹れてくれた方がやっぱりなんかちょっと違うんだ」

「そう?それよく言うけど…そんな違う?まあ、いいけど」

「うん、ナマエが淹れた方が美味しい。パルムポルムにいた時から、ずっと昔から思ってるんだけど」

「…本当にずっと昔だね。というかずっとじゃ収まらないレベルなんですけど」

「はは、でも本当だよ」





ずっと、ずっと昔。
それはこの世界とは別の世界のお話。

いわば、前世の記憶と言えるものだ。

あたしと彼は、前世の記憶を持ち…そして今も、こうして一緒にいる。

あたしはカチャッ…と茶葉の入った箱を開けた。
サクッ…とティースプーンを差し込めば、何やらじっと見られている視線に気が付く。





「ホープ…?どうかした?」

「いや…、幸せだなって思って」

「え?」





柔らかく微笑んでそんな事を言う彼。
あたしがきょとんとして茶葉を置けば、彼の顔が近づいて来る。

そして、ふ…と唇にぬくもりが触れた。
手は、ティースプーンを放させるように解かれ、代わりに彼の指が絡んだ。





「…、淹れろって、ホープが言ったのに」

「…ごめんなさい。なんか、妙に今を噛みしめたくなって」





唇を離して、だけど、絡んだ指に少し力がこもる。

…あたたかい。
こうすると、あたしも解きたくなくなる。





《あたしも放さないから、ホープも放さないで…くれる?》

《…はい》





遠い日。握りしめた手。
きっともう、放す事など無いのだろう。



END

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