「ヴァニラ…気づいてくれ。忘却の儀式に救いは無い。儀式では無く、お前の力で魂を救えるんだ。お前には魂を未来に導く力がある」
「うん。早くそれを伝えてあげないと」
「ああ。儀式が終わる前に大聖堂に乗り込む」
ルクセリオの大聖堂。
きっともう今にも救世院はヴァニラに忘却の禊を行わせようとしているはずだ。
だからあたしとライトは真っ直ぐに大聖堂にへと走った。
ヴァニラを止める為。
死者たちの魂を忘却などさせない為に。
「…魔物がいるな」
「ライト。あたしがやる。少し腕ならしするよ」
大聖堂に向かう途中には、度々魔物の姿が見受けられた。
基本的には無視でいいけど、道を塞ぐような奴はけちらすまで。
あたしは一歩前に出て、サッと手に魔力を込めた。
ちょっと、魔法を使うのは久しぶり。
だってライトが解放者として世界を回っている間、あたしはその様子を箱舟から見ていただけだから。
考えると、何百年ぶり?眠っていた期間のことはよくわからないけど。
でもだから、準備運動みたいなもの。
あたしは一気に溜めた魔力を敵にぶつけた。
「ブリザガッ!!」
放ったのは冷気の最上魔法。
空気が凍てつき、強大な氷が魔物に襲い掛かる。
でもそれを見た瞬間、その威力に自分で驚いた。
「っ!?」
え、あっ…え!?
魔物は一撃で仕留められた。
いや、まあそれは想定内ではある。
けど、過剰出力。
思っていた以上の力が出て、若干困惑した。
「ナマエ…お前…」
「ライト…。なんか…凄いの出た…」
見ていたライトも目を丸くしていた。
だからあたしは自分もビックリしたことを伝える。
するとライトは「もしかしたら…」とひとつの仮説を口にした。
「ナマエ。お前はユグドラシルに輝力が溜まる度に自分の中の力も満ちているように感じると言っていたな」
「え…?」
「つまり、その度にお前の中の力が強化されていたんじゃないか」
「えっ…強化、された…?」
自分の手を見つめる。
確かに感じるのだ。今、自分の力が強大になってること。
魔法を使ったことで、一気に解放されたみたいに。
するとその直後、ライトの背後に魔物が近づいていた。
でも勿論ライトも気が付いている。
ライトは携えた剣を華麗に振り、魔物を一撃で仕留めた。
…ライトはもともと凄く強い。
出会った頃から強かった。
今回もモニター越しに見ていて、流石だって思ってた。
だけど、今目の前で見て…色々と気が付いた。
今のライトは…解放者として神に近い力を得ている。
輝力を得る度、ライトは強くなる。
そしてその恩恵を、あたしも受けていた。
まるで、人ならざる者。
神様はそうしてあたしたちを強くした…。
正直引っかかった。
そこにはきっと、何か思惑があるはず。
でも今はもう、考えてる暇はない。
だったらもう、進むための力を得たと考える。
ずっと昔ホープが同じような事言ってたよね。
ルシだった時、アークで問答模様にあたしたちの力が強化された時、『戦う為の力を得たって考えましょう』ってね。
「ライト、行こう」
「ああ」
魔物を蹴散らし、あたしたちは再び走り出した。
大聖堂の門の前には当たり前のことで衛兵もいたけれど、もう…敵では無い。
早々に退け、大聖堂の中へと足を踏み入れる。
だけどもちろん、中枢に向かう道の前にはまた衛兵が待ち構えていた。
今度は強大な魔物も一緒に。外をうろついていた奴とは比べ物にならないくらい大きな奴だ。
「侵入者だ!」
「止めろ!」
「死は恵なり!」
銃を構えた衛兵と、ドシリと重たい音を響かせこちらを睨む魔物。
これは、少し厄介そう。
嫌な時間を喰うことになる。
ライトは背の剣に手を伸ばし、あたしはライトにブレイブを掛けようとした。
だけど、その瞬間だった。
「うらあッ!!!」
此方に向かい前足を振り上げた魔物を弾き飛ばすように何かがあたしとライトの間に入った。
振り落したのは剣だ。
そして魔物を弾き飛ばすと、タン…と華麗に着地する。
いや、その前に…今の声で…。
「妙なことになってるな」
突然目の前に現れたその背中。
それは、凄く凄く…よく知っているもの。
声と、その姿を見た瞬間、あたしは胸が締め付けられるのを感じた。
「闇の狩人!?」
「なんだと!?」
唐突に現れた人物に衛兵たちは狼狽えた。
現れたのはルクセリオでは少し名の通った人物…闇の狩人だった。
何だかまどろっこしい。
闇の狩人…この街でそう呼ばれていたのは、ノエル。
ノエルはこちらに振り返った。
その視線の先は、ライト。
ノエルはライトに尋ねた。
「あんたは神の遣いだろ。救世院は味方じゃないのか?」
「神に従うとしても救世院に付き合う義理は無い、ふざけた儀式をやろうというなら、止めるだけだ」
「だけど儀式を邪魔したら神に逆らうことにならないか?」
「ああ、そうなるな」
自分はもう神に従う気はない。
ライトはノエルにあっけらかんとそう答えた。
あっけらかん…と言っても、もうそれは揺るぐことの無い意志だから、当然なのだけど。
神に刃向うライトはノエルの目にどう映る…?
ふたりはまるで探り合うように言葉を交わした。
「神に背くと認めるわけだ」
「許せないか?」
「人の魂を未来へ導く。それがあんたの大事な使命だ。そんな仕事を投げ出す理由は、たったひとつしかありえない」
ノエルはそう言いながら左手に持った短剣をライトの喉に向かい構えた。
でも、その言葉を聞いてライトは少しハッとしたような表情を見せた。
あたしも…そこまで聞けば、確信した。
ノエル…。
きっと、ノエルも確信した。
「ライトニング!あんたが神に逆らうわけは…」
ノエルがそう言った直後、ふたりは互いに剣を振るった。
でも、その相手は互いにでは無い。
見ているのは、相手の後ろ。
ふたりはそれぞれ、互いの後ろにいる衛兵に向かい剣を振り下ろした。
あたしは、その瞬間にサッと少し距離をとって、二人に向かってブレイブの魔法を贈った。
「セラを助けるためだよな」
ノエルはそう、言葉の続きを口にした。
そしてノエルは視線をちらりとあたしに向けた。
その時浮かんでいたのは、ふっとした柔らかい笑顔。
優しい、笑顔をくれた。
でも、それは一瞬。
懐かしんでいる暇も、余韻に浸っている暇も無い。
「こいつらグルか!」
ノエルがこちらの味方だと察した衛兵たちは手当たり次第に発砲してきた。
そんな衛兵たちをノエルはサッと仕留め、そしてあたしたちに叫んだ。
「走れ!!」
それは自分がここは食い止めると言う合図。
迷ってる暇はない。あたしとライトは大聖堂の奥へ走り出した。
だけど、その先にはさっきと大きな魔物がいる。
「ライト!駆け抜けて!!」
でもあたしはそうライトに叫んだ。
大丈夫。やれる。
そう確信してはなったのは、最上の風魔法。
「エアロガ!!!」
強烈な突風は、魔物の体を吹っ飛ばす。
道は開いた。そのまま一気に中枢へと駆け抜ける。
「ナマエ!ライトニング!」
最後に背中に、届いたノエルの声。
だけど、振り返らない。
ただ、まっすぐ走る。
ノエルがくれた時間、無駄になんかしない。
「…ノエル…っ」
聞こえてはいないだろう。
だけど走りながら思わず口にした彼の名前。
ノエルに呼ばれた時、目の奥が熱くなった。
走りながら、泣きそうになった。
だってよっぎた。
頭の中に、あの時の…最後に、ノエルとふたりでセラの体を支えた、あの瞬間が。
きっと、ノエルの同じことを思い出しているんじゃないかって、そんな気がした。
セラを頼む。
そんな声が、聞こえた気がした。
To be continued
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