「嘘…ライト…」
白い空間。あたしは呆然とするようにその場に座り込んだ。
ここは、神の手から逃れた場所。
あと少し、もう少し進み続ければ、新たな世界へ生まれ変わるための…そんな未来に続いている。
でも、進む気が起きなかった。
たった今、あたしらライトをひとり闇の取り残してしまった。
神を封じておくため、女神の代わりを務めること…それは確かに世界の維持に必要な事だ。
だけど、それをライトだけが背負い込むなんて…。
「ナマエ…」
「ホープ…」
今、手にはぬくもりが触れていた。
それはずっとずっと、心の奥底から求めてやまなかったぬくもり。
きっと、無意識…離すまいって、今もぎゅっと握りしめていた。
ホープ…ホープ…。
ずっと、望んでた。またこの手に触れること。
会いたくて、触れたくて、たまらなかった。
今はそれが叶う。取り戻せた。
だけど。
ホープが戻ってきても、ライトが消えてしまったら、そんなの…意味がない。ちっとも笑うことなんて出来ない。
「ホープ…ライトが」
「うん…」
ライトはずっとこのつもりだったんだろうか。
自分ひとり、たったひとりだけ犠牲になること。
…本当に、自分の未来を諦めて、神様と戦っていたの?
「こんなの、誰も望まないのに…っ」
「……。」
「あたしは…、あたしは嫌だ…!セラだって、絶対こんなの望まないよ…!」
セラは、いない。
でもわかる。それは絶対だ。
セラだけじゃない。
こんな結末、誰も望まない。
その時、ルミナが言っていたことを思い出した。
こちらがどんなに助けたいと願っても、ライト自身が手を伸ばそうとしなければ助けることは出来ない。
「ライトは、それで良かったの…?」
返って来ないことを知りながら、そう彼女に問いかける。
だけど、そう口にした時、あたしは自分の心臓がドクリと波打つのを感じた。
何か、…何か大きなことに、気が付いた気がして。
あたし、前にもライトにそう問いかけた事がある。
あれはサッズとドッジくんを救おうとしたとき、ライトは言ったのだ。《あの子が救われるなら、私なんて…忘れられても、憎まれても良いんだ》って。だからあたしは聞いた。《それでいいの?》って。だって、そんなの誰も望まない、ライト自身だって、そんなの本心じゃないでしょうって思ったから。
その後、ルミナが教えてくれた。
ライトはひとりで戦う。ひとりで世界を救う。仲間もいらない、家族もいらない。誰にも助けは求めない。
でも、それではセラを救えない。だって、ライト自身が救われてないから。ライトには自分が見えてない。自分に何が足りてないのか、わかってない。
そして、あたしに気が付かせた。
こちらが願っても、結局手は伸ばせない。ライトが…その手を取ろうとしないから、って。
…どうして、ルミナはそんなことを知っていたんだろう。
《ねえ、ナマエ。私、ナマエのこと大好きよ。ライトニングも貴女が好きだから、私もナマエが好き》
ふと、思いだしたいつかルミナが言ってくれた言葉。
ライトが、あたしを好き…。
だから、ルミナもあたしが好き…。
それって…。
「…ねえ、ホープ。ルミナは、セラによく似ていたよね…?」
「え、ルミナ…?うん…。セラさんやライトさんと同じ薔薇色の髪で…」
「セラと、ライトと同じ…」
ホープに尋ねて、言葉を繰り返す。
そして少しだけくしゃりと髪を乱すように、頭に触れた。
そう。セラに似てる。
でも、違う…。セラじゃなくて、本当は…。
「どうして、気が付かなかったんだろう…」
「ナマエ…?」
…ルミナは、ライトだ。
そう気が付いた時、すとんと…吃驚するくらいに腑に落ちた。
正しくは…セラがライトの心から切り捨てられたときに、セラを守るために生まれた入れ物…。つまりそれは、ライトが切り捨てた、彼女の我儘…大人になるために捨ててしまった、本音の心。
…ルミナは叫んでいた。行かないで、皆を連れて行かないで。必死に、懇願するように。
あれは、自分だけ犠牲になろうとするライトの…押し殺していた、本音。
ひとりなんて嫌だ。たったひとりきりになんて、なりたくない…そんな、本当の気持ち。
《…ナマエ…たすけて…》
か細い声…。ルミナは最後、消えいりそうな声で、あたしにそう言った。
助け、求めてた。だけど、あたしはその意味に気が付けなかった…。
「ルミナ…っ」
きっと、あたしは顔を歪めたのだろう。
目の奥が熱くなって、胸の底が苦しくてたまらなくて。
「ナマエ」
「…っ、ホープ…」
それに気が付いたホープは触れていたあたしの手を両手で包むように握り直してくれた。
ぎゅっと、祈りにも似るように。そして、こちらを見て、とその手の先であたしを見つめてくれた。
「ナマエ…落ち着いて。ひとりで考え込まないで」
「…ホープ…あたし、ルミナの、ううん…ライトの本音に気が付けなかった…」
「ライトさんの本音…?」
「ルミナは、ライトだった…。セラを守るために大人にならざるを得なかったライトが捨てた、本当の気持ちを押し殺した…存在を許されなかった心…」
「……。」
「ルミナ…あたしに助けてって言ってくれたのに…」
ホープに零す、溢れ出る後悔。
本当は、もっともっと早く気が付かなきゃいけなかった。
決して、ひとりぼっちになんてさせられない…。
「…駄目。あんなところにひとりで置き去りになんて、するわけにはいかない。たったひとり取り残すなんて、出来ない…っ」
「……。」
そう口にすると、ホープは瞼を閉じた。
そして、ふー…と静かに息を吐く。
その直後、握られていた手が離れ、背中に回り、ぐっと抱き寄せられた。
抱きしめられて、少なからず驚いた。
「…ナマエ、知ってる?」
「え…?」
だけど耳元で優しい声がした。
安心させる、穏やかな声。
あたしはそれに耳を傾けた。
「…貴女は、いつも僕の味方でいてくれた。覚えてる?貴女は言ってくれたんだ。僕がもし何かに迷ったら、貴女が味方でいてくれる。貴女が僕を、全部肯定してくれるって」
「……。」
「混沌に包まれた世界で、僕が何かを決断しなきゃならなくなったとき…それがどんな決断だったとしても、貴女は僕を信じてくれる。どんなに無茶な選択だったとしても、僕が選んだことなら、絶対自分も納得できるはずだからって…ナマエはそう言ってくれたんだ」
「…ホープ」
「僕も同じだよ」
背中に回されていた手が、ゆっくりと肩に流れる。
少しだけ身体を離して、顔が見えるようにする。
すると、目が合ったホープは優しく笑ってくれていた。
「僕も、ナマエの選んだ道なら、信じられる。絶対、納得出来るんだ」
「……。」
「だから、大丈夫。僕だって、ライトさんをひとりになんかしたくない。ナマエと、同じ気持ちだから」
包むような、優しい声。あたたかい言葉。
振り返ったら帰れなくなる。
ライトはそう言ったけど、その声に戸惑ったけれど、それを振り払う決断を…肯定してくれる声。
「…うんっ」
あたしは頷いた。きっと、微笑みながら。
今、心はするりと軽くなった。
そして、立ち上がる。
ホープも一緒に。
するとその時、頭の中で声が聞こえた気がした。
『ナマエ。お姉ちゃんの手、掴んで』
…え、って少し、困惑した。
セラの、声…?
響いたそれは、セラの声に思えた。
いやでも…。
それは、神様が作った…セラ?何故だかわからない。でも、そうわかった気がして。
もしかしたら、彼女自身が教えてくれたのかもしれない。自分はまがい物だと…。
だけど本気で、お姉ちゃんを助けようとしている…そんな想いを感じた気がして。
自分が繋ぐから、手を…掴んで欲しいって。
「行こう」
光を引き返す。
貴女のいない未来なんて望まない。
あたしとホープは、光の中を走り出した。
To be continued
prev next top