「世界はもうすぐ終わるって言うのに、皆色んな悩みを抱えるものだよねえ…」
ふう、とモニターに映る世界を前に何気なく呟いた。
モニターに映るのはウィルダネスにある森を歩くライトの姿だ。
ライトは今、人々の魂を解放すべくウィルダネスの大地を歩き回っていた。
ウィルダネスではカイアスとユールの真実に触れた。
恐らく、箱舟で観測された大きな歪みの正体はそれだったのだろう。
だけどウィルダネスにはふたつの大きな歪みが確認されている。
今は人々の魂を解放しながら、その歪みを持つ人物の調査も行っているところだった。
「依頼されたキノコは、これで集まりましたかね」
『ああ。これだけあれば十分だろう』
薬を作るのだと依頼されているキノコ。
ホープが声を掛け、十分な量が集まったとライトも頷く。
じゃあ集落に戻ろうかとそんな流れになったその時、ライトがふと森の奥に目を凝らした。
『ん…?』
「ライトさん?」
『……ホープ、ナマエ。もう少し先に進んでみるがいいか』
ライトはそう言うと目を凝らした先の方へと歩き出した。
何か気になるものでも見えたのか。
そう思ってモニターを眺めていると、その理由はわりとすぐにわかった。
ライトが進んだ先には、何やらピンク色の不思議な光がほのかに辺りを照らしていた。
そして聞こえてきた特徴のある語尾の可愛らしい声たち。
『クポクポ』
『クポ。ククッポ?』
『クポ〜』
「あっ」
それを見た瞬間、あたしは思わず声を上げた。
白い、ぷくっとした体。
頭にはきらきらとしたポンポンがついている。
それは、とってもよく知っている姿。
「モーグリだ…」
呟いたその生き物の名前。
そう、そこにいたのは何匹ものモーグリ。
人が入るには小さいけれど、家の様なものがいくつもある。
ライトが見つけたその場所。
それは小さな小さな…モーグリ達の集落だった。
『取り込み中か?』
『今ちょっと忙しいクポ』
『クポ。ククッポ!』
何やら一生懸命話をしている二匹のモーグリの背後に近付いたライト。
声を掛けたけど、どうやら本当に取り込み中のよう。
いや、何してるのかは全然わからないけど。
でもライトの方に振り向かないくらいだから。
その様子にライトは辺りを見渡した。
そこには生活をしているモーグリの姿が本当に何匹も映る。
「モーグリって…こんなにいっぱいいたんだ」
それをモニター越しに見たあたしは思わずそう呟く。
モーグリ。
だって、あたしが見た事があるのは一匹だけだったから。
よーくよーく知ってる、あの子。
一生に時を越えて旅した…あの子も大切な仲間。
《モーグリ!いくよ!》
《おまかせあれクポ〜!!》
脳裏に蘇った記憶がある。
セラの掛け声で、パッと剣や弓へと姿を変えた。
お守りだと、ヴァルハラにいたライトがセラの元へと送ったモーグリ。
「モグは、あの時…」
「ナマエ?」
モーグリ。いつの間にか消えてしまっていたあの子。
最後に見た姿は、あの…世界に混沌が溢れた日だ。
それを思い出していると、ホープが声を掛けてくれた。
だからあたしはホープに尋ねようとした。
だってあの時、ホープも一緒に傍にいたから。
世界が暗くなって、様子がおかしくなった。
その異変と共にパタリと力が抜けてしまったみたいに飛空艇の甲板へと落ちてしまったモグ。
それを抱き留めたのが、他でも無いホープだ。
「ねえ、ホープ。モグってさ」
「モグ?」
『クポポン…解放者様ーーーッ!』
ホープに聞こうとしたその時、突然モニターの中から大きな声が響いてきた。
な、なんちゅうタイミング…。
そんなもの聞いてしまったらあたしもホープもモニターに振り向いてしまう。
そしてそこに映っていたのは何とも言えないライトの姿。
『ど、どうしたと言うんだ?うわっ』
解放者様、解放者様とライトに群がるモーグリたち。
その勢いに押されてライトはぐらりとその場に倒れ込んでしまう。
こ、こいつら…ライトを押し倒した…。
『解放者様〜!お待ちしておりましたクポ〜ッ!』
『クポポポポ!』
『クポクポー!』
モーグリ達の熱烈な歓迎。
でもその姿はなんとも愛らしいと言うか。
転ばされたライトも思わず笑みをこのしてしまうくらいには。
深い森の奥。モーグリ達の里。
つつましく暮らしを営むモーグリ達。
でも、そこにはそんなささやかな平穏を脅かす脅威もあるみたいで。
『あいつらか』
『なのですクポ』
『モグたちをモグモグする恐ろしい魔物クポン』
集落の小さな丘からライトが見下ろした先にはモーグリ達を襲おうとする魔物の姿があった。
そもそもその魔物を見つけて逃げ帰ったモーグリがライトの足にぶつかった事がさっきの騒ぎの発端だ。
『この里に目を付けたようだな』
ライトは軽く丘から飛び降りた。
そして剣を構えると、素早く魔物へと向かっていく。
そんなに強い魔物ではない。
すぐにケリはつく。
ライトにとっては朝飯前ってなものだっただろう。
あっという間に消え去った今日にモーグリ達は喜び、騒ぐ。
するとその騒ぎを聞きつけたように里の奥から一匹のモーグリがやって来た。
『うるさいクポ〜。いったい何の騒ぎクポ?』
『あ、里長クポ!』
『長が来たクポー!』
やってきたモーグリの声を聞くなり、あたりのモーグリ達がまた騒ぎ出す。
ていうか今の声…。
それを聞いてあたしの胸に浮かんだのは期待だったと思う。
食い入るようにモニターを見る。
そしてその姿を見たら、確信した。
「あああっ!!!」
『お前、まさか、あいつなのか…?モーグリ、お前生きていたのか!?』
あたしが声を上げたのと、ライトがそう言ったのはほぼ同時だった。
すると目を見開くライトを目の前にしたモーグリもまた驚きの声を上げた。
『クポクポ!?ラ、ライトニング様〜!?』
そして驚いたモーグリは、何故かライトに背を向けその場から逃げて行ってしまう。
『なぜ逃げる!?』
奥の方へと飛んで行ってしまうモグをライトは追い駆けた。
里のずっとずっと奥の方。
ライトが追い付いた時、モグは背を向けたまましゅん…と肩を落として落ち込んでいた。
『モーグリ、お前なんだな?』
『ど、どなた様クポ?』
追いついたライトはモグにそっと声を掛けた。
でもモグはライトの方には振り向かない。
『そんなシラを切るなんて、私に会うのがそこまで嫌か』
『そ、そんな意味じゃないクポ!』
『ならどうして』
『モグは、ライトニング様会わせる顔が無いクポ…。モグは、セラを守れなかったクポ…。だから…』
背を向けたまま、か細くそう口にしたモグ。
それを聞いて、あたしは少し…モグの気持ちが分かった。
セラを守れなかった。
そう。それはやっぱり、悔やんでも悔やみきれない後悔だから。
『モーグリ』
『クポッ!?』
『お前が無事で…本当に良かった』
するとライトは落ち込むモーグリの背にそう優しく声を掛けた。
『お前の事だ。セラを想って沢山泣いてくれたんだろうな』
『クポ…』
『ただ、お前がいつまでも自分を責めたら、セラも悲しむ』
『でもセラは、もういないクポ…』
『セラの命は失われていない。私が必ず連れ戻す』
『ほんとクポ!?』
『ああ。だからひとつ頼みがある』
ライトはモグに視線を合わせる様にと膝をついた。
その気配を感じ取ったモグはゆっくりとライトの方に振り返る。
『私は、セラを迎えてやれないかもしれない。そうならないように努力はするが、もしも私がいなかったら、代わりにお前が…元気な笑顔で、セラを迎えてくれ』
優しい口調。
モグがこちらに振り向いた事でライトは立ち上がる。
そして微笑んで見下ろしそんな言葉を掛けた。
『クポ〜……ラ、ライトニング様−−−−−ッ!!!!』
するとモグは感極まったように涙を流しながらライトに飛びつこうとした。
だけど、なんか上手くいかなそうな…。
いや、なんか…なんとなく。
でも、その予想は見事に的中。
『グポォ!?』
ていん!
多分、効果音をつけるならそんな感じ。
飛びつこうとしたモーグリのおでこをライトはタイミングよくピンっと指で跳ねてしまった。
そんな軽いものでも小さなモグの体はびょんっと勢いよく吹っ飛んでいく。
『な、なんてことするクポ!!』
でもモグはめげない。
スタッとすぐさま起き上がり、抗議するべくライトに再び挑んでいく。
そう言えば、前にモグに聞いた話。
モグはヴァルハラでライトニングに出逢った。
そしてその時もでこピンされて、そこからライトのしもべになったんだとか。
すると今度ライトはその頭を手で受け止め、ぶんぶんと腕を振り回してるモグを押さえつけた。
どうやら素直に受け止める気はないみたいだ。
でも、その顔は穏やかだった。
『お前は元気で眩しいよ。そういうお前のままでいてくれ』
それから、ライトはモグに此処に至るまでの話を聞いた。
世に混沌が溢れた日、モーグリの小さな体は混沌に巻き込まれて時の狭間をぐるぐると彷徨うことになってしまった。
この里に暮らしているのはその時にあった仲間たちなのだと言う。
モーグリ達は世界がめちゃくちゃになって、故郷を失い放浪していた。
だからモグはこの森に着いた時に提案した。
ここを新しい故郷にすればいいと。
何処かで聞いたような話だ。
そう、それはコクーンを失い新しい故郷ネオ・ボーダムを作ったセラやスノウたちの話。
セラから聞いたその話をモグは仲間たちに伝えた。
モグが里長とされているのは、その話があったからなのだという。
『モグはまたセラに、皆に会うのを楽しみにしてるクポ』
『ああ、約束する。心配しなくていい。ああ…そうだ』
皆に会いたいと言ったモグの言葉を聞き、ライトはふと何かを思いついたように顔を上げた。
『何か言いたいことは?』
それを聞き、あっと気が付いた。
多分これはノエルの時と同じだ。
「ライトさん、ナマエに言ってるのかな」
「うん!」
ホープに言われ、こくんと頷く。
そう、ライトはモグにあたしの言葉を届けようとしてくれている。
どうしよう。
ちょっと悩んだ。
真っ先に思ったのは、無事でいてくれて良かったと言う事。
そうだな、ここはシンプルが一番かもしれない。
「うん、大好きだよ!モグ」
ライトを通しての言葉。
するとモグはぴくっと光るポンポンを動かした。
『クポ!?もしかして、ナマエクポ!?』
そして、そう言うと俯いた。
お腹の辺りで手に持っている杖を握り締めてる。
何かを噛みしめているみたいに。
しばらくすると、モグはライトの顔を見上げた。
『ライトニング様。ナマエはあの後ホープと一緒にいられたクポ?』
『ん?…ああ、そう聞いているが?』
『本当クポ!?』
あたしがホープと一緒にいられたのか。
何故だかモグはライトにそんなことを尋ねた。
そして答えを聞くと、その声を嬉しそうに明るくさせる。
『ナマエ、旅の間きっとホープと一緒にいたいってずっと思ってたクポ。せめてそれが叶ったなら、モグは嬉しいクポ』
モグの言葉は優しかった。
本当に、本音でそう言っている声。
そんなことを、嬉しそうに言ってくれる…。
そして、あたしに言葉を返してくれた。
『モグもナマエ、だ〜〜〜い好きクポ!!!』
小さな体で目一杯。
そうして伝えてくれた大好きに思わず顔がほころぶ。
「両想い?」
「ふふ、だねえ!」
ホープはデスクに片手で頬杖をつきながら微笑ましそうに言ってきた。
あたしはへらっと笑って頷く。
きっと…モグは案じてくれていたのだ。
あの日からの、あたしのことを。
それは、心があたたかくなる…ほっとする再会だった。
To be continued
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