世界に存在した、大きな5つの歪みはすべて正された。
残された世界の寿命も、もうあと残り2日となった。
その残された時間で、出来るだけ多くの魂の救済を。
解放者は、ライトはその使命を最後まで果たすために世界を巡った。
「……。」
あたしは変わらず箱舟からそんなライトを見守っていた。
でもその時、また心の中で呼ばれる感覚。
…はいはい、と。
あたしはゆっくり、その感覚に身を委ねた。
『やっほ、ナマエ』
『…やっほ、ルミナ』
わかりきっている。
呼ばれたその感覚の先にいたのは、勿論ルミナだ。
そう言えば、ちょっと気が付いた事があるから聞いてみようか。
あたしは薄暗いその空間を見渡し、ルミナに尋ねた。
『ねえ、ルミナ。ルミナさ、前にあたしをライトの心の中に呼んだことあったじゃない?』
『ん?うん、あったね』
『普通は人の心の中なんて入れない。あの時ルミナはあたしのこと特別だって言ってたけど、それはディアボロスが手を貸してくれていたから?』
『へー、よく気が付いたね。そうだよ』
『そっか』
ルミナは頷いて、それは確信になった。
あたしは度々、ライトの内なる領域…心の中へと足を踏み入れることが出来た。
それが出来てた、あたしが特別たる理由はディアボロスがいたから。
あたしを守るその悪魔は、混沌の化身。
だからディアボロスに手を引かれれば、あたしは人の内なる領域に入る事が可能だった。
『で、今回はどうしたの?』
納得したところで、あたしは今ここに呼んだ理由をルミナに聞いた。
もう世界の時間はわずか。
あたし自身、まだ心の整理がついてないこと、沢山ある。
でもそう考えた時、ルミナって…?
ルミナの目的って何なんだろうって思った。
世界は終わる。
それは誰にとっても時間切れを指すことになると思う。
多分、それはルミナも例外じゃないのでは。
あたしがそう思ってルミナを見ていると、彼女はにこっとあたしに笑みを見せた。
『ふふ、ううん。ただ、ナマエと話したかっただけ』
『は?』
『あ、酷い反応。本当だよ。私だって、ただそういう事思う時だってあるんだから』
ルミナは平気で嘘をつく。
人を惑わすような事、当たり前のように言う。
でも、そこにある笑顔は無邪気だ。
本当に、あたしに会いたかったって言ってるみたいに。
少しだけ面を喰らっていると、ルミナはタタッとこちらに駆け寄ってきた。
『ふふっ!』
『わっ…』
そして、ぽふっとあたしに抱き着いてきた。
ビックリした。
でも、あたしはただそれを抱き留めた。
すると、ルミナはあたしに抱き着いたまま言った。
『ナマエさっき、サッズを助けた後ライトニングに言ってたよね。ほんとにそれでいいの?って』
『え?あ、うん…まあ?』
突然そんなことを言われて、よくわからなくて首を傾げて頷いた。
ドッジくんの魂を取り戻し、サッズの家をあとにした後、確かにあたしはライトに問いかけた。
セラが救われるなら忘れられても憎まれても良いというライトの言葉に、それでいいのかって。
それを聞いたのってルミナがいなくなった後だったけど、ルミナ聞いてたんだ。
『ライトニングより、ナマエの方がよっぽどライトニングの本音に近いところにいるるみたい』
『え?』
ルミナはあたしの胸元で、ふふっと甘えるように笑ってた。
なんだか、変なの。
会いたかったって、本当に、本当にそれだけで呼んだみたい。
『ねえ、ナマエ。私、ナマエのこと大好きよ。ライトニングも貴女が好きだから、私もナマエが好き』
『ルミナ…?ライト…?』
小さな声だった。囁き声。
そっとそっと、でも確かに言う。
大好きだと。
でも、そこでライトの名前が出てきた意味がわからない。
ライトニングが、あたしを好き。
だから、ルミナも?
意味が分からなくて、あたしは抱き着くルミナを見つめた。
『ルミナ…』
『ナマエ。ナマエは、ライトニングが好き?』
『え、そりゃ…好きだけど?』
『…そう』
さっきから、よくわからない。
ルミナの聞いてくる言葉、その意図が何も掴めなくて。
でもただそこにあるのは、純粋なものに思えて。
すると、ルミナはライトの事を話し始めた。
『ねえ、ナマエ。ライトニングはね、ひとりで戦うの。ひとりで世界を救う。仲間もいらない、家族もいらない。誰にも助けは求めない』
『…ライトが、そう言ったの?』
『そうよ。ライトニングはね、セラを救う為なら神と戦える。人の力では決して勝てない神、ブーニベルゼと。最悪、差し違えたって倒す』
『差し違え…って』
『…でもね、今のあの人じゃセラは救えない。ううん、誰も救えない』
今のルミナの言葉には、嘘は無い気がする。
全部本音、正直な本当の話。
ライトは神と戦う。
セラを…大切な人を救うためなら、自分を犠牲にしたって倒す。
でも神様は人の力じゃ倒せない。
いや、それ以前に今のライトでは倒せない。
『だって、ライトニング自身が救われてないから。絶望的よ。あの人は自分が見えてない。自分に何が足りてないのか、わかってない』
比較的穏やかだった口調。
でもそれが今、少しだけきつくなった。
ライトに足りてないものがある。
すると、ルミナはゆっくりあたしの胸元から顔を上げた。
そして見つめられ、尋ねられた。
『ナマエ。貴女はわかる?ライトニングに足りないもの』
『ライトに、何が足りないか?』
『…ううん、ナマエはライトニングに手を伸ばしたいって、思う?』
『手…』
ライトに足りていないものが何か。
…ライトニング。
彼女は出会った頃から、強くて、頼りになる存在だった。
実際、凄く頼りにしていた。
でも、知っている。
ライトだって万能じゃない。
だってあたしは見てるもの。
遠い遠い昔、彼女と一緒にいた時。
セラがルシになってクリスタルになって、自分もルシになって…ライトは絶望した。
だから戦いに身を置いた。希望が何も視えなくなって、何も考えたくなくて戦った。
あの時、皆あたしに言ったの。
ナマエは周りが見えているって。
別に、そんな事無いと思った。
でもあたしは皆と違ってコクーンという世界で失うものがなかった。
だからルシになって今までの全てを失ってしまった皆とはきっと見てるものが違っていた。
あたしの持っているものは、全部元の世界にあったから。
希望を失っていないあたしの姿を、ライトは少し、眩しそうに見ていた。
『…本来さ、ライトってそんなに強い人じゃないと思うんだ』
ルミナの尋ねる答えになってはいないかもしれない。
でも、色々と思い出した時、あたしはそう口にしていた。
そう、ずっと思ってた。
凄く強い。まっすぐ前だけを見る背中。
その姿に憧れた。
でも弱点が無いなんてわけがない。
そんな人間、いない。
ライトは強いけれど、でもそれは同時に虚勢でもある気がする。
むしろ精神面ではセラの方が強いんじゃないかって思う事もあった。
『ライトは守ってくれた。あたしやホープのこと、前だけ見てろって。でもだからあたしだって思う。いつも思ってる。ライトの力になりたいって。だけど…』
『…そうね。ナマエがそれを願っても、結局手は伸ばせないよ』
ライトを助けたいと思う。それは素直な気持ち。
でもそうやって手を伸ばした時、その手が届かないような気がした。
『ライトが…その手を取ろうとしないから』
導き出した答え。
ライトに足りないもの。
それは、誰かを頼ろうとする気持ち…?
そう思い浮かんだ時、ルミナはあたしから離れた。
いつものようにふわっと、ひょうひょうと跳ねるように。
そして冷たく言った。
『それをライトニング自身が自分で認めて気が付かなきゃセラを救う事なんて出来ないわけ。今のあの人に、セラの魂は視えないから』
『ルミナは、それをライトに気が付かせたいの?』
『………。』
ルミナはライトに向けた言葉が冷たい。
その理由はわからないけど、それをライトに気が付かせたいのか。
そう聞けば、ルミナは黙った。
そんな反応、初めての様な気がする。
でもすぐにいつもの調子に戻った。
『憐れなだけよ。それと、あとひとつ。ナマエ、そろそろ考えなきゃだよ。ホープのこと、どうするの?』
『………。』
話、変えられた気がした。
でもそれは痛いところだった。
ホープのこと。
ホープを信じてはいけない。
それはわかった。今のホープを信用しちゃいけないって。
でも、どうしてそうなったの…?
その裏にあるものは、ブーニベルゼ?
だって時折は感じる。
心が欠けているけれど、ところどころの考え方みたいなのは…ホープだ。
『ねえ、世界が終った時…あたしもホープもそのまま新しい世界に転生出来る…よね?…それならそれで、あたしはいいんだ』
『……。』
『だけど…』
『だけど?』
そう、あたしの一番の望みはそこ。
新しい世界で、また会いたい。
それが、願い。
だけど、不安がよぎる。
なんだろう…。ディアボロスが、何か言っている…?
今のホープ、ただ心が無いだけじゃない。
何かもっともっと、根本的に何か…あるような。
だって前にルミナは言った。
ホープを敵に回す、って。
『もう、時間少ないよ』
最後にそう言い残して、ルミナはその場から消えた。
辺りが静かになる。
あたしは自分の欲しいものを考えた。
あたしは欲張りだ。
一緒に旅をした、大切な人たちとまた笑いたい。
だからセラを、ライトの力になりたい。
その為なら神様に牙を剥くことも、きっと…。
でも、それが大切な大切な彼を敵に回す事にもなる…?
…なんだか、頭が痛い。
手を伸ばしたいもの、いっぱいある。
でも、今改めて心に強く残った事。
…ライトに足りないものがある、か。
《親が死んで…セラを守るために、早く大人になりたくて…私はライトニングになった。親に貰った名前を捨てれば、子供じゃなくなると思ったんだ。…子供だったからな》
ルシとして旅した、パルムポルムの地下プラント。
そこでライトが言っていた言葉がふと、その時頭に過った。
To be continued
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